「ふーん」
齢七十を越える人里最高の退魔師とも謳われる陰陽術師は、目の前の三人組の話を聞いてどうでも良さそうな相槌を打った。
博麗の巫女とも交流を持つ陰陽術師に妖怪とのバランスの偏りなど、自身の組織の理念を説いた三人組は反妖怪組織の構成員だった。
彼らの組織は反妖怪を掲げているが、宿敵である妖怪に対する決定的な武器がない事がまず大問題として横たわっていた。
リーダーの立見にも考えがない訳ではないが、まず直接的に妖怪とぶつかった場合の対抗手段は現実的に必要だった。
また、その障害になる対人も。
そこで白刃の矢が立ったのが最高レベルの技量を持ちながら既に隠居の身で現在は余り影響力もない陰陽術師だった。
「妖怪側に明らかに偏っていながら、管理側はバランスを保ってると宣う。この現状を打開したい」
「そりゃあ、仕方ねぇんじゃねぇか。あちらさんの方が強いからな。向こうの方の取り分が多いのもおかしくはねぇだろ」
先頭の男の言葉に、陰陽術師はキセルを一服して気楽な口調で告げた。真面目に取り合ってないと思ったのか一人が気色ばむ。
「他人事のつもりか!?あんたは自分の家族が殺されても同じ事がいえるか!」
それを聞いても陰陽術師は気楽な態度を崩さずにキセルをプカリとやる。しかし目だけは並々ならぬ鋭さで相手を見据えて言った。
「他人事?俺ァこれでも退魔やってたんだぜ、他人事ってのはねぇわな。俺の息子も陰陽術師だ、娘にも身の守り方くらい伝えてある」
陰陽術師はキセルに葉を継ぎ足して続けた。
「それで息子や娘が死んだら奴らが弱かっただけの事さ。現に俺ァ化け物と色々やり合ってきたがこの歳まで生きてる、それなりに強かったからってこった。ま、せいぜい骨は拾ってやるさ」
余りに
口調こそ気楽なものだがだからこそ顕著だった。この男は本気だ。
「んで、そんな事聞かせて俺にどうしろってんだ?まさかこんな老いぼれに戦えというんか?」
ニヤリと笑い、最後に一服するとキセルを下に向けコンと叩き灰を落とした。
「……対抗手段が欲しい。妖怪とやり合ってきたあんたなら何かあるだろう。知恵でもいい。道具でも。武器でも何でもいい。協力して欲しい」
「ほぉ」
陰陽術師はキセルを懐に収めながら、意味のない相槌を打った。
「知恵と道具、武器ね……あるぜ」
ニッと不敵な笑みで陰陽術師は告げた、三人は顔色を変えた。
「あるのか!」
「おぅさ。しかも俺の集大成っつーかとっておきの奴がな」
陰陽術師は軽い口調で言った。確かにあるのだ、彼は博麗と技術交流をして。当代の巫女の下請けもしていた。そしてあの巫女は天才だが、その才故の慢心か隙が多かった。
彼はずっと博麗の秘術を盗み、自分のものとしてその術を編纂してきたのだ。不完全ながらも博麗が決して外に漏らしてはならなかった術の数々。
「俺も商売人だからな、とっておきだが金さえ出しゃ売ってやるよ。人間が割食ってるってんなら、あんたらの力でひっくり返してみせるんだな」
陰陽術師はそこまで言って一枚の札を出した。
「とっておきってのが嘘だと思われちゃ困るからな。その一枚は特別にやるから試してみな。それさえあればガキでも妖怪を殺せるぜ」
「確かか?」
「使ってみりゃあわかるさ。あんたらが欲しくて堪らないもののはずだぜ。しかも妖怪だけじゃない、能力持ちの人間の霊力、神の神力にすら対抗出来るモンもあらぁ」
「ま、安くわないぜ。だが値段相応の道具だし、金さえ払えば量を用意してこっちも売るぜ。まぁそいつを試したらあんたらんとこの頭に相談してみるんだな」
陰陽術師は不敵に笑ったままそう締めくくった。
二時間後
「それで効果の程は?」
「確かです。いや、想像以上でした」
立見の質問に答えるのは陰陽術師と交渉した三人組だった。
「熊のようにでかい狼の化け物でしたが、俺は素人なのに札を掲げて一言唱えただけで一気に相手は弱っちまいました」
「どの程度だ?」
少し興奮気味に札の効果を語る一人に立見は重ねて問う。
「いえ、あっという間に動かなくなり倒れちまいましてね。瀕死の様子でしたから、石で頭を潰しました。あれはもしかしたらトドメを刺さなくても放っておいても死んだかも知れませんね」
「翁が言う通り効果は確かか」
「爺さん曰く妖怪だけじゃなく、人間にも神にすら有効なものを売る、と」
それを聞いて立見は少し考える様子を見せたが顔を上げて言った。
「金に糸目は付けん。相手が用意出来る限り買え」
「しかし立見さん、その爺さんは信用出来るんですかね」
立見の発言に幹部の一人が意見した。
「その爺さんも妖怪側に通じてたらどうします?いざ肝心な相手に買った物が効かない……という事もあり得るのでは?」
その疑念ももっともではある。立見は顎を撫でながら三人組に言った。
「君たちから見てその翁は信用出来ると思うか?正直な意見を聞きたい」
直接陰陽術師と交渉に当たった三人に聞くのが一番だと考えたのか。問われた三人組は考え込む様子を見せたがやがて一人が慎重に言った。
「あくまで俺から見た印象ですが……あの爺さんは人を食ったような態度でしたが嘘やごまかしを言ってるように見えませんでした」
「あの爺さん自身は妖怪派でも人間派でもない……強い方が正しいという感じで。それにあくまで商売という風でしたし、商品は確かだと思います」
