武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第130話

 その日、紅魔館ではレミリアが退屈を持て余していた。

 

 そんな時ふと思い付いたレミリアの、今日はパーティーをしましょうの一言で今夜の庭での催しである音楽会が決まった。

 

 紅魔館では良く立食パーティーを催す事がある。なんだかんだと賑やかしいのが好きな妖精メイド達へのレミリアの粋な計らい共言えるかも知れない。

 

 最近は夜はだいぶ涼しくなってきたので庭での音楽会という事になった。

 

 突然に決まったパーティーに咲夜達以下メイドは準備に奔走する事になる。料理を用意し、庭にテーブルを用意して、ワインを冷やしと。途中で空部屋で昼寝していた川上も咲夜に起こされ、食材を高速で捌き刻む手伝いをした。

 

 そして、日が落ちてすぐ、まだ僅かに西の空に赤みが残る頃にパーティーは始まった。広い庭には涼しい風がが通り、円形のテーブルにオードブルなど様々な料理と酒が並べられた。

 

 レミリアはメイド達が皆思い思いに楽しんでいるのを見渡して、サーモンのカルパッチョを口に運んだ。側に付いた咲夜が自然な所作でワイングラスに冷やしたワインを注ぐ。

 

 ややピンクがかった薄い緑の透き通ったそれは白ワインである。普段血を意識して赤ワインが多いレミリアには珍しい。

 

 レミリアは両手でグラスを包むようにして取り——彼女は手が小さい為かグラスやカップをこのように持つ愛らしい癖がある——一口飲んだ。

 

「美味しいわね」

 

「お気に召しましたか」

 

 一言そう言った後、レミリアは西の空を仰いだ。

 

「綺麗ね……今日は宵の明星が一際明るいわ」

 

 レミリアの言う通り日没間もない西の空では金星が一際大きく輝いていた。

 

「えぇ、本当に綺麗ですね」

 

「そうね、今夜は楽しい夜になりそうだわ」

 

 レミリアは機嫌良くそう言った。

 

 

 

 外からはパーティーの喧騒とそれより響いてくる妖精メイド達が演奏するヴィオラやチェロ、バイオリンと言った弦楽器の音が聞こえてきた。

 

 川上は私室でパーティー会場から拝借してきたクラッカーオードブルの大皿とシェリー酒を一瓶テーブルに置き、ベッドに腰掛けると一息ついた。

 

 グラスを立て、シェリー酒のボトルを取ったところで彼はコルク抜きがない事に気付く。

 

 取りに行く事も考えたが、思い直し川上はテーブルの上のボトルのネック目掛けて座ったまま左腕を振るった。

 

 左の手刀でポキリとあっさりネックとボトルの付け根部分でネックが折れ飛んだ。ボトル部分は微動だにしなかったが、ネック部分中程まで酒は詰められてた為に溢れた分がテーブルを濡らした。

 

 まるで競技格闘の空手家の試し割りじみた事をした川上であったが、濡れたテーブルを見て見世物芸を実用に使うものではないなと思った。小さなハンマーでもあれば誰でも出来る事を手刀でやる能率の悪さは考えれば小学生でもわかる。

 

 川上はネック部分を無くしたボトルからシェリーグラスに注ぐ。麦わらのように黄色がかった液体を眺めて、軽く深みのある香りを気持ち楽しんでから、一口飲む。フルーティーな香りが鼻に抜け、軽い渋みと熟成した甘みを感じる。

 

 このような酒はあまり飲み慣れない川上であったが美味いな、とそう思った。クリームチーズとサラムの乗ったクラッカーを一つ口に運ぶ。

 

 美味いオードブルに上等なシェリー。遠くから微か音楽会の演奏が聞こえてくる一人の部屋。彼はパーティー会場に居ないにも関わらずパーティーを楽しんでいる。

 

 物事の捉え方、楽しみ方はいくらでもあるということである。

 

 そうやって彼が一人でパーティーを暫し楽しんでいた後に来客があった。

 

「お兄様、居るの?」

 

「あぁ」

 

 フランドール・スカーレットであった。どうやらパーティー会場に参加していないのは何も川上だけでは無かったらしい。

 

「お邪魔していい?」

 

「構わない」

 

 川上の了承を得て、フランドールは川上の部屋に入室してポスリと川上と同じベッドに座った。

 

「呑むか?」

 

