武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第110話

 料理は出来る?という問いに対しての答えは、できなくもないという答えだった。

 

 川上という男にしてははっきりしない言葉だったが、それも本人がただ落とした鳥や殺した獣を解体して塩焼きにしただけ、といった行為も料理と言えるのかという疑問故だった。

 

 それを聞いた咲夜はまぁ、料理と言えなくもないけどワイルドに過ぎるなと思った。しかし想像通りである、放っておくとかなりぞんざいな食事をしているこの男が解体した肉で手の込んだ料理を作るはずもなかった。

 

 厨房係のメイドの手が足りなかったので、とりあえず簡単な手伝いくらい出来るだろうと咲夜は川上を厨房に入れた。

 

 さてメインはどうするかと考える、まだメニューは決めてなかった。咲夜は意外と行き当たりばったりに決める所があった。

 

「好きな料理は?」

 

 ヒントになるかと思い、食材を確認しつつ咲夜は何気なく川上に尋ねる。

 

「ブラウンシチュー」

 

 すぐ帰ってきた返答に少し意外な思いをする。美味しい物自体は好きみたいだが、もともと食事自体にこだわりは無さそうだからもう少し迷う素振りを見せるかと咲夜は思っていた。

 

 あるいは思いつきをパッと返しただけかも知れない。咲夜は考えを切り替える。ブラウンソースを作ってシチューでいいかと即断した。すぐに頭の中でサイドメニューの組み合わせと調理工程を組み立てると、作業を始めた。

 

 咲夜は玉ねぎを数個川上に渡し指示した。

 

「みじん切りにして」

 

 川上は流石に玉ねぎの皮を剥くだのの常識くらいは知っていた。実は咲夜は頼んでおいて何だがいきなり切り始めたりしないかと少し思っていたがちゃんと剥き始めたので杞憂だったかと思い自分の作業進める。

 

 玉ねぎを洗うと川上はペティナイフを取り、玉ねぎを半分に寸断した。カミソリのように研ぎ上げられた刃はバターを溶かすように玉ねぎを切る心地よい切れ味だ。

 

 そのまま半分にカットした玉ねぎをトントンとスライスし始めて、数回で川上は違和感を覚える。始めて使うペティナイフが手に馴染まない。

 

 川上は懐の内ポケットに仕込んだシースから刃長16センチ程度のシースナイフを抜くとブレードを水で流しそれでスライスを始めた。手にかかる重みが心地よく、使い慣れしたハンドルはこちらの方が扱い易かった。

 

 しかしいかにも使い込んでそうな長さと重厚そうな艶消しを施されたブレードを横目で見て咲夜は川上の手を止めた。

 

「人を殺した刃物で料理しちゃ駄目よ」

 

 その言葉を受けて川上は手元のナイフに目を落とす。どうやら咲夜の睨んだ通り人をかけた刃らしい。しかし川上は問うた。

 

「何故だ?」

 

「食べる人も気持ちのいいものじゃないでしょう」

 

 全くわからないという風に疑問を呈する川上に、咲夜は答える。しかし川上の疑問はむしろ深まった。

 

 咲夜は一瞬詰まる、まるでフランドールの無邪気な疑問にぶつけられた時と近い感覚を覚えた、この男は本当にわからないのだ。言葉を選び説明する。

 

「人を殺したもので調理した料理には、不快感を覚える人が多いの」

 

 その言葉に川上は考えるように目線が中空を泳ぎ、すぐに咲夜の方へと戻ってきた。

 

「そもそもこの館ではその殺した人が料理として出ているが」

 

 声色は変わらないが、全くわからないという様子は咲夜に伝わった。確かにそれを言われると咲夜自身自分がチグハグは事を言っているような気にもなる。

 

「確かにお嬢様達は気にしないからいいわ。でも料理は私達と同じ人も食べる事があるから、それを考慮して」

 

 それを聞いても川上の表情は変わらない。今一つピンと来ていないのか、咲夜は続けた。

 

「料理は気遣いなの、人への気遣いを忘れちゃ駄目」

 

「わかった」

 

 そこまで言われて川上は頷いた。納得するとまではいかないまでも一理あると考えたのかも知れない。彼は懐にナイフを納めると、ズボンのポケットから別のユーティリティナイフを抜いた。

 

「こっちは人を切っていない」

 

