武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第134話

「もう、決まりだ!」

 

 人里のとある屋敷のある一室。ダンと、一人が卓を叩き言った。

 

「清水だけじゃない、あの人殺しのメイド風情もだ!」

 

「くそっ!人間なのに妖怪側に付いて何故同じ人間を殺す」

 

「狂ってやがる」

 

 清水の身柄は紅魔館とあると踏み、同じ人間であり一番話も通じそうなメイド長十六夜咲夜を狙い接触し交渉を仕掛けた半妖怪派組織の同士。念には念を入れ用心の為武装させた戦力を揃え、さらには例の御隠居の術師から入手した対人用の札まで用意。

 

 その結果は全滅である。メイドは問答無用とばかりに攻撃を仕掛けてきた。札は確かに機能した、しかし、単純な体術のみでほぼ壊滅。全滅寸前でメイドを拘束に成功したかと思えば、最悪のタイミングで本命の清水が登場し全滅。

 

 それが身を隠してあの場にいた監視連絡員の報告だった。最悪の結果である。

 

「あの悪魔の館の連中を皆殺しにするんだ!」

 

 最悪の結果に組織の皆は狼狽し、次に怒りに身を任せた。清水、十六夜咲夜という妖怪側の人間に期待を裏切られる形となったのだ。もはやこの二人の所属する紅魔館に襲撃をかけるべきだと多くの幹部、組員が主張した。

 

 そしてリーダーの立見は今決断を迫られていた。ここで自分が是として頷けば皆勇み立ち上がり紅魔館に向かう事に決まるだろう。

 

 しかし、否として皆を諫めようとしたらどうなる?おそらく皆の士気は一気に下がるだろう、恐らく立見のリーダーとしての信頼も地に堕ちる事になる。

 

 立見は口を開いた。

 

「こちらの戦力は?」

 

「確実に動けるのは50〜60です」

 

 こちらの戦力、あちらの戦力、こちらの武器。立見は考える。

 

 まず、相手になるのは紅魔館の連中である、ほぼ妖怪と妖精。妖精は戦力などと考えなくてもいいだろう。妖精は数から外して資料にあるのは門番の妖怪が一名。図書館の妖怪が一名に魔女が一名。人間が二名。吸血鬼の姉妹が二名。向こうの戦力は数では七。

 

 妖怪が個人主義だというのはこの場合好都合だろう。例えば紅魔館に襲撃をかけたところで他の拠点の勢力が介入してくる事はまずない。我関せずと傍観を決め込むだろう。他の拠点にも戦力を割り足止めをする、などという事は必要なく全ての戦力を一つに集中出来る。

 

 こちらの物量、そして虎の子の対魔、対人、対霊といった術式を展開出来る札。完全に相手の力を奪ってしまえば

 

 勝機は……ある。

 

 そして一つでも拠点を落とせば、人里の人間達も内心では現状に疑問を抱いてる者は多い。だが変えられるとも思えず現状に甘んじている。

 

 そういった者たちに我々でも出来る、戦えるのだと示せば、恐らく立ち上がる者達は多い。

 

 立見は英断した。

 

「皆聞け!」

 

「今こそ立ち上がる時だ!紅魔館を堕とす事が半逆ののろしとなる!」

 

 立見は目を剥いて力強く叫んだ。

 

「戦うのだ!我々が!そして勝てるのだと示す!そうすれば我々人間達が皆立ち上がり、胡座をかいて油断していた妖怪共の鼻っ面を叩き折る事が出来る!」

 

 

「今こそ勝負どころだ!まずは紅魔館、敵はたかだか七人だ!勝てる!皆に通達しろ、襲撃に出る、戦力と武器を集めろ!目標は紅魔館だ!」

 

 おぉぉ!とその場にいた皆が武器を掲げて吼えるように立見に応じた。

 

 

「次の深夜から……ですわ」

 

 彼はその朝、あの女からそう聞かされた。

 

 

 彼はその日を何時ものように過ごした。食事を取り、咲夜の指示のもと、館を清掃する。昼にはアニスに稽古を付ける。

 

 昼すぎにはサボって一人で気持ち良さそうに昼寝をした。夕刻にかけて時計台へと登り、一人稽古に励み、沈む夕陽を見ながら煙草を一服した。

 

 夕食後に、仕事の続きを終える。咲夜に報告すると、彼女は背伸びをして川上の頭を撫でた、くすぐったかった。

 

 川上は出来た余暇をレミリアとチェスを指して。暫くして彼は風呂へと向かった。

 

 そのまま入浴して1日の汗を流した。着流しを着て部屋に戻る。

 

 彼は一服しながらスコッチの封を切って、ほんのショットグラス三杯程度嗜む。そうして川上はベッドに身を投げ出すと、寝た。

 

 川上は身を覚ました。

 

 眠っていたのはほんの一時間か、時刻は深夜2時過ぎ。

 

 彼は立ち上がり、クローゼットを開けた。着替えと刀を取り出す。

 

 彼は着流しを脱ぐと腕にサラシを巻き始めた。

 

 あぁやって、他人に相手から優しく抱きしめて貰ったのはいつ以来だろう。川上は考える。

 

 彼はちょうどこの幻想郷(せかい)に来た時に来ていた黒を基調とした私服に着替えた。

 

 かつて、彼を優しく抱いてくれたあの腕は暴力しか振るわなくなった。あの女の顔が思い出せない。

 

 野太刀を背負い、腰に刀を通した。下緒をベルトの下から通して挟む。

 

 もしかしたら、彼はああやって、もう一度抱かれたかっただけなのかも知れない。

 

 彼は部屋で最後に煙草に火をつけて、一服した。

 

 良い。良い気分だった。

 

 彼は心の奥底に何か棘のように引っかかっていたものがやっと消えたような澄んだ気分を味わっていた。

 

 良い。一服を噛み締め煙草をもみ消した。

 

 こうして川上は最後の心残りを捨てた(・・・・・・・・・)

 

 武とは捨てる事と見つけたり。

 

 さぁ、斬りにいこう。

 

 川上は部屋の戸を開け歩きだした。


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