武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第115話

「さて、と」

 

勇儀は身体の調子を確かめるように肩をぐるりと回して、首を鳴らした。

 

そしておもむろに足を上げて地面を踏みしめた。ズン、と重い音を立て周囲の建物がグラグラ揺れた。野次馬達もそれだけで多くがバランスを崩した。

 

刀を八草に取り上げて腰を据えた川上はよろけもしなかったが、しかし軽く足を踏み鳴らしただけで圧倒的な力量を見せつけた。戦いの前の威嚇行為か、あるいは相手の反応を見る様子見か。

 

しかし川上は読まれぬように静かな呼吸を保ったまま半眼で勇儀を見るともなく見ているだけで表情も変えない。

 

勇儀は薄く笑い。からん、からんと音を立てて散歩でもするように気楽に川上へと歩み寄って行った。周囲のギャラリー達が息を呑み緊張感が高まる。

 

「まず最初はサービスだよ、避けな」

 

勇儀はそう言って川上の切り間の一歩外で右拳を高く振り上げた、合わせて川上の八草の刀が降りて脇構えへと変化する。

 

勇儀は深々と踏み込んで放り投げるかのように軽く右拳を振り下ろした。避けろと言われたにも関わらず川上も踏み込み切り上げた。

 

ゴン!と硬く重い音がして空振りした勇儀の拳は地面に刺さり地面を陥没させて周囲に軽く蜘蛛の巣状の亀裂が走る。

 

しかしそれをアウトサイドに避けつつ切り上げた川上の刀は勇儀の振るった右の脇の下に深々と食い込んだ。動脈、神経群の集まった急所。

 

すぐ川上は勇儀の左へと回りながら刀を返して首筋を切りつける。切っ先三寸埋まれば終わり。

 

脇の下、首、共に充分な深さで入ったはずだった。しかし川上は思い切り後ろに飛んだ。一瞬遅れて川上のいた場所に勇儀の無造作な裏拳が通過した。

 

勇儀の拳が刺さった地面は凄い惨状である。もはや漫画か何かの威力だ、しかも明らかに軽く振るっただけで。

 

だが何よりもおかしいのは。

 

勇儀はゆっくりと川上に向き直りくっ、と笑って見せた。

 

——傷一つつかない勇儀だ

 

深さは充分、刃筋も通った。致命傷の筈であった。しかしまるで硬質ゴムの表面を滑ったような奇妙な手ごたえ。

 

「そんな(なまくら)じゃあ私は切れないよ」

 

薄い笑みを浮かべたまま勇儀は言った。鈍?安定の切れ味ならあれで充分なのだ。今迄の妖怪も確かに頑丈だったが切れた。

 

だが、と川上は思った。

 

川上は左手を懐に入れて棒手裏剣を抜いた。切っ先を植物から抽出した毒液に付けて乾かしを数回やった、美鈴に使ったものと同じ。

 

妖怪にも効くことは美鈴で証明済み。川上はこれ見よがしに左手を振り上げた。距離四間、川上の技量なら充分な間合い。

 

川上は手裏剣を打った。四間の距離を直打法で打ち出された棒手裏剣は正確に四分の一回転し剣先から勇儀の首元に飛んだ。

 

川上は当てるのでは無く、相手がどう出るか様子見の為に打ったのだろう、しかし。

 

勇儀は避けも払いもしなかった。棒立ちのままで喉元に手裏剣を受けた。正確に剣先が当たったにも関わらず、手裏剣は刺さらずに弾かれて虚しく地面を転がった。

 

ちっ、と川上は舌打ちした。

 

頑丈というレベルではない。文字通り、刃が立たない。

 

勇儀は転がった棒手裏剣を拾い上げると片手でベキリとへし折った。

 

無茶苦茶だ。戦いにおいて攻撃とは最大である必要はなく最適であればいい。

 

人を殺すのに対物ライフルを持ち出して人体を木っ端微塵に粉砕する必要はない。22口径の拳銃で首に二、三発穴を開ければそれで充分なのである。

 

しかし目の前の鬼の存在は何なのか。そんな現実を一切合切無視する。充分過ぎる攻撃で傷一つつかずに、逆に向こうの攻撃は全て過剰(オーバーキル)だ。

 

どうする?使うか?川上はいつも懐に入れているものの存在を考える。

 

いや、現状必要なのは相手を倒す有効な攻撃だ、これを使う事自体は打開にならない、川上はそう却下した。

 

ここで川上が思い浮かんだまともな方法論(アプローチ)は三つ。まずは一つを選択。

 

勇儀はのんびりと歩みより右拳を繰り出してきた、まるっきりの大振り(テレフォンパンチ)川上にすれば当たる方が難しいが、掠っただけで死に繋がるとくれば足も竦むものだ。

 

これを右に避けて大きく八相に取り上げた川上は発勁とも言われる大エネルギーを発するための身体操作を持って渾身の袈裟懸けを放つ。並の相手なら肩口から脇腹まで刀が抜けて二つの肉塊に分かれる切断力。

 

しかし、バチィンと弾ける音とともに川上の手に嫌な感触を残して刀は勇儀の肩口に弾かれた。川上は眼を向けず手の内の感覚だけで刀の状態を把握する。思い切り切り込んで弾かれたのだ、並の刀なら折れ飛んでいるところだが、安定の粘り強さか幸いにも曲がりはしていかなった。