 そのエッジは健在ながらブレードが傷だらけのナイフを見て思わず咲夜の顔に微妙な苦笑いが浮かんだ。いつだったか咲夜が川上に突っかかった時に彼が用いていたナイフだった。川上においては別にこれを抜いたのに皮肉だのの意図はないだろう。

 

「そう、偉いわね」

 

 そう言いながら咲夜は自身より高い位置にある川上の頭へと手を伸ばしかけ——ギリギリで軌道修正して彼の肩のホコリを叩いて誤魔化した。

 

 危なかった、何をやっているの。と咲夜は思った。いう事を聞いた川上を自然と子供扱いして撫でようとしてしまった。自分より大きい男相手に本当に何をやっているのか。

 

 若干不自然な咲夜の動作だったが特に思うところはないのは川上は玉ねぎのスライスを再開した。

 

 相手は理解はしないまでもそういうのもだとわかってくれたのだからと咲夜も自分の作業に戻る、その時ふと閃くように気づいた。ハッと川上を見る、彼は特に表情もなくリズムよくスライスを続けていた。

 

 彼の形だけなぞったような張りぼてじみた挙動が多いのはこういう事の繰り返しの結果だったのかも知れない。

 

 

 

 

 博麗神社——

 

 博麗霊夢は神社の裏手に広がる森を歩いていた。

 

 最近は三妖精などが住み着いている森だが、そこより深い位置に当たるこのあたりは妖精も妖怪も人間も入る事はない。

 

 この周囲は人払いの結界を張ってあった。この結界を張ったこの場所は人間、妖怪、動物など全ての者が無意識化の中に避けるようになる。もっとも始めから意識的にかつ明確この場所を目指してる場合は無力であるが。また結界自体の存在も気取られぬように結界に隠匿の術を重ね掛けしていた。

 

 目的の場所にたどり着き霊夢は印を組んで何かしら口の中で唱えた。すると何もなかったように見えた木々の中に小さな蔵が表れた。

 

 先程の人払に重ね掛けした隠匿の術よりも遥かに高度な隠匿結界だった。五感、意識的、無意識的、探知(サーチ)の類の術や能力、全てからこの蔵を隠す強力な結界だ。犬走椛の千里眼やアリス・マーガトロイドの幻視であっても見破るのは不可能。

 

 そして最後は蔵そのものに掛けられた結界である。物理的、霊的、術的、なんらかの異能力、あらゆる干渉を通さない超強力な防護結界。この結界故何人たりともこの蔵に立ち入る事は出来ない。

 

 そう、この蔵は人払、隠匿、防護、三重の結界に守られていたのだ。全て博麗にのみ伝わる秘術中の秘術を用いており、博麗の者しか開くのは不可能。

 

 霊夢は左手で指剣を作り何かしらの字を中空に切ると、呪を唱え防護結界を一時開いた。

 

 霊夢は古びた鍵を取り出した、蔵の入り口は重厚で古びた南京錠が掛けられていた。これほど幾重にも強力に守られた蔵の最後の守りがただの錠というのもおかしな話だ。

 

 霊夢は鍵を開けて誇りっぽい蔵に立ち入った。中は何かしら巫術的な作業を行うらしい道具とスペース。それに棚がありそこには多量の桐箱が納められていた。

 

 霊夢は小脇に抱えていた札に使う素体の紙束をバサリと補充した。そして机の上にある最近与えられた資料に目を通す。

 

 棚に納められた桐箱には一つ一つに名前が振られていた。風見幽香、フランドール・スカーレット、霊烏路空、といった妖怪から。守矢諏訪子と言った神。十六夜咲夜などの人間の名もあった。

 

 全て幻想郷において、本人の能力や環境、思想などを加味して本人が好む好まざるに関わらず現状の和を崩すリスクがある者達だった。

 

 桐箱の中は名前の相手を斃す、あるいは封印する必勝の一手が納められている。それらは八雲紫がリストアップし、あらゆる手段で調べた対象の弱点を始めとしたデータを資料として渡したものを元に霊夢が作ったものだ。

 

 幻想郷を大きく乱すリスクに対する管理体制。万が一の備えだが、他の者には知られていない博麗霊夢の陰の役割である。霊夢はあくまで無表情で資料に目を通していた。その記述から必勝の手段を組み立てながら。

 

 棚は人間、妖怪、神、霊などカテゴリーに分けられてある程度整理されていた。またリスクの高い者ほど棚の下に納められている。

 

 人間の棚の中、一番下に納められていた桐箱に記された名は霧雨魔理沙だった。


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