武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第129話

 紅魔館、客室。

 

 誰も使っていない空部屋のうちの一つ。そこで一人の男がソファーで寛いでいた。

 

 ソファーに刀を立て掛け、片手の指に挟んだ両切り煙草を深く一服し紫煙を吐く、その男は据わった三白眼にダークスーツ。眼付きや濃い煙の為か退廃的で陰惨な雰囲気を纏う紅魔館使用人である川上だ。

 

 彼は自分の分の仕事を終わらせて、休息していた。また愛呑煙草のゴールデンバットを一服すると自分で淹れた不味いブラックコーヒーを啜る。

 

 休憩ならラウンジでも出来るがまず誰も来ないだろう空部屋で寛いでいるのはそういう気分なのだろう。彼は眠たくなったのか数回瞬きをした。

 

 川上は最後の一口を吸うと灰皿で煙草をもみ消し、コーヒーに手を伸ばした。その時ピクリと彼の視線が反応した。

 

 少しして、コーヒーを口にしたタイミングでドアが叩かれた。川上は開いている、とだけ応じた。別にここが彼の私室ではないのだが。

 

 あまり音を立てずに入室してきたのはメイド長の十六夜咲夜だった。仕事中なのか手には掃除道具が一式。

 

「寛いでいる所悪いけれど掃除してもいいかしら?」

 

「構わない」

 

 咲夜の問いに川上はそう返した。実の所咲夜は短時間でこの部屋に二回入室していた。何時もの流れで時間停止で移動していたが誰もいないと思った部屋に川上がいたので一旦退室。時間停止を解いて改めて入室した。

 

 しかし、人がいたなら別の部屋を先にして後回しでも良さそうだが咲夜はそうはしなかった。

 

 

 咲夜はそれ以上何を言うでもなく部屋の掃除に取り掛かる。川上も何も言わずまだ熱いコーヒーを少しずつ口にした。

 

 窓ガラスを濡らした新聞紙——銘柄は文々。新聞とある——で拭いている咲夜を尻目に川上は煙草に火をつけた。掃除をする他人など寛いでいる所には煩わしいかも知れず、川上は部屋を変えても良さそうだがそうはしなかった。

 

 

 やがてコーヒーを飲み干し、ソファーに座ったまま川上が寝息を立て始めたころ。手際よく咲夜は掃除を終わらせた。

 

「良く寝るわね」

 

 咲夜は川上を見て極めて小さく呟いた。彼は暇があると良く寝ている姿を見る、何かあるとすぐ起きてしまうがその変わり良く寝ている印象が強い。昼寝、夜寝を合わせれば一日少なくとも12時間は寝ているのではないか。

 

 咲夜も時間停止移動で自分の分の紅茶を淹れると、川上の隣に一緒に座った。あまり慎重になり過ぎない程度に静かにしたが寝入った川上の呼吸は乱れず起きなかった。

 

「随分安心してくれたのかしらね」

 

 最初に比べると本当に無防備な所を見せる事が多くなった。川上は武を学ぶ以上安心は出来なくなっていったのだろう。安心だと思えば危険へと近づく事になる。

 

 しかし、彼が安心する事が無かったのは何も武を学んだ上での危機管理だけでは無かったのかも知れない。咲夜はふと思う、安心などとは程遠かった自分の子供の頃を。

 

 果たして川上はどんな子供の頃を送ってしまったのだろうか、親はいたのだろうか?どう扱われた(・・・・・・)のだろうか?咲夜はそんな事を思う。

 

 少しは安らぐ事を覚えてくれたなら良いのだが。ここまで無防備なら咲夜がその気なら今ならほぼ確実に川上を殺れるだろう。

 

 その上で安心して寝ているのなら良い。だが別に殺られても(・・・・・)良いで寝ているなら少し寂しい。

 

 咲夜は川上に手を伸ばし、肩に触れた。川上の呼吸が変わる。

 

「大丈夫よ」

 

 そう言って咲夜は川上の身体を自分の方に優しく引き寄せた。

 

「おいで」

 

 そして、とさりと座っている自分の膝の上に川上の頭を横向きに納めた。膝枕状態。

 

 川上は特に抵抗はしなかった、ただ半眼を開けてボンヤリ状態を見ている。咲夜は川上の頬を慈しむように撫でた。

 

 さぁ、どうでるか。嫌がって逃げるか、それとも……

 

