武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第118話

 反妖怪派組織のトップ。立見裕章は自分が藪を突いて蛇を出してしまった事を自覚していた。彼は頭を悩ませる。

 

 いつもの集会に使われる屋敷の一室で主要なメンバー達が集まり会議となったが、皆一様に熱い怒り、そして狼狽を露わに激しく舌戦を交わしていた。

 

「清水って奴は確実に捕らえるかでなければ殺すべきだ!」

 

「仲間が七人やられてんだぞ!ぬるい事をいうな。確実に殺せ」

 

「おい、まだみんな死んだと決まったわけじゃあないだろ」

 

「生きていると思うか?」

 

「口を慎め!」

 

「綺麗事を言っている場合じゃあないだろ、現実を見ろ」

 

 ……これである。里の外を回っていた仲間から清水と思わしき人間が見つかったと、今話し合いをしていると報告があった。万一を考えてすぐに援軍を送った。

 

 結果清水の元へ向かった仲間は都合七人は帰ってこなかった。清水も行方知れず、仲間達は見つからずに行方不明と処理された。

 

 正直仲間が無事だと考えているものはいないだろう。立見にしてもおそらくは清水が殺した後死体を見つからぬよう隠蔽したか、あるいは死体は妖怪に食い尽くされたのか。

 

 役人は動かない。里の外で行方不明では妖怪に襲われた不幸な事故で済まされてしまう。それもこれも元は忌々しい妖怪達のせいだ。

 

「ともかく清水を探し出してツケを払ってもらうべきだろう」

 

 だが、風向きがまずい。仲間が人間にやられたという事により、本来の敵である妖怪より目先の敵に皆目が行ってしまい初めている。立見は方向の修正を測る。

 

「清水という男には確かに同士の仇を討たなければらならないだろう」

 

 立見は重々しい口調で告げた。

 

「だが、一つ分かった事がある。同士が清水にやられたのであればその男はまず間違いなく妖怪側に着いている」

 

 立見の言葉に仲間が口を出した。

 

「じゃあ立見さん。俺たちはわざわざ敵を一人増やしちまったって事ですか」

 

 その男は暗にこれは清水を追えと命じた立見の責任ではと言っていた。大半の仲間は清水への憤りだが、少数、立見の判断に不審を抱いている者もいた。

 

 客観的に言って、清水という男を探す事を考えた立見の悪手とも一概に言い難い。かの者が武器になるのは確かだったのだ、同じ人間である以上協力を取り付けられる可能性はあったし、せいぜい傍観者だろうと考えた。

 

 敵対関係になるとは、可能性としては考えなかった訳ではない。だから立見も慎重にと命じたし。清水を見つけた仲間も独断先行せず報告を寄越した。それが無かったら完全に清水の情報も無く仲間が消えていただけだったろう。

 

「狼狽えるな!」

 

 一喝したのは立見の信頼する忠実な幹部であった。

 

「いくら腕が立つからとて敵一人増えたくらいで何だという!我々は幻想郷の半分、妖怪全部と事を構えるつもりでやってきたはずだ!」

 

「あぁ……確かにその通りだ」

 

 幹部の熱弁に立見を責めかけていた仲間は熱が冷めたようだった。

 

「我々がやる事は変わらない。清水が妖怪側というなら好都合だ。妖怪と事を構えれば自然と清水も出てくるだろう、妖怪共々我々の怒りを思い知らせてやればいい」

 

「うむ……確かに相手は明らかに妖怪に味方している。ならばいずれはその時がくるだろうな」

 

 そもそも清水が妖怪側でなければかかる羽目にはならなかったはずなので立見の好都合という言葉は詭弁を弄したに過ぎないが、皆は頷いた。

 

 しかしここに居るものは知る由もない、清水——川上が厳密に誰の味方でもないと。

 

「仇は皆取る。妖怪共にも妖怪に組した連中にもだ、皆良く刀を手入れしておけ。その時は近い」

 

 立見は静かだが力の篭った口調でそういうと、皆重々しい表情で頷いた。

 

 とりあえず、皆の舵取りはこんな所だろう。立見は考えた。しかし、清水は実際問題どうするか。当面は捨て置くか、いや、立見自身が言ったようにいずれはぶつかる事になる予感がする。

 

 そして、相手が妖怪側の何処かの陣営に組しているのは明らかろう。清水の手掛り、目撃情報や場所をを鑑みると可能性は

 

 ——紅魔館か?

