武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第127話

 紅魔館門前

 

 そこに三人の人物がいた。

 

 一人は歳の頃四十前後と言った具合だろうか。身長は170㎝弱でしっかりとした身体つきをして鋭い目付きをした男。

 

 一人は二十代前半、身長175㎝程度の体躯。不吉な陰を宿した三白眼が特徴的な紅魔館使用人、川上。

 

 最後はまだ十代後半だろう、身長160㎝台後半程度と女性としては比較的長身のやや痩躯。年齢以上に落ち着いた表情を見せるのは紅魔館メイド長、十六夜咲夜。

 

 この状況はなんなのか、と問われれば一言で言えば他流試合の挑戦者であった。

 

 紅魔館の門番が妖怪ながら武術の達人である事は周知の事実である。たまに腕に覚えのある人間が紅美鈴に挑戦に来る事があった。

 

 この日久方ぶりの挑戦者が現れた。しかし、そのタイミングで本日は美鈴は休みであり、代わりに門前に詰めていたのは川上だった。

 

 挑戦者はがっかりしかけた。しかし、川上に用件を問われ答えると、暇つぶしになりそうだと考えた川上が美鈴代わりに試合相手になる事を提案。男も腕試しが出来るのなら願ったりとこれを了承。かくして川上と男の他流試合が決まった。

 

 そうして咲夜は立会い人として今ここに居る。咲夜は少し懸念があった。美鈴の場合相手が格下の場合かなり配慮するのだ、相手にも顔を潰さぬように花を持たせたり、大怪我には繋がらぬようにと言った具合に

 

 しかし、川上では……

 

「準備はいいでしょうか」

 

「あぁ」

 

「いつでもいいぜ」

 

 川上から預かった二口の刀を抱いた咲夜が問い、二人は短くそれに応えた。

 

「ルールは武器の使用、目突き、金的など以外はあらゆる攻撃可。どちらかの参ったか、あるいは戦闘不能をもって決着とします」

 

 咲夜の宣告に男は頷き、川上は何も反応しなかった。

 

「では、始め!」

 

 咲夜がそう告げると男は左を前に半身となり肘をゆったりと曲げて両腕を前に出し、腰を落として構えた。

 

 川上は棒立ちのまま無構えである。

 

 男は古流柔術を修めた武術家である。日本の古流柔術では甲冑を想定しているため、投げ技や関節技、組討ちなどを主体とする場合が多い。逆に甲冑の上からでは効果が薄いため当身はあまり用いられない。

 

 しかし、流派を全体を見れば当身を重視して多用する古流柔術流派も存在する。男の流派がそうだった、一に当身、二に当身、三、四がなくて五に捕手。

 

 川上が全く無防備のまま散歩でもするように距離を詰めるが、その試合中とは思えぬ大胆さに男は一切狼狽しなかった。

 

 間境にて男は右の中段突きを川上の段中に向けて放つ。胸中央の急所。その威力は生身でモロに受ければ胸骨が砕け心臓破裂を起こす。男の当身は投げ技がただの死体処理になる威力だ。

 

 鈍い嫌な音がした。

 

「うあぁっ!」

 

 呻いたのは男だ。川上の肘を用いた砕き受け。男の右拳は砕けた骨が甲を突き破って飛び出していた。

 

 咄嗟に後ろに下がった男に付いていくように川上は右で相手の左手首を掌握して、相手の体幹に崩しをかけた。瞬間男は軸を失い完全な無防備になる。

 

 川上の左掌底が男の顎を撃ち抜いた。しかし川上が真に狙ったのは顎ではない。

 

 男は声も無く崩れ落ちた。

 

「……勝負あり」

 

 その言葉に川上は踵を返して懐から煙草を取り出した。男は立ち上がってこなかった。

 

 咲夜は歩いていき男の状態を確認した。

 

 顎を通して頚椎を砕かれ既に息は無かった。

 

 想像出来た結末。武において試合は死合である。しかし、咲夜は思う。

 

 川上は命を軽んじ過ぎている。

 

 わかるのだ、他ならぬ咲夜には。そして命を軽く見る者にとって一番軽いのは他人のそれではなく……

 

 

 夕刻

 

 川上は先ほどまではフランドールとテーブルゲームに付き合っていたが、フランドールが寝てしまったので暇になり廊下を歩いていた。

 

 そこらへんの部屋で昼寝でもしようかと思いつつ歩いている時、呼び止められた。

 

「川上」

 