 

方法一失敗。勇儀が構わず繰り出した左フックを川上は下に潜る。

 

刀を右片手持ちにして川上は右肩、肩甲骨を落とした。勇儀が左のスイングブローを放って来たところにインサイドに潜り刀を握ったままの右拳を勇儀の鳩尾に叩き込んだ。古流唐手術に伝わる当破(あては)、衝撃は勇儀の背中に抜けた。

 

甲冑を着込んだ事を想定する古流柔術では透かしと呼ばれる技法、いわゆる浸透勁である。甲冑の上から内蔵を潰す、ガワだけの防御を固めても中に抜ける打撃の前に意味はない。

 

しかし。

 

「少し響いた、いい拳打じゃないか」

 

勇儀は笑ってそう賞賛した、それだけだった。確かに勁は中を通り背中に抜けたが。方法二失敗。

 

勇儀は足を高々と上げて戦鎚の様に踵を落としてきたが、川上は大きく飛んで下がって躱した。勇儀の体は強く堅いだけでなく柔軟性もあるらしい。

 

勇儀は拳打を振り回してるだけだ、まだ遊んでるようだがしかし、彼女にとってこれが至極単純で有効な戦法なのだろう。彼女は相手の如何なる攻撃も効かないが、彼女の攻撃は一発で相手を粉砕する。防御などせず攻め続ければ自ずと勝てる。

 

であれば、甲冑を着た相手なら隙間を狙うのが介者剣術のセオリー。同じように人体にも隙間はある。どう鍛えようとも鍛えられない部分、あるいは強くなっては困る部分がある。

 

「なぁ、楽しいかい」

 

勇儀は川上に向かい唐突に問いかけた。川上は半ば無意識に問い返す。

 

「楽しい?」

 

「さっきから笑ってるよ、あんた」

 

勇儀自身歯を剥いた獰猛な笑顔を浮かべていたが、そう言われて川上は初めて自分の表情に意識がいった。確かに口角が釣り上がっていた。

 

「そうだな」

 

川上は追認しつつ笑みは消さなかった、剣を星眼に構える。

 

勇儀が拳を繰り出さんとする意を取って川上は先々の先を取った。渾身の繰り突きで勇儀の右眼を打ち抜いた。観客の中からうわぁ、というような悲鳴に似たものが上がる。

 

勇儀が右拳を振ってきたのをアウトサイドに抜けて平突きを勇儀の左耳腔に突き込む。

 

ちっ、と勇儀が舌打ちした。

 

「小賢しい!」

 

川上へと向き直りながら右腕を大きく薙ぎ払ったが川上は膝を折り敷き下に躱した。刀身を左で中取りした。

 

刀を股間に向け思い切り突き上げた。いや、股間より奥、女性器、膣口へと。

 

言うまでもなく男でなくても神経群の集まった女性器は急所だ。まして川上は膣口から中に貫き通してから抉って殺す気だった。

 

しかし、刀身は一分たりとも刺さらなかった。

 

「乱暴だねぇ、ただ私を犯すにはやっぱり(なまくら)だよそれは」

 

そういう勇儀は眼にも耳にも傷一つついていない。どこにも攻撃が通る場所がない。もはや人体構造すら無視した出鱈目な耐久力。

 

勇儀は足元に居る川上に左の回り蹴りを放つ。川上は咄嗟に中取りした刀身を立てて蹴り足を迎え撃ちながら咄嗟に受身で後ろに転がろうとした。

 

あるいは——川上の力では切れずとも相手自身の力を刀で迎えれば切れるのではと一縷の望みもあったが蹴り足を受けた刀は中程から捩じくれて折れ飛んだ。爪先が僅かに川上の肩に擦り、それだけで川上の体は横に吹き飛ばされた。

 

必死に受身の応用で転がりながら力を殺したが、勢いは殺し切れずに川上は一軒の家屋の壁に叩きつけられた。

 

息が詰まった。幸い致命的なダメージではないが受身が上手く出来なければ恐らく今ので勝負はついていたであろう。

 

方法三失敗。手詰まり、だ。

 

ダメージを与える手段がない。仮にここに対物ライフルがあり勇儀に連射したとしても倒す事は叶わないだろう。

 

人垣となった観客がどよめいた、こりゃ勝負あったな、と誰かが呟いた。

 

もう手がない。川上は周囲の音が遠くなっていく。変わりに視界はいつもは見ないようにしている鬱陶しいものに溢れ、耳に雑音が飛び込んでくる。あまりに雑多な情報量に川上の意識が揺らぐ。

 

「もう、終わりかい?」

 

勇儀の声が聞こえた。まだ武器はあった、転がった時身体から離れた野太刀が転がっている、見ずとも分かる。

 

ここまで来たら本来なら逃走へと思考を移すべきだが、もはや川上の意識にその選択は抜け落ちていた。そうだ、まだまともじゃない方法論(アプローチ)が一つあったのだ。

川上は何事も無かったかのように立ち上がり右手に残っていた捻れ折れた安定の残骸を勇儀の方に投げ打つとスタスタと歩き、野太刀を拾った。

 

「そうこなくちゃね」

 

勇儀は不敵に、嬉しそうに笑った。

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