武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

113 / 140
第113話

 幻想郷、地底。

 

 旧都にて川上は店に入り、席に着くとたぬきうどんを注文した。品が出てくるまで川上はポケットから胡桃を二個出して手の内で転がしながら暫し待つ。

 

 客は川上の他にはカウンターに2名しか居なかった。

 

 暫し待つと厳つい顔付きのやや無愛想な店主がたぬきうどんを出した。川上は手を合わせるとカウンターに置いてある調味料から七味を取り多めに振りかけて食べ始めた。

 

 暫し麺を啜っていた川上だがそんな彼の後ろに立った人影があった。

 

「よぅにいちゃん」

 

 随分馴れ馴れしい態度でその人物は声を掛けてきた。川上は箸を止め首だけで向き直る。立っていたのは人型ではあったものの灰色の肌の異様な巨漢で一目で人間では無いと知れた。

 

「何だ」

 

「見ない顔だな、上の人間だな?」

 

「そうだが」

 

 川上は答えてうどんを一口啜る。

 

「飯時に悪いんだがよ、ちょっとそこまで付き合ってくれねぇか」

 

 口調こそ軽いが巨漢の言葉には剣吞な敵意が感じられた。

 

「要件は?」

 

「死んで貰う。死体は表通りで晒してやるよ」

 

 極めて端的な死刑宣告だった。しかしこの巨漢の口ぶりはキスメなどのように妖怪として当たり前に人を襲う、という行動原理とはまた違うような憎悪を感じられる。

 

 川上はその宣告を聞いてうどんを箸で掬いながら言った。

 

「食べ終わるまで待て」

 

 その瞬間大きな破壊音が上がり川上の真横のカウンターが大破していた。巨漢が拳を振り下ろしたらしい。

 

「店ん中で困りますよ」

 

 カウンターの内側で黙々と仕事をしていた店主は店の一部を破壊され面倒くさそうに注意した。

 

 しかし、巨漢はそんな店主の言葉は耳に届いて居ないらしい。川上の一言で切れたのか怒りの表情と同時に破顔したかのような凄まじい形相になっていた。川上はうどんを啜る手を止めなかった。

 

「ここまで俺を舐めた糞野郎はあんたが初めてだ」

 

「殺したいと思うのなら御託を並べずさっさと殺せばいいのでは?」

 

 巨漢の回りくどさに疑問を抱いたのか、川上はうどんを呑み下すとそう男に言った。あくまで川上に取っては問いかけだったのだが、もはや誰が聞いても挑発にしか聞こえなかったろう。

 

 さらに巨漢の形相が歪んだ。いよいよ理性を吹っ切るほど切れたらしい、人体を容易く肉塊にする拳を振り上げた。

 

 川上はそのタイミングで啜っていたうどんを後ろに放り投げた。そのどんぶりが巨漢の顔にぶち当たった、熱い麺と汁が眼を襲い顔を焼き巨漢は怯む。

 

 一秒も時間が稼げれば充分過ぎた。川上は向き直りながらお互いの詰まった距離から右の逆手抜刀を真下から一閃。巨漢の正中線を切り抜き刃は顎に当たって止まった。

 

 刀を戻して左手を添えながら頭上で刀を返しつつ右を順に持ち替えて左から右へと水平に一閃。狭い店内で見事な刀捌きだった。

 

 首が落ちて、崩れ落ちかけた胴体に川上は蹴込みを放った。巨体が入り口の引戸をぶち破り表へと叩きつけられる、店のすぐ外から唖然とした複数の声が聞こえた。

 

 店内にいた二名の客の中、一人はまだ食べかけの定食を残して席を立ち退店したが、もう一人は我関せずとばかりに川上の方を一切見ずに酒を呑んでいた。ある程度のゴタゴタは旧都では珍しくはないのだろうか。

 

「お客さん。店ん中で困りますよ」

 

 店主はどんぶりを拭いながら疲れたような声で先程とほぼ同じ注意を発した。

 

「すまない。それとうどんのお代わりを頼む、出来れば小盛りで」

 

