武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第136話

 人里の外れ。

 

 小屋のような家屋の中で一人、隠居の身の陰陽術師の老人は煙管を一服しながら、手元の書物に目を落としていた。

 

 老人は煙管から最後に一服を吹かすと、コンと叩いて灰を落としながら言った。

 

「何の用だ?ここはあんたみたいなのが来る所じゃねぇぞ」

 

 老人は一人であり他に誰も居ないように見えたが、しかし。

 

「夜分遅く申し訳ありませんわ。ちょっとこちらも所用がありまして」

 

 どこか艶のある少女の声が返ってきた。

 

「へぇ、所用ね。なんだい?」

 

 老人は迷惑そうどころか何処か面白がっているような口調で問い返した。

 

 いつの間にか老人の背後に立っていた女は八雲紫であった。

 

「返してもらいに来ました」

 

 紫は悠然と微笑みを湛えて言った。老人はペラリと書物の頁を捲りながら答える。

 

「何を返しゃいいんだ?こっちはあんたから借りた覚えはないがな」

 

「博麗の術は貴方のようなものが持っては困るのですわ。所詮劣化コピーだとしても」

 

 老人はくっく、と笑いながら書物をぱたりと閉じた。

 

「劣化コピーと来たか。耳が痛てぇな、まだ完全には程遠いからな」

 

「完全に盗まれては困りますの。だから回収に来ました」

 

「ほぅ、回収ね。どうやってだい?体得したもんは誰にも渡せねぇぞ」

 

 いよいよ面白くなって来たという風に何処か野性味のある笑みを深めて老人は言った。老いていても濁りのない眼が爛々とした光を放っていた。

 

「その通りですわ。体得したものは取れません、なら方法は……」

 

 紫が言いかけた言葉の間隙を縫って、小刀が飛び紫の喉元、胸、腹に三本突き刺さった。老人が居た場所に空間の裂け目が走り床が裂けたがそれより一瞬早く老人はその場から飛び退っていた。その獣のような機敏な動きは老人のそれではない。

 

「籠目、囲め!」

 

 老人が印を組むと小刀に練り込まれた呪印が発動した。捕縛結界、退魔結界。完全に紫を捉えたが。

 

 パシッ、と軽い音と共に紫が扇子を一閃するとあっさりと術が破られた。

 

「貴方、隠居するにはまだ早かったのではなくて?」

 

 紫は自らの喉に刺さった小刀を抜きながら余裕を見せ付けつつ、老人の技量を賞賛してみせた。

 

「だけど、貴方の劣化コピーのオリジナルは元々何なのか忘れたの?私はそれをよく知っているわ」

 

 紫の挑発に老人は獣の笑みを崩さず答えた。

 

「ハナっからこの程度で倒せると思うほど日和っちゃいねぇよ」

 

 そして堪えきれぬようにくくっ、と笑った。

 

「堪らねぇな。スキマ妖怪が出てきてくれるとはな。俺が引きこもったのは雑魚には飽き飽きしたからなんだよ」

 

 心底嬉しそうな老人に紫もまた微笑を絶やさずに応じた。

 

「遊んであげますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人里から紅魔館の間にある森の中。

 

「うおぉぉぉ!」

 

 一人の男の咆哮が上がった。

 

 その男は二刀術の名手であった。 。川上が真っ直ぐの青眼に構えた刀を左の小太刀で強く払う。

 

 バシンという音と共に川上の刀は右に大きく弾かれ、柄を握る左手が離れてしまう。

 

 完全に川上から見て左ががら空きになった一瞬を逃さず男は右へと僅かに回り込みながら右の太刀を袈裟懸けに送った。刀を右に弾かれ、しかも右片手となった川上にこれを防ぐすべはないと思われた。

 

 川上がとった行動はフリーになった左腕で相手の右の袈裟懸けの太刀を迎えに行く事だった。避ける事が出来ないと判断し咄嗟に行った苦し紛れの防御動作か、確かに相手は右片手打ち故に腕を犠牲にすれば体幹に致命傷を受ける事は避けられるだろうが。だが、戦闘中に片腕を落とされたらどちらにせよ死は免れない。

 

 しかし川上は左前腕に相手の斬撃が食い込む瞬間に肘を上げて相手の刀線刃筋を巧みに前腕に添わせて滑らせながらその場に折り敷いて座構えになり刃を掻い潜った。

 

 次の瞬間には弾かれた川上の刀が戻ってきて、男の腹から背中へと深々と斬り抜けて斃した。

 

 川上の左腕は無事だった、彼は予め両腕に筋金変わりに棒手裏剣を入れてその上からサラシで巻き固めて簡易的な小手としていたのだ。

 

 川上の後ろを取った男が槍を川上の背中目掛け渾身の突きを放つ、完全に死角から襲ったはずの突きを川上は右サイドに抜けて避けた。まさに背中に目があるかのような動き。

 

 川上は向き直りつつ刀で相手の槍を巻いて相手の体幹に崩しを掛けながら入身して首を貫き殺した。彼は刀を抜かずに刺しっぱなしで愛刀から手を離し倒れ伏せる男の槍を取り、一人、二人と斬りかかってきた相手の間を抜けるように改めて囲まれぬよう位取りをする。

 

