武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第12話

 ――紅魔館内部の図書館

 

 

 その本棚が立ち並んだ膨大な館内で広くスペースが開けてテーブルが設置してある地点、テーブルに面して置かれてる椅子にそれぞれ腰掛ける二人組がいた。

 

 

 一人は眠たげな半眼をして刀を腰に差したチビチビ紅茶を啜る男――川上、一人は川上と同じくジト目がちな半眼で本に目を通す少女――パチュリーだった。

 

 

 少し前までここに魔理沙も居たのだが『本を物色してくるぜ』と言って本棚を漁りに何処かに行ってしまった。

 

 

 つまり盗むもとい借りる本の物色に行った訳だが、勝手に本を持っていかれる図書館の主のパチュリーはじとりと魔理沙をにらんだがあきらめてるのか特に何も言わなかった。本気で止めようとしてるようにも見えないので案外魔理沙が本を持っていくのはある程度許容しているのかも知れない。

 

 

 そういう訳で川上とパチュリーの二人きりで取り残されたのだが両者ともあまり自分から口を開くタイプじゃなかった、そのため――

 

 

 「‥‥」

 

 

 「‥‥‥‥‥」

 

 

 「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 

 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 

 ――こうなる。

 

 

 初対面の二人の間には第三者からみて不気味な沈黙が流れていた。しかし本人たちはその沈黙に気まずげな風すらなくパチュリーは涼しげに、川上は眠たげに沈黙に身を置いていた。

 

 

 川上はタバコも吸えないので口寂しさもあるのか紅茶を少しずつ頻繁に口に運ぶ。その紅茶は香り高く、すっきりした甘味の中に微かな渋みが混じり後味もいい、紅茶としては使った茶葉も煎れ方も良く上等なモノだったがぼんやりと口にする川上にはあるいは適当に煎れたティーバッグでも変わらなかったかも知れない。

 

 

 カップが空になった所、見慣れない客に心配になった司書係の小悪魔がタイミングよく様子を見に来た。川上が小さくカップを爪で弾いてアピールしカップを差し出してお代わりを要求すると慌てて小悪魔がお代わりを用意して川上に煎れた。

 

 

 「ありがとう」

 

 

 そう川上は礼をいい、紅茶を口に運ぶ。煎れたてでまだ熱いのか飲みにくげだった。

 

 

 「いえ、また何かありましたら呼んで下さい」

 

 

 そう小悪魔は柔らかい表情で川上にそういうとその場を去っていった。他に仕事もあるのだろう。

 

 

 川上は紅茶を口にするくらいしかやる事もなく暇なのかテーブルに乱雑に積まれてた本の一冊を手にとってページに目を通す。しかし本に書かれている言語が川上には全く理解出来なかった。その本は何語かもよくわからない文字が綴られていたためである、川上は本をパラパラと捲って結局閉じる。

 

 

 「日本語の本はないのか?」

 

 

 そこで川上は初めて自分からパチュリーに声をかけた。

 

 

 「‥‥それは中にはいくらでもあるわよ。もっとも日本語のモノでも貴方に読めるかはわからないけど」

 

 パチュリーは手にしていた本からちらりと川上に目を移しそう答える。この図書館は魔術体系に関する本が大多数なため魔術の素養がなさそうな川上が読むのは難しいだろうとパチュリーは思った。

 

 「ふぅん」

 

 

 川上はやはり気のない返事をした。どうやら図書館は彼にとって暇だったのかも知れない。

 

 

 「貴方外来人よね」

 

 

 「そうだ」

 

 

 そんな川上を気遣ったのかは分からないがパチュリーから川上に会話を切り出した。

 

 

 「いつ外の世界から来たの?」

 

 

 「昨日、気付いたら森の中だったから困った」

 

 

 「‥‥昨日」

 

 

 

 川上の返答にパチュリーは違和感を覚える。つまりこの男はまだ昨日来たばかりだという、本人にとっては今日昨日いきなり別世界に放り込まれ訳も分からない状況、のはずだ。しかし目の前の男からは余裕というべきかむしろどうでもよさげな雰囲気が感じられた。やはりこの男は普通じゃなさそうだ、パチュリーはそう思った。

 

 「なら森で魔理沙に拾われたの?」

 

 

 とりあえず来たばかりの外来人が森で迷うというのは危険なパターンだ。実際迷いこんで来た外来人は状況も分からぬまま妖怪と遭遇して喰い殺されてしまうケースも多い。ならこの男は森で迷ってる最中に運よく魔理沙なりに助けられたのか、あるいは自力で森を抜け安全地帯までたどり着いたのか、パチュリーはそう予想した。

 

 

 「いや、森であったのはなにか黒い闇みたいなのを纏った奴だったな。姿は可愛い子供みたいな奴だったが実際化け物だった」

 

 

 川上の返答でパチュリーは意外に思った。この男は妖怪と遭遇したらしい、それも口振りから恐らく宵闇の妖怪。あれは人間にとって無害な妖怪ではない。外来人が人喰いであるあれに遭遇して良く生きていたものだとパチュリーは思った。

 

 

 「良く貴方生きていたわね」

 

 

 パチュリーはそう率直な感想を述べた。

 

 

 「いや、それが俺と出会った時にちょうど誰だか知らないが少年を一人食べていた所だった。だから食料が間に合ってるのに俺を喰う必要が無かっただけだろう」

 

 

 「‥‥そういう事」

 

 

 確かに妖怪は人を殺して喰う。だが逆に言えば人を食料と見ているだけなのだから腹が満たされている所にわざわざ退治されるかも知れないリスクを負ってまで人を襲う者はまずいない。男は運が良かったのだと言える。人間の癖に人が喰われていた事を無感動に話す所はまっとうな人間としてはやはりどうかと思ったがとりあえずパチュリーは納得した。

 

 

 「化け物と思ったが案外親切な者でこの世界の事を教えてもらい神社まで案内してもらった」

 

 

 「珍しいこともあるものね」

 

 

 外来人は幻想郷にたまに現れるが妖怪に助けられた外来人も珍しいものだろう。

 

 

 「あの魔法使いに拾われたのはその神社でだ」

 

 

 川上はそう話を一段落させて湯気を立てる紅茶を一口飲んだ。

 

 

 

 「へぇ、そうだったの」

 

 そう相づちを打ちパチュリーも本に目を戻す。特にそれ以上突っ込んだ事を聞く気もしなかったようだ。

 

 

 そうしてまた、図書館に沈黙が降りたその時‥‥。

 

 

 川上の椅子の横に唐突に銀髪のメイドが現れた――


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