 川上は足を止めた。呼び止めたのは対面を歩いてきてすれ違いかけたレミリアであった。

 

「なんだ」

 

 川上はレミリアを見下ろして告げた。対してレミリアは周囲を気にする素振りを見せた。

 

「ちょっとこっち」

 

 そう言って川上の手を引っ張り手近な一室に入った。空き部屋である、なるほど誰かに見られる心配は無さそうだ。

 

 レミリアは被っている帽子を脱いで川上に向き直った。

 

「わ、私を抱っこしなさい」

 

 そして何故か急にそんな命令をした。あくまで上から目線だったが恥ずかしそうに顔は紅潮し、声も少し震えていた。

 

「わかった」

 

 川上はやれと言われたなら是非は特にない。しゃがんで座構で低く肩からレミリアのお腹に当たっていき腕を回してレミリアを肩に担いだ状態で立ち上がった。

 

「どこへ行けばいい」

 

「……私が言ったのは抱っこであって、これは運搬だと思うのだけど」

 

 肩に担がれたレミリアが、川上の背中側から突っ込む。これは何かが違うと。

 

 川上は冗談のつもりだったのか、あるいは本気だったのか。肩の上のレミリアを巧みに扱い、今度はちゃんと胸の中で横抱きにした。

 

 レミリアは咲夜の胸の中との差異を感じた。まず咲夜に比べて目線が高い、また男の身体だから硬いと思えばそうでもない。咲夜ほどではないが身体の感触は案外柔らかかった、これは無駄な力が入ってない為であろう。

 

「悪くない、わねこれ」

 

 レミリアはそう感想を漏らす。少し眠くなりそうな心地よさがあった。この男は父性とか包容力とかを全く感じさせないだけに意外である。ふとレミリアはこの男が良くあるメイド妖精に絡まれてるのを思い出した。

 

「頭を、撫でて」

 

 今度は命令というより甘えたニュアンスが強かった。川上はやはり特に何も言わずに片手で横抱きにしたまま、もう片手でレミリアの頭を撫でた。

 

 思いの外繊細な手つきに、レミリアは目を細めて、胸に頭を預けて息をついた。

 

 心地良い。

 

 フランドールが懐いているのは伊達ではなかったのかも知れない。

 

「咲夜が貴方の事を心配しているわ」

 

「そうか」

 

 その状態でレミリアは話を切り出した。これが言いたいがために川上を呼び止めたのか。しかし川上の返答は素っ気なかった。

 

「貴方は命を粗末にし過ぎると言ってた」

 

「命など、言う程立派なものでもないだろう」

 

 レミリアは胸に頭を預けたまま瞳を閉じた。

 

「そうかもね。でも」

 

 とくん、とくん、と。

 

「貴方が一番粗末にしているのは自分自身だって、咲夜が」

 

 命が刻むリズムに耳を傾けながらレミリアは言った。

 

「俺は自分が一番可愛い」

 

「そう?じゃあ死にたくない?」

 

「殺しておきながら、自分は死にたくないは通らないだろう」

 

 川上の心音に耳を傾けながらレミリアは思った。初めてこの男は本当の事を言ったのかも知れない。

 

「そうは思わないわね」

 

 レミリアはゆったりした口調で言い聞かせる。

 

「本当に自分が可愛いければ、何万人殺そうが死にたくないし、知ったことじゃない。そういうものじゃないかしら」

 

「……」

 

 川上は答えなかった。レミリアの言葉に同意したのか、しかねたのか。あるいは自身の欺瞞に気付いたのか、気付かされたのか。

 

「咲夜には幸せになって欲しいから」

 

 だから、レミリアは言う。

 

「貴方を大切に思う人もいるから」

 

「貴方も自分を大切にして」

 

 とん、と川上の胸に手を置いて告げた。

 

「何万人の他人よりもね」

 

 やはり川上は何も言わなかった。言うべき言葉を見つけられなかったのかも知れない。

 

「降ろしていいわよ」

 

 川上はそれに従いレミリアを降ろした。レミリアは言うべき事は終えたのか帽子を被り直して踵を返した。

 

「お嬢様」

 

「なに?」

 

 そのレミリアに対して、やっと川上は口を開いた。レミリアは振り返らずに応じた。

 

「ありがとう」

 

 川上が告げたのは一言だけであった。それはいつもの表面だけなぞった礼式であったのか、それはわからない。

 

 レミリアはクスリと一つ笑って退室した。

 

 川上は誰も居ない部屋で一息ついて、ソファーに身を沈めて煙草に火をつけた。


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