武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第124話

 幻想郷

 

 博麗神社からも少し離れた森林でそれは起こっていた。

 

 里に幾人かいる退魔を生業とする稼業の術者。その術者の前衛として働く武術家の二人組。

 

 そして三十代後半くらいだろう和服の婦人とその子供である兄妹の三人。

 

 三人の家族は森に用事がありどうしても立ち入らなければならなかったのだが、女子供だけで妖怪も出没する森に入る危険は理解していた。

 

 故に術者二人組である。彼らは三人の家族に森での護衛を頼まれて、それを了承した。もちろん仕事として報酬を受け取る。

 

 そして、そんな五人の前にもう一人の人物がそこにはいた。いや、人間ではないので人物というのは不適切だったかも知れない。

 

 金色の髪をボブにして赤いリボンをつけ、白黒の洋服に身を包んだ幼い女の子……に見える妖怪はルーミアであった。

 

 彼女は両の腕を広げた状態で両の手首に札を巻かれ動けなくなっていた。捕縛結界の類いか、彼女は空間に張り付けにされたように動けない。

 

 彼女は空腹に耐えかねたところ五人組を見つけ襲いかかり、返り討ちにあったのだった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 退魔の術者は左腕を負傷して血を流していた。それを見て雇い主の女が気遣わしげな声を掛けた。

 

「大事ありません」

 

 術者は抑揚なく答えた。隣では前衛の武術家が油断なく刀をルーミアに向け構えている。

 

「さて、言い残すことはありますか」

 

「聖者は十字架に磔られました。……なんてどう?」

 

「貴女は聖者ではないでしょう」

 

 術者の処断の声に。それでもルーミアは笑ってふざけたように返す。しかし術者はそれに大真面目に答えただけだった。

 

「あ、あの」

 

「何ですか?」

 

 後ろから口を出して来た女に術者は穏やかな声色で応じた。

 

「流石に、殺してしまうというのは……」

 

 女は相手が妖怪とは言えまだ幼く可愛らしい少女の姿をしたルーミアに憐れみを感じたのだろうか。無理もない、人間は、豚が死んでも何とも思わないが、子犬が死ねば無関係にもかかわらず悲しむものだ。

 

 可愛いというのはそれだけで強力な武器足り得る。

 

 まして女にも娘がいるのなら同情も無理からぬ所だった。

 

 そこで初めて術者は振り返り女を真顔で見据えた。

 

「殺します」

 

 はっきりと告げた。

 

「姿形に惑わされてはいけません。相手は脅威、殺さなくては殺される。手心を加えた結果貴女はご自身のお子様が殺される事になるかも知れない、その時後悔しても遅いのです」

 

 術者は慇懃な口調で淡々と道理を説いた。女はそれに何の反論も出来なかった。

 

「その通りだよ」

 

 しかし、同意を口にしたのは何と今から殺されんとしているルーミアだった。

 

「この人が邪魔しなければ私はその男の子も女の子も貴女も御飯にしてたの、がおがおー」

 

 ルーミアはそう言って威嚇するようにおどけてみせた。

 

「貴女達が普段肉魚を食べるのと同じ。でも貴女達は誰からも責められず、私達は御飯を食べただけでこうして殺されるの」

 

 ルーミアは磔にされたまま口の端を吊り上げ三日月のような笑みを浮かべて言った。

 

「本当の化け物は貴方達と私どっちなんだろうね?」

 

 その言葉に女はぶるりと震えた。目の前の妖怪への恐れの為か、それとも自身の中の何かを恐れたのか。

 

「言いたいことはそれだけですか」

 

 しかし、術者は一切表情も変えず、さっさと済ませてしまおうと判断したらしく傍の相方の武術家に合図をした。

 

 武術家が刀を構え一歩前に出た瞬間。

 

 術者が半径五間の距離に張っていた探知結界に引っかかった(・・・・・・)者がいた。術者が不意を打たれる事を避ける為に張っていた結界。

 

 術者がそちらに向き直るより、闖入者が藪を飛び出し五間の距離を潰す方が早かった。瞬きの間に術者は首筋を断たれ血飛沫を上げながら崩れ落ちる。

 

 その瞬間家族三人は何が起きたのか理解が追いつかなかったが、武術家の反応は早かった。考えるより前に闖入者に向け刀を取り上げた。

 

 しかし、頭上に振りかぶった両腕は肘の先から半ばが無くなっていた。

 

 武術家は両腕が疾うに断たれているのに気付かずに、刃を持たぬ両腕を振り下ろし。対手の袈裟懸けを深々と浴びて鎖骨と肋骨、動脈と胸啌まで斬り下げられた。声も上げず仰向けに倒れ死んだ。

 

 ピッ、と愛刀固山宗次を一つ血振りしたのは、黒い礼服に身を包み黒髪に不吉な目付き。背に野太刀を背負った男。紅魔館使用人の川上。

 

 事ここに至ってやっと家族三人は致命的な事態に陥っている事を理解し始めた。子供たちは狼狽したように下がり、女は逆に子供を守るように前に出たが身体は震えていた。

 