 

 

 

 かつんと、川上は音を立てて石造りの硬い床を歩いた。

 

 古明地こいしに引っ張りこまれたのは古明地こいしの姉であり地底世界においては知らぬ者が居ない大物、古明地さとりの屋敷、地霊殿であった。

 

 名前の割に屋敷は洋館であった。黒を基調とした内装、ステンドグラスなどの意匠が凝らされた館だったが紅魔館とはまた違い、ゴシック調というのか何処か退廃的な美を感じさせる館だ。

 

 川上はエントランスホールに立ち上を見上げる。天井の高いホールには窓に円形のステンドグラスが使われており、薄暗いホールの中に様々な色彩のガラスを通り淡く色づいた光が入ってきていた。

 

 そして、川上は視線を少し落とすと。ステンドグラスの下に一人の少女が貼り付けにされていた。

 

 すでに死しており蝋のような肌質をしている少女は歳の頃は十代前半と言った所だろう。全裸であったが体付きが女として成熟を始めた所で丸みを帯び始めており、子供から少し女よりの微妙なバランスが倒錯的な美しさを感じさせた。

 

 少女の死体は両の腕を大きく広げて手首の尺骨と橈骨の間に杭を打たれていた。両足は足の甲を纏めて貫かれて貼り付けにされていた。

 

 それだけでは自重で胴体は沈み込んでしまい、上手く張り付けには出来ないので腋の下などにも杭を打ち身体は沈まないように補助されていた。

 

 そして天井から伸びるいくつもの太い鎖がまるで少女を拘束するように身体に巻きついていた。顔は頭の重さで俯き、同じ目線だったなら目元などは見えなかっただろう。しかし下から見上げている川上には見えた。

 

 その少女はどういう人生を送り、終えたのだろうか。身体付きの割には大人びた綺麗な顔付きであり、僅かに微笑んでいるかのようにも見える安らかな顔をしていた。

 

 川上はそれを眺めながら煙草に火をつけた。その死体のオブジェはかの磔刑にされた聖人がモチーフなのだろう。ありがちと言えばありがちなモチーフである、しかし。

 

「どう、綺麗でしょ?」

 

 後ろからそう声を掛けたのはお燐であった。彼女は川上の横に並び立つ、近くからだとお燐からは少し苦み走った甘い白檀にも似た香りがした。没薬(ミルラ)の匂いだった。

 

 これは彼女の作品のようだ。死体をオブジェにするなど真っ当な感覚で言えばただの悪趣味だろうが。

 

「あぁ、綺麗だな」

 

 あいにくそのような感覚は持ち合わせていない川上はそのオブジェの美を素直に認めた。お燐は自慢の作品を褒められて嬉しそうに尻尾を立てて笑う。

 

 いや、美しい物の前にくだらない道徳観や倫理観を安っぽく持ち出す方がナンセンスというものだろう。少なくともこの幻想の地では。

 

 地底は地上より涼しいが、それでもまだ蒸し暑さを感じだ。死体は新しいものには見えないが、傷みなどなく綺麗なものだ。

 

 おそらくは死体の血液や体液を薬剤で置換するなどの防腐処理がされているのだろう。だとするとお燐はエンバーミングの技術を持っているのかも知れない。あるいは能力によるものだろうか。

 

「お燐はそれ好きだよね」

 

 ふ、と唐突にすぐ後ろから聞こえたのはこいしの声だった。慣れているのかお燐は驚く様子もなく振り返る、川上は表情を変えずに煙草を口に運んだが、その実彼はとっさに跳びのきそうになるのを堪えた程、驚愕していた。

 

 川上をして気配を掴むのが酷く困難な相手だった。

 

「はい、拾って来たなかでも特に綺麗だと思いまして」

 

「確かに女の子は綺麗だけど私はあのオブジェは嫌だなぁ」

 

 お燐の返答にこいしは蒙昧な瞳でそう返した。どうも彼女の美観には合わなかったのか、お燐は少々顔を曇らせた。よほどのお気に入りなのだろう。

 

「そんな事よりお姉ちゃん会ってくれるって。こっちだよ、ついてきて」

 

 こいしは川上の手を取り歩きだした。随分気安く、強引だが、文字通り本人は何も考えていないのだろう。

 

 左手を握られた川上は器用に片手だけで携帯灰皿を取り出しスライドさせて短くなったシガレットを中に捨てた。

 

 川上にとってもこいしは視野に入れて触れていた方が、精神衛生上良い相手だった。


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