 川上はゆっくり目をつむり、静かに再び寝息を立て始めた。

 

 良し。

 

 そう咲夜は内心で小さく喝采を上げた。

 

 思えば咲夜が人間に対して害意を抱くのではなく、守ってあげたくなったのはこの男が初めてだったのかも知れない。

 

 なお、川上が咲夜の想像以上に熟睡してしまったため、咲夜はこの状態で二時間動けなくなった。

 

 

 

 博麗神社、境内

 

 一人の人物が歌を口ずさみながら歩いていた

 

「el a ty ria fairytale cotton os di as daeh dae dym」

 

 明るく長い金髪をリボンで房に分け、帽子を被っている。顔付きは幼さを残した可愛らしさと美しさに何処か不吉な妖艶さを匂わせる。

 

「di a my rre merry made cotton os di as noom rev lis

 」

 

 絹製のロングの手袋に、フリルをあしらった紫のドレス。日傘を差している姿はスキマ妖怪である八雲紫であった。

 

「syo bel ttil yn am del lik reh to mym re hyb de red rum saw Ios lad na」

 

 彼女は不思議な歌を歌っていた。意味の通らない単語や音の羅列を鈴を転がすように可愛いらしく歌っていた。不思議な印象の歌である。

 

「ela ty ria fairytale cotton os di as daeh dae dym di a my rre merry maid cotton os di as sllab ey eym」

 

 そして最後まで何処か幻想的な調の歌を終えると歩みを止め。紫は声を掛けた。

 

「ご機嫌よう、霊夢」

 

「はい、こんにちは」

 

 紫の挨拶に対する霊夢の答えはいかにも歓迎していないというかのように素っ気なかった。

 

「何の用」

 

「あら、用がなきゃ来てはいけないかしら」

 

「あまり来て欲しくはないわね」

 

 一見聞けば険悪なようにも思えるが、実際は軽口の応酬であった。ここまで気安く雑な対応が出来るのはある種の信頼関係の証であろう。

 

「まぁ、用が無いわけじゃありませんけどね。これ新しい資料です」

 

 そう言って八雲紫が渡したのは、最近入ってきた幻想郷の住人の中で危険度がある程度以上の者のパーソナルデータだった。もしもの非常時に霊夢が屠る(・・)のに必要なものだ。

 

「ちょっと、こんな所でそんなもの出さないでよ」

 

「私と貴女の二人が居て誰かに見られるような下手を打つと思って?」

 

 幻想郷において文字通りトップシークレットの資料を気軽に外で出した紫の迂闊を霊夢が咎めるが紫は悠然と受け流す。

 

「いつも通り蔵で目を通したら、保管しておきなさい」

 

「はいはい」

 

 幻想郷において誰にも知られず目に触れる事のない聖域。観覧も保管もそこでするようにと軽く紫は釘を刺す。

 

「あと……そうね、里で最近反妖怪を掲げる組織がきな臭いわ。そろそろ動き出すかもね」

 

「はいはい、その時は潰しておきます」

 

 紫の報告に霊夢は面倒そうに答えた。人間が反乱などしたら微妙な幻想郷のバランスは崩れるだろう、霊夢としても処理しなければいけないタスクだ。

 

「後は人間を辞めかかってる(・・・・・・・)人が一人」

 

「あー、それも見過ごせないわね。何になりそう?」

 

 幻想郷において人里の人が妖怪になるのも禁忌。その管理も博麗の仕事だ。

 

「そうね、斬神かしら?」

 

「神?それは大層な大物がいたものね」

 

「ただ、こちらは別に里の人間ではないし……まぁ、今すぐ何とかしなくても時期が来るわ」

 

「はぁ、時期ねぇ」

 

 紫の何処か謎めいた、意味ありげな言葉に霊夢は適当に返事をする。この妖怪はいつも含みがあるような言動をするので一々食いついてたらキリが無いのを霊夢は理解していた。

 

「話がそれだけかしら?なら私はこれを納めてくるけど」

 

「えぇ、お疲れ様。私もそろそろ帰りますわ。藍が御飯を作ってまってますので」

 

 そう言い交わすと、霊夢はさっさと踵を返した。本来持ち出し厳禁の資料を長々と外で持ちたくないのだろう。

 

 紫も何処か不吉で妖艶な笑みを口元に湛えたまま、歩き出した。日傘を差しまた不思議な歌を口ずさみながら。

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