「すみません、私達は」

 

 無防備に対話を試みた女の判断力の不味さは語るに値しないだろう。彼女の言葉は途中で途切れた、川上は聞く耳を持たず女の首を落とした。目撃者を残すつもりもないのだろう。

 

 ブピューッ!と首の断面から激しく血を噴きださせながら女の身体は膝をつきそのまま仰向けに倒れ、首も無いのに手足をバタバタさせるという気味の悪い動きを見せた。まるで首を刎ねられた鶏が胴体のみで走るが如く。

 

 女の息子であるまだ10才程度であろう少年の判断力は特筆すべきものがあった。

 

 彼は母が殺された事を理解すると呆然とするでもなく、激情のまま川上に突っ込むのでもなく、武術家が取り落とした刀に走り拾おうとした。

 

 彼は走りながら足元の石を拾い川上に向けて投げる、しかし。

 

 拾うのが間に合うはずもなく、石を腕で受けながら間合を詰めた川上に一太刀で斬り伏せられ即死した。

 

 判断力、行動力も確かだった。しかし足りなかったのは力量か。

 

 最後に残ったのは女の娘の幼気な少女一人。慌てて背を向け震える足を叱咤して走り出した。逃げる。その判断自体は悪くなかったが。

 

 川上は足元に落ちてた刀を蹴り上げ中空で左手で取ると振りかぶり投げ打った。手裏剣術の一種、飛刀術。狙い違わず少女の背中を刀が貫き、少女は勢いよくそのまま前に倒れた。

 

 少女の判断は間違っていないが、いかんせん行動が遅すぎた。

 

「うげぇ…けほ、けほっ」

 

 背中に刺さり上腹部から抜けた刀の切っ先が地面に刺さり、少女は地面に張り付けにされていた。消化器を破壊され胃に血が溢れているのか、ドス黒い血が混じった吐瀉物を苦しげに地面に撒き散らしていた。

 

「けほっ、い、たいよ、お母ちゃん、たすけて、兄ちゃん、いたいよぉ」

 

 慈悲はすぐに訪れた。

 

 後ろから迫った川上は首の後ろを踏みつけた。少女は頭蓋底と頚椎の付け根が折れて即死した。

 

 川上は懐紙を取り出し刀を拭った。

 

「……貴方は?」

 

 川上を見て不思議そうな顔を浮かべたルーミア。川上は無造作に歩みよると刀を取り上げた。

 

 斬られると思って顔を背け目を瞑ったルーミアだったが、川上が二回振り下ろした刀はルーミアの手首の札を両断しただけだった。

 

 服や肌に傷を付けずに紙一枚だけを斬る川上の絶技と言えるだろう。

 

 拘束から解かれたルーミアは自身の両腕の調子を確かめてから、自分は助けられたらしいと理解してキョトンとした顔で川上を見た。

 

「貴方はなんで助けてくれたの?」

 

「礼がまだだったから」

 

 何故五人を斬り一匹を助けたのか。疑問をぶつけたルーミアに川上は納刀しながら端的に答えた。

 

「お礼?」

 

 ルーミアはなんの事かわからぬ様子で首を傾げた。彼女は覚えていないのだろう。幻想郷に放り出されたばかりの男を助けた事など。それはどうでもいい川上は煙草を咥え火を点けつつ、傍に倒れていた少年の死体に向き合い弄り始めた。

 

「助けてくれてありがとう」

 

 とりあえず爛漫な笑顔を浮かべてルーミアは川上に礼を言った。川上は背を向け死体にナイフを走らせつつ、あぁ、と小さく応じたのみだった。

 

「食うか?」

 

 そう言いながら川上が持ち上げたのは肩から切断された少年の腕だった。

 

「食べていいの?」

 

「いいんじゃないか」

 

「じゃあ食べる」

 

 ルーミアのその言葉に川上は少年の小さな腕をルーミアに向けて放った。それをキャッチしたルーミアはパクリと腕に喰いつき、肉を引きちぎって咀嚼し始めた。

 

 川上は女の死体を調べて銭を抜く。同じく術者、武術家の懐を調べ使えそうなものは抜いた。

 

「貴方も食べる?」

 

 口の周りを血で汚しつつ夢中で食べていたルーミアがふと川上に食べかけの腕を差し出した。助けてくれた恩義を感じているのだろうか、あるいは彼女の性格か。

 

「少し貰う」

 

 川上はそう言って、煙草を落とし。ナイフを伸ばして前腕部の皮を削ぐと下の肉を少し切り、切り身を口にして咀嚼した。中々柔らかいが弾力もある肉質。血生臭と仄かに塩気を感じる。味付けなどないがまずくは無かった、川上はゆっくりと咀嚼して飲み込んだ。

 

 口直しに煙草を咥えつつ彼は立ち上がる。再び黙々と食事に戻ったルーミアを一瞥して、火を点けて言った。

 

「失礼する」

 

 ルーミアは顔を上げて応じた。

 

「うん、ありがとう。またね」

 

 その言葉を背に彼は煙草を吹かしつつ散策の続きに戻った。


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