武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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『依代』


第126話

 紅魔館地下図書館

 

 パチュリーは机に向かい、書物のページをぺらぺらと手早く捲っていた。

 

 研究中にある術式においてピリッとしたものが走ったのは昨夜である。所謂閃きという奴だ。そしてそのアイデアに以前読んだ本に書いてあった記述。そこに使えるものがあったと記憶していた。

 

 問題はその時は重要視しないで読み流してしまった事だ。膨大な読書力が災いし、あの記述がどの本のどのページに書いてあったか分からずに当たりをつけて片っ端から探しているという作業をパチュリーはずっと行っていた。

 

 素早く、かつ見落としがないように正確に一冊に目を通してパチュリーは本を閉じた。運動能力はないが読書で鍛えられた眼の使い方の速さがパチュリーにはある、一冊から記述を探すのに一分とかからない。

 

 しかし、机に山積みになった本をみてパチュリーは溜息をついた。この中にあるとも限らない。長丁場になるかも知れないと思いながらティーカップに手を伸ばした。中の紅茶はとうに冷め切っていた。

 

「根を詰めても良くないわよ」

 

 ふと、そんなパチュリーに対して声が掛かった、透き通った氷のような声だった。涼しく澄んでいて、綺麗で耳に心地良く。どこか硬く冷たい印象も抱かせる。

 

 幾冊の本を抱いて現れたのは、一人の少女である。上背はパチュリーや魔理沙よりは高く、咲夜よりは低い。

 

 金髪に碧眼で、ウェーブのかかった髪は肩に少しかかるくらいの長さだ。頭には赤いヘアバンドをつけている。幼い印象の強い大きな瞳に、整い過ぎた顔立ち。透き通りそうなくらい白い肌と合わせ何処か人工物めいた冷たさがあった。

 

 服装は深い青の上下、下はロングスカートである。そして肩に白いケープを羽織っているという出で立ちだ。

 

 パチュリーと同じく魔法使いであり、人形使いでもあるアリス・マーガトロイドである。人形使いでありながら本人の容姿が人形より人形じみているという少女だ。

 

 よく言えばとても美しく、悪く言えば人間らしい味わいに欠ける。

 

 彼女は同じ魔法使い仲間として交友もあるパチュリーに本を借りに来ていた。

 

「えぇ、少し眼も疲れたから休憩しようと思った所よ」

 

「それがいいわね。だけど元気そうで良かった」

 

 アリスは本を机に下ろし、パチュリーの対面に座った。

 

 アリスは喘息の発作を起こし体調を崩す事が度々ある

 パチュリーを少し心配していた。確かに魔法使い。そうどうこうなる体ではない。

 

 しかし喘息は馬鹿に出来ない。気管が狭窄し息を吸おうにも満足に吸えずにさらに咳き込み窒息しかけて苦しみながら必死に呼吸する姿は見ていて痛々しい。

 

「大丈夫よ、最近は発作も起きないしね」

 

「それは良かったわ、だけどここに篭りきりじゃなくてたまには散歩でもした方がいいんじゃない」

 

「気が向いたらね」

 

 微笑んでパチュリーはそう煙に巻いた。さりげなく小悪魔が立ち寄り、アリスに紅茶を一杯、また冷めたパチュリーのも淹れなおした。

 

 特に口を挟まず一礼して小悪魔が去る。アリスは淹れたての紅茶の香りを楽しみつつ暖かみのある白磁器のカップから一口飲んだ。

 

「相変わらず貴方の司書の紅茶は美味しいわね」

 

「本来司書とは関係ない仕事だけど」

 

 微笑して感想を漏らしたアリスにパチュリーはそう応じた。アリスは音を立てずカップをソーサーに置いた。

 

「ところで……」

 

 アリスは思いついたように口火を切った。しかし実際にはずっと気になっていたが追求する気を逸していた。

 

「あの人はどなた?」

 

 アリスが視線を送った先にはソファーで刀を抱いた左腕を下にして横向きに静かな寝息を立てた青年が一人。紅魔館下っ端使用人の川上である。

 

 アリスが図書館に立ち入った時からずっとそこで寝ていた。気にはなったが言わなくても誰かが説明するかと思い中々突っ込めなかった。

 

「あぁ、あれ?」

 

 パチュリーもソファーを一瞥して言った。まるでいる事に気付いていなかったか忘れていたかのような態度。

 

「外来人で魔理沙が拾ってここまで連れてきた後、レミィが気に入ったみたいで飼ってるのよ」

 

 パチュリーの説明は極めて端的で無駄がない。経緯は不明だが、実際に経緯らしい経緯もない。

 

「そうなの?じゃあレミリアの恋人?」

 

 アリスはそう考えたようだ、あの吸血鬼は見かけ通り幼い所もあれど。落ち着いた淑女のような所もある。恋人くらい作ってもおかしくないというのがアリスの印象か。

 