「……機嫌良さそうだね」

 

 シェリーグラスを傾けて言った川上の勧めには答えずにフランドールはそう言った。フランドールには川上が普段と変わらぬようで、しかしどこか上機嫌に見えた。

 

 それもおかしな事ではないだろう。彼はパーティーの夜を楽しんでいるのだから。

 

 しかしそれを聞くという事はフランドールは川上と違い、楽しんではいないのか。

 

「外はみんな楽しそうだね」

 

「あぁ」

 

 フランドールの言葉に相槌を打ちつつサクサクと川上はクラッカーオードブルを咀嚼した。

 

「私は最近偉くなったからパーティーにも参加していいって」

 

「今日もお姉様に誘われたの」

 

 くっ、とシェリーグラスに口をつけ飲み干すと川上は聞いた

 

「参加しないのか」

 

「皆楽しそうだよね」

 

 川上の問いには答えずフランドールは繰り返した。

 

「私も一緒に皆と楽しんで、だけど気付くの」

 

「一人なの」

 

 川上はグラスを空けるとネックのないボトルからシェリーを注いだ。

 

「皆一緒なのに、一人だって気付いて。最初から一人でいるより寂しい」

 

「だから、ね。寂しくても最初から一人の方が辛くないの」

 

「今は俺といるがいいのか?」

 

 川上はオードブルを摘む手を止めて煙草を取り出し咥えながら尋ねた。

 

「貴方は、二人でいるのに一人だから気が楽。不思議ね」

 

 フランドールはベッドの上で両足を抱えながら、少し禅問答じみた事を言う。

 

 ふと、川上が煙草を吹かしながらフランドールの腕に手を伸ばした。手首を掌握するとフランドールはかくりと横にバランスを崩してコロンと倒れて頭が川上の膝に納まった。

 

「……何?」

 

 川上は気紛れを起こしたのだろうか、すっ、とフランドールの頬を指で撫でた。あんまり彼の方からスキンシップはしてこない事を知っていたのでフランドールは少々目を丸くして言った。

 

「パーティーが終わったら姉にでもこうして膝をねだると良い」

 

 川上は煙草を揉み消しシェリーグラスを傾けつつ言った。

 

「案外気分がいいもんだぞ」

 

 川上の膝の上でそれを聞いて少し驚いたフランドールはクスクスとここに来て初めて笑った。

 

「お兄様、案外甘えん坊なんだ」

 

 それには答えずに彼は上機嫌にクラッカーを口に運んだ。

 

 

 

 夜半まで続いた夜のパーティーは終わり、川上や咲夜、メイド達による後片付けも終えた深夜。

 

 一人ラウンジでブランデーをストレートで舐めるようにゆっくり楽しんでいた。

 

 パーティーの夜に一人呑み直しているように、川上は度々深酒をしているように見えるが実は彼は常に呑むペースをかなりセーブしている。それも常在戦場の心得なのだろう。

 

 ふと気配がしたが川上は特に顔を上げなかった。

 

「ずっと妹様と居たけど、音楽は嫌い?」

 

 パーティー中、咲夜は輪から外れた二人を気遣ってか、煩わしくない程度に川上の部屋に給仕に来ていた。川上の方はそこまで気遣かわずとも良いと分かってはいたが。

 

「どうだろうか?」

 

 川上は干し肉を千切ってチビチビ噛みつつ首を傾げた。どうやら考えた事もないという様子。

 

 咲夜はラウンジの奥に歩いて行った。そこには一台のグランドピアノがあった。普段は誰も滅多に弾かないが。

 

 咲夜は一つの鍵を取り出すと鍵盤蓋に掛けられた錠を外して開けると鍵盤を保護するためのカバーであるビロードを取り去った。ポンと鍵盤の一つを押し込み音を確かめた。

 

 咲夜は何も言わずにピアノの前に座り、しなやかな手を鍵盤の上に乗せた。川上も何も言わずただブランデーをちびりと舐めた。

 

 咲夜の指がゆっくりと鍵盤の上を踊り曲を奏で始めた。繊細で優しく。何処かノスタルジックでもある旋律。

 

 近代における作曲家モリス・ラヴェルが学生時代書いた名作『亡き王女のためのパヴァーヌ』

 

 川上は咲夜の奏でるその旋律に耳を傾けながら、目を閉じた。




ご機嫌川上さん

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