「私も同感です」
考えながら立見に一人が意見を伝えるともう一人が同意を示した。残る一人は口を開かないが少なくとも反対意見を出す様子はない。
「私は翁から武器を買うべきだと考える。仲間の中には呪術に精通したものもいる、受け取ったものに仕込みがないかはこちらでも調べられるだろう。皆はどう考える」
立見の表明した意見に。その場の幹部達は結局反対意見は出ずに陰陽術師から武器を買う事が決まった。
「武器があればいよいよ動く時も近い。皆、愛しい人達の仇を取る日もそう遠くはないぞ!」
立見はそう言って皆の士気を上げ今夜の会合を締めくくった。
そう、いよいよだろう。潮時……なのだろう。立見は帰り道そう考えて一つの決意を固める。
立見の家は人里でも外れで、周囲の民家から少し離れた他の家に比べると大きめの家だった。
立見は無言で家の戸を潜った。この家は立見の一人暮らしという事になっている。
「私だ」
立見が戸を閉め中に向かいそういうと、家の中で気配が動き、奥から一人の幼い少女が顔を出した。
「お父さん、お帰りなさい」
落ち着いた声色で言った少女は腰まで届く細く艶のある銀髪に可愛らしい顔立ちだが真紅の虹彩の瞳を持っていた。
一眼で人間ではなく魔性の存在であると知れる特徴。
「ただいま」
それに立見は穏やかに帰宅の挨拶を返した。
少女は半妖半人であった。
幻想郷においては片親が妖怪である半妖も少数存在していた。例えば古道具屋を営む森近霖之助など。
人里にもそう言った半妖も少数住んでいる。何故半妖が生まれるか、それは妖怪と人間が種族の壁を越え惹かれあい……と言った結果もあるが、実はそういうまともなケースばかりではない。
「遅かったね、お仕事たいへんなの?」
「……あぁ、最近は少しな。真琴は夕食は食べたか?」
父として立見に気にかける真琴と呼ばれた娘に対して、立見も組織での姿より幾分柔らかい印象だった。
「うん」
「そうか、もう遅い。そろそろ寝なさい」
「うん……お父さん」
「何だ?」
「うんん、なんでもない。おやすみなさい」
何か含みがある様子の真琴であったが、そう就寝の挨拶をして寝室へ行った。
立見は腰の刀を抜いて刀掛けに掛けると、大きく息を吐きながら座った。
飲みかけの一升瓶から酒を注ぐと彼はそれを煽った。
……彼の娘、いや正確には娘ですらない。真琴こそまともな出自ではない半妖だった。
立見にはかつて妻と息子がいた。反妖怪組織を束ねてる立場から例に漏れず妻と息子は殺された。
ある人型妖怪にである。里の外で立見の息子は殺されたがそれは立見の妻があった責め苦に比べれば随分マシだったかも知れない。
一緒にいた妻はすぐには殺され無かった。その妖怪は立見の妻を気に入ったのかも知れない。ねぐらに持ち帰ると殺しも食べもせずに手足をへし折り抵抗出来ぬようにして犯し続けた。
里の人間に救出された時はすでに瀕死。そして僅か一ヶ月未満の出来事にも関わらず妖怪の子を身籠り臨月のように腹が膨れていた。
最後は立見が家で看取った。ただでさえ手の施しようない程弱っていた妻に止めを刺すように胎児は自ら無理矢理産道をくぐり抜けて産まれた。
立見はその鬼子の首を即座に締めようとした。しかし今際の際の妻が言った。
その子は悪くない
それを最後に妻は死んだ。立見には勿体無いくらいの強く優しい女だった。以来立見は外には出さず周囲に隠すように妻の忘形見を育てていた。
……反妖怪組織の頭がまさか憎き妖怪の血を引く娘と住んでいるなどと誰が思うまい。こんなことを誰に知られる訳にもいかない。
立見も理解していた。
一時間程立見は酒を飲んでいたが、やがて立ち上がった。刀掛けにかけていた愛刀を手に取った。
彼は寝室へと静かに入った。立見のものの布団と、もう一つ。薄い布団の中で真琴は寝息を立てていた。
立見は刀の鞘を払った。
眠る真琴の横に立ち、立見は刀を振り上げて
ふと、その時真琴が目を覚まし自身の横に立ち刀を構える父を見た。
立見は動けなかった。
真琴は何は何も見なかったように再び目を瞑った。
立見の体が激しく震え出した。そして
「うおおおおっ!!」
鬼の形相となり雄叫びと共に刀を振り下ろした。血しぶきが寝室に跳ねる。立見はすぐに刀を再び振り上げてまた渾身の力をで振り下ろした。また振り上げて振り下ろした。果たして刃筋を通せてるかも怪しい無茶苦茶な斬撃。
立見は刀を振り上げて振り下ろした。刀を振り上げて振り下ろした刀を振り上げて振り下ろした刀を振り上げて振り下ろした刀を振り上げて振り下ろした刀を振り上げて振り下ろした刀を振り上げて振り下ろした刀を振り上げて振り下ろした刀を……
立見は何時間それを繰り返したのだろう。夜が明け始めていた。
汗と血塗れの立見の手から刀が落ちた。滅茶苦茶な扱いをされた刀は物打ちから先は折れ刃はボロボロで大きく曲がっていた。目釘が折れて柄から外れたので立見は途中から中子を直接握り切っていた。
立見の目の前にはもはや原型もわからぬぐずぐずになった挽肉が酷い臭気を放っていた。
「う……うぁ…」
「うぐおぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁっっ!!」
人里の外れ。獣のような叫びがこだました。