「まさか、恋人というよりペットみたいなものでしょうね」

 

 だがアリスの言葉をパチュリーは一笑に付した。川上がレミリアのお気に入りだというのは確かだが、パチュリーのレミリアの印象はアリスとはまた違うのだろう。

 

「むしろレミィ曰くあの子は咲夜にべったりだそうよ」

 

「あぁ、咲夜の……確かにあの娘も男好きしそうな性格だからね」

 

 パチュリーの言葉にアリスはそう頷いた。男側から見ればレミリアより咲夜だろうという気がした。アリスが言ったように性格も少々冷酷なきらいはあるが基本的に世話好きなのだ。

 

「そういうば魔理沙が以前言ってたわね。武術家の外来人がいて、一本取れるか挑戦中って。彼の事だったのね」

 

 ふと、そこで魔理沙の言葉を思い出した。武芸の達人で性格破綻者の男がいるとか言っていた事を。

 

「一本も取れないみたいね。アリス、貴方も剣も使うでしょう」

 

「それはあまり口にして欲しくないわね」

 

 パチュリーの言葉にアリスが軽く窘めるように言った。

 

 剣術はアリスにとって隠し玉であり切り札みたいなものだ。使う事は余り知られなくはない。

 

 アリスは人形使いである。戦闘においてはアリス自身が戦うのではなく、彼女が同時並列で操る多数の人形が戦う。

 

 故に彼女と戦うものは一対多数を強いられる事になる。無論それは多勢に無勢だ、アリスは数の上で圧倒出来る。

 

 しかしそれはあくまで擬似的な一対多数である。

 

 相手が少しでも戦略や兵法に通じていればすぐにその道理に気付く。あくまでも敵はアリスなのだ、人形ではなく活路はアリス自身にある事に。いや、仮に擬似的な一対多でなくとも相手の頭を先に潰すのはセオリーである。

 

 故に少し分かってる相手なら人形ではなくアリス自身を狙い飛びかかってくる、しかしそこに罠がある。

 

 孫子に曰く、逃げ道はひとつ残しておく。

 

 弱点がアリスであるなら、相手がアリスに掛かって来るのは道理。であればアリスもそこを逆手に取れば良いのもまた道理。

 

 アリス自身そこに様々な罠を張っている。その一つがアリス自身の剣腕という訳である。人形しか戦闘能力がないと固定概念に捉われアリスの懐に入った途端バサリ、という訳だ。

 

 戦闘とは戦略。つまり頭脳(ブレイン)それがアリスの考えである。詰将棋のような駆け引きで勝ちを得る。

 

 故にアリスの剣術はあまり知られる訳にはいかない。武術流派も技術や型を秘匿するが、これも兵法の基本だ。知られてないゆえの強み。

 

「ただ、あの子には知られてようが、いまいが無意味だと思うわよ」

 

「あら、随分高く買ってるのね」

 

 パチュリーの言葉にアリスが少々意外そうに返す。パチュリーが他人を評価するのは滅多にない事だった。

 

「私じゃないわ。業物が手に入ったって、レミィの折紙付きよ」

 

「レミリアが?それは並の達人ではなさそうね」

 

 パチュリーの言葉にアリスは納得した。パチュリーが他人を評価する以上にレミリアが人間を評価する事の方が希少だ。レミリアに認められた人間など数えても片手の指が余る。

 

「話してみる?川上、来なさい」

 

「いや、寝てる所をわざわざ起こさなくても……」

 

 パチュリーが川上に軽く呼び掛け、アリスが諌めようとした時には眠っていた川上は呼ばれた事で目覚めた。横になったまま半眼の眠そうなどんよりとした眼でパチュリーとアリスを暫し見つめ、おもむろに立ち上がった。

 

 かつ、と歩きつつ腰のベルトに刀を通して底昏い眼でアリスを見下ろした。ゾワリ、とした感触がアリスの背に走り彼女はその瞬間に並列思考で幾千の攻めをシミュレートし結論に至る。この距離、状況でやり合ったら死ぬ。

 

「始めまして。川上という、宜しくお願いする」

 

「始めまして。アリス・マーガトロイドよ。業物という触れ込みに偽りはないみたいね」

 

「裁断銘も入った固山宗次だからな」

 

 二人は挨拶を交わしあい、アリスの言葉に川上はトンチンカンな答えを返す。アリスは思わずはい?などと声を上げたが、眠そうな川上は冗談を言ったのか本気で言ったのか判断が難しい。

 

 川上も椅子に座ると寝起きの煙草を無意識に取り出しかけて、パチュリーを気遣ったのか変わりに干し肉を取り出し齧った。

 

 その後三人とも口数が少ない為、大して会話に花咲く事もなく。静かに紅茶に口をつける二人の隣で川上は頬杖を付いて物憂げにも見える無表情でアリスの上海人形の頭を指で撫ぜていた。

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