 川上は席に着いて、刀を拭いながら謝罪と追加注文をした。店主は疲れた溜息を吐いた。

 

 

 川上が食事を終えて破れた入り口から暖簾を潜り店を出るとある程度の人々——大半は人ではなさそうだが——が遠巻きに巨漢の死体を見ていた。現れた刀を携え、黒服に血糊を付けた川上に周囲の人々がどよめく。

 

 川上は構わずに歩み出そうとしたが、待ち構えていたように三人の妖怪が川上の前に立ち塞がった。

 

「ただで済む、とは思っちゃいないよな?」

 

 川上は溜息を吐いた。絡まれたので切り払ったら、また絡まれる、今度は三人。悪循環だ。

 

「こちらとしては本意ではなかった。金なら多少持ち合わせがある、謝罪と金でここは納めてもらえないだろうか」

 

 キリがないと思ったのか珍しく川上は和解を持ちかける。彼にしてはかなりの譲歩といえるのだが、逆に三人組の怒気が高まる。逆効果だったようだ。

 

「金なんざ貴様が死んだ後で勝手に抜かせてもらう。まず首を寄越せ」

 

 川上は今し方出てきた店を伺う。そこに首なら一つ転がってるが、相手の求める首はそれではない事くらいは理解していた。

 

「分かった、ただ人気の無いところに場所を移して貰いたい」

 

「あぁ?時間稼いで逃げる気か?」

 

 川上が交渉に入った時、何気ない足取りで近づく少女がいた。

 

 火焔猫燐であった。通りすがりに巨漢の死体を見て一応回収しておくかと思い空気も読まずに四人、いや死体へと近づいた。本人自身は妖怪の死体には正直興味はなかったが。

 

「寄るんじゃねぇ!」

 

 三人組の一人がお燐を見て鋭く静止した。彼はお燐の事を知っているようだった。

 

「郷太の事を持ってはいかせないぞ、薄汚い屍肉喰いの猫が」

 

 郷太とは死んだ巨漢の名か。恫喝されてもお燐は涼しげに笑みさえ浮かべて反論した。

 

「いや、あたいも正直興味ないんだけどね。燃料程度にはなるかなって。ほら友達も役にたったほうが嬉しいでしょ?死ねばみんな同じなんだしさ」

 

 その言い草に男は明らかに切れた。

 

「ふざけんじゃねぇぞ!あの忌々しい三つ目の飼い猫風情が!」

 

 その言葉が発せられた瞬間、辺りの空気が一変した。

 

「今、さとり様の事を言ったのかい」

 

 三人組が思わず顔色を失い後ずさった。野次馬すら表情を凍らせている。自身が手酷く侮辱されても顔色一つ変えなかったお燐が自身の主を侮辱された瞬間豹変した。

 

 彼女の顔にそれまでの人懐っこそうな笑みとは違い、口の端を吊り上げる壮絶な笑みを浮かべていた。辺りの空気がどろりとするような凄まじい殺気を全身から放つ。

 

 形勢が三人組をお燐が威圧する形になった時、川上はこれ幸いとばかりに気配を消して歩きだした、その時。

 

「——待ちな」

 

 声がかかった。

 

 特別大声ではなかったが、ここにいる皆の耳に良く通った。そして問答無用で動きを静止させられるような強い声。川上も自然と足を止めた、いや止まったのか。

 

 野次馬達が自然と道を開けた。そこをかつ、かつ、と足元の下駄の音を立てて歩いてくる一人の人物。

 

 川上はそちらを見てすぅ、と眼を細めた。

 

 その人物は女性だが身長は高めで八雲藍と同じく170センチを超えるくらいか、高い下駄の為殊更身長が高く感じられる。明るい金髪を背中まで伸ばし、頭には赤い角が一本生えている。

 

 両手首に手枷に鎖を垂らし、足にも枷が嵌められている。鎖は繋がってはおらず拘束されている訳ではない。もっとも仮に鎖が繋がれていてもこの人物には拘束足り得なかっただろう。

 

 右手に朱塗の大きな杯を携え、怜悧で綺麗な顔立ちに獰猛な笑みを浮かべていたのは星熊勇儀その人だった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。