武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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『太陽』


第120話

 幻想郷、地霊殿

 

 古明地さとりの私室に集まっているのは、四人。古明地さとり、古明地こいしの姉妹。及びペットの火焔猫燐、そして勝手にペット候補にされている川上。

 

「それでお姉ちゃん、飼っていい!」

 

 言語思考が読みにくいという、極めて扱いにくい川上相手にさとりは少々困惑気味だったが、構わずこいしが勢いよく訊いた。

 

「えぇ、構わないけど。ただその人は戻る(ところ)があるみたいよ」

 

「やったー!」

 

 さとりは帰るところ、ではなく戻るところと言った。

 

 さとりの屋敷では飼うと言ってもさとりもこいしも放任主義である。放っておいて居つくか懐くものだけが屋敷にいる、川上は居着かないだろうとさとりにはわかった。ペットにしようがペットにしなかろうがそんな取り決めはこの男には関係ない。

 

 こいしは構わないと言うところだけ聞いて喜んでいた。こちらは何も考えていないのだろう。

 

「川上さん、ですか。ここから戻るのには遠いし少々遅い時間です。今夜は館で休んでいっては」

 

「構わないのか?」

 

 川上は話な流れに興味ないように眠たげな目で視線を外していたが、さとりの言葉でさとりに視線を戻して返答をした。川上が時計に眼を落とすと確かにもう19時近い。

 

「構いません。貴方もペットですので館はある程度好きに使って構いません」

 

「それにお燐もその方が喜ぶので」

 

 その言葉にはお燐は顔を赤くしつつも眼を伏せて平静を繕っていた。

 

「感謝する」

 

 川上は礼を言って踵を返した。スタスタと歩き、失礼する、と一言残して退室した。それまで何が楽しいのか笑顔だったこいしはふと真顔になり、ふらふらとやはり部屋を出て行った。

 

「あの、さとり様。読みにくいというのは?」

 

 最後に残ったお燐がさとりに問いかけた、さとりはお燐を一瞥した。どうも妹の言ってた事は本当のようだとさとりは思った。お燐は川上に入れ込んでいる。

 

「何らかの能力のようね、単純に意識に情報が氾濫して彼自身の思考が読みにくいの」

 

「そんな事があるんですねぇ」

 

 お燐は驚いたような感心したような声を出した。自身の主人が読めない相手など妹のこいしくらいしか思いつかなかったからだ。

 

「でも全く読めないわけじゃないんですよね?」

 

「表面的なイメージがわかる程度ね、彼は少し疲れたから休みたがっていたわ」

 

 どうやら屋敷に泊まっていっていいと言ったのは川上を気遣っての事だったようだ、いやむしろお燐を気遣ってか、そのどちらもか。

 

「あのっ。じゃああた、皆をどう思ってるかくらいなら!」

 

 いきなり尻尾を立て真っ赤な顔でいっぱいいっぱいに言ったお燐に少々驚きつつさとりは、言葉を返そうとして。

 

「やっぱりいいです!失礼します!」

 

 返す暇なく、そう言ってお燐は出て行った。知るのが怖くなったのか、知るのはフェアではないと思ったのか。

 

 さとりはギシリと椅子に背を預けて息を吐いた。下から一匹の犬がクリクリとした目でさとりを見上げていた、その犬は純粋までの好意をさとりに伝えていた。

 

 その犬を撫でつつ思う。お燐の質問、中々答えかねるものだ。彼は我々に思う所がないわけではない。

 

 漠然としたイメージだが、川上はさとりには好奇(・・)、こいしには脅威(・・)を感じていた。一番彼が好意に近いもの抱いていたのはお燐であった。

 

 しかし、だからなんだというのだ。川上は自分と他人を絶望的なまでに分けて考える人間だ。

 

 ましてや彼の深淵を覗いたさとりには明確に分かった。彼はある意味平等だ、残酷なまでに。彼の剣は一切合切を差別せずに断ち切る。無論お燐も。

 

 一聞すると耳触りのいい平等という言葉。しかしそれのなんと残酷な事だろうか。

 

 しかし、しかしだ。さとりが彼の滅茶苦茶な心の中で見つけた一人のイメージ。

 

 平等な彼の中で例えどんな意味でも特別な人がいるとしたらーー

 

 

 

 

 川上は退室した後、館のラウンジに出た。とは言ってもソファーとどこか武骨なテーブルが並び、殺風景なものだったが、彼はこの飾り気のない場所が気に入った。

 

 野太刀を背から降ろしてソファーに野太刀を抱えたまま横向きに寝っ転がるとそのまま寝た。

 

 暫くして遅れてお燐が足音と気配を殺して、ラウンジに現れた。川上が熟睡している様子を把握する。

 

 彼女は自身もそうであるように、直感的に川上はちょっとした事で起きてしまう事を理解したので、彼を起こさぬように慎重に彼の寝ているソファーの隣のソファーに座った。

 

 隣とはいえ川上の寝ている場所から遠くもないが近くもない距離。彼女は穏やかな顔で静かに寝息を立てる川上を眺めていた。

 

 いつも陰鬱な雰囲気を纏っている川上は、何処か剣呑な眼を閉じて寝入っている姿は棘もなく普段より少し幼げにも見えた。

 

 お燐はまた普段とは違う顔の川上を飽きる事なく見ていた。

 

 しかしコツ、と誰かの足音がしてお燐は顔を上げる。綺麗でどこか幼気な声がした。

 

「うにゅ?お燐、帰ってたの」

 

 その女性は少し癖のある艶やかな長い黒髪に緑のリボンをしていた。背は160代後半はあるだろう。高めの身長に綺麗な顔立ちの美人だったが、浮かべる表情が何処かあどけなく、顔立ちの割に幼い印象を受けた。

 

 服装は白いブラウスに緑のスカートという出で立ちだ。胸元はかなり大きく隆起しており服が窮屈そうに見えるほどの胸の大きさだった。

 

 特に印象的なのは隆起した胸元の上部に露出した深紅の大きな異形の瞳だ黒い瞳孔が縦に割れている。まるで大きな楕円形のキャッツアイルビーのようにも見えて、不気味にも美しくも見えた。

 

 背中には髪と同じの文字通り鴉の濡れ羽色の大きな羽を持ち、上から白いマントを羽織っていた。

 

 お燐の親友であり、同じペットでもある霊烏路空、通称はお空であった。たまに間欠泉地下センターで仕事をしている。

 

 お燐は口の前で指を立て静かにとジェスチャーをした。起きてしまう。

 

「こいし様から聞いたよ、その人がお燐のお婿さん?」

 

 一応意を汲んだのか、声を落としてゆっくりお空は歩み寄って来たが、お燐はわたわたとジャスチャーを追加する。それじゃあ駄目!起きる!起きる!

 

 起きた。川上は横になったまま薄目を開けてお空を観察していた。ごろりと仰向けになり懐からゴールデンバットを取り出し咥えた。

 

 川上は火を付けて深く一服した。


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