 六尺四寸強の菊池槍が閃く。川上の神速の突きが一人の鳩尾を貫き、もう一人の喉を貫通した。

 

「畜生ぉぉぉっ!」

 

 雄叫びをあげながら斬りかかる男の刀を川上は石突側であっさり打ち払い、ヒュルリと半回転した槍の穂先が男の喉を切り裂き即死させる。

 

「何故動ける!」

 

「何故ッ!」

 

 誰かが悲痛な叫びを上げた。川上は流水のような動きで位取りをしながら陰のように敵の死角を奪う、一人を突き殺し、一人を打ち払って倒すと槍を投げ打ち五間先にいた敵を貫く。直ぐに一人の相手の真っ向斬りを避けつつ入身すると唾を顔に思い切り吐きかけて目潰しをする、相手が怯んだ瞬間無刀取りで相手自身を斬り裂きつつ刀を奪った。

 

「何でだ!」

 

「何でたった一人に!」

 

 また誰かが叫んだ。袈裟懸けに斬りかかって来た男の刀を川上は自身の刀で打ち払って、脇を抜けつつ相手の腹から背骨まで深々と斬り抜く。川上を見失っていた間抜けを一人首を飛ばし。さらに怖気づいたように一瞬判断を迷ったもう一人の間抜けを突き殺す。

 

 無表情のまま次から次へと斬って斬って斬りまくる、その剣鬼の姿に反妖怪派の群勢は皆戦慄する。その鬼の剣がその場を呑み込んで征く。

 

 川上は地面に転がっていた刀を足で跳ね上げて中空で左手で捕ると両刀を用い正面から真っ向に斬ってきた男の刀を右の刀で打ち止めて左の刀で相手の太腿の内側を斬った。断たれた腿部大動脈が血の噴水を上げる。

 

 川上はその男のサイドに回りながら蹴込みで男を吹き飛ばし斜め後ろから掛かってきた男にぶつけた。すかさず左手片手突きで二人諸共貫いた、抉って抜き、僅かに曲がりの生じたその刀を投げ打ちまた一人を殺した。

 

「勝てない……のか?」

 

 どんどん数を減らしていく同士達を見て、皆が内心募らせ始めた恐れを口にしてしまったのは他でもないリーダーの立見であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 八雲紫と陰陽術士の老人の決着はものの一分とかからなかった。

 

 老人は土間の壁にも背中をもたれ掛けた状態で倒れていた。右足から夥しい出血があり、右腕は折れた骨が上腕部を突き破っており、左腕も肘関節が砕けていた。腹部に内蔵に達する裂傷を負っていた。

 

 既に戦闘不能であり致命傷を負った老人はしかしそれでも口元の笑みは消えてなかった。

 

「勝負あり、ですわね」

 

 扇子を老人に向けて宣言した紫は涼しいげな態度こそ崩れてなかったが、名前と同じ紫色のドレスは所々破れ、紫自身の出血に濡れていた。老人の生涯最後を賭け、全てをぶつけた猛攻は紫を以ってしても無傷とはいかぬ激烈さであった。

 

「あぁ、俺の負けだ」

 

 敗北を認めた老人はくくっ、と笑った。

 

「何か面白い事でもありまして?」

 

「いや、面白いっていうんじゃねぇが。やっぱりこうじゃねえとな、と思ってな」

 

 紫の疑問に老人はそう返した。

 

「てめぇで引きこもっておいてなんだが。自分がのんびり余生を過ごして畳で死ぬってのがしっくりこなかったからな。やっぱり俺にはこういう死に方じゃねぇと、な」

 

 面白いがっているように笑って老人はそう言った。彼は戦いの中で死にたかったのだろうか。

 

「所見を述べさせて頂きますと、私も貴方はそっちの方が相応しいと思いますわ」

 

「あんたもそう思うか?へへっ、嬉しいねぇ」

 

 紫の言葉に老人は本当に嬉しげな声色で言った。

 

「では、返して頂きますね」

 

 紫は雑談もそこそこに開いた扇子をパチン、と閉じスキマで老人の脳幹を断った。

 

 老人は笑みを浮かべたまま瞳の光を失い、事切れた。何処か満足そうな死に顔だった。

 

「さようなら」

 

 紫はそう一言だけを残し、スキマを開いて小屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 森の中は死体と血の海、死臭に満ちていた。

 

 ほぼ全ての者が斬られ、あるいは地面に頭から落とされ、打ち倒され、死んだ。

 

 その剣鬼に恐れをなしてその場を逃げて生き延びたものも少数いるが、彼らはもう二度と武器をとり決起する勇気を持たないだろう。

 

 反妖怪派の戦闘員の群勢はたった一人により壊滅した。

 

 その場に残っていたのは、短い時間で息を整え、全身の黒衣を返り血塗れにして、片手にやはり血塗れの無銘の愛刀を引っさげた川上。

 

 そしてその川上を見据える立見の二人のみだった。

 

「何故だ……」

 

 立見は絞りだすように言った。

 

「何故、妖怪の味方をする。我々はただ自分達と同じ思いをする者が居なくて済むように、犠牲になる人々を減らそうと考え、立ち上がったんだ……」

 

 戦える者が全滅した今、もはや叶わぬ願いである。立見は吠えた!

 

「何故邪魔をするっっ!?」

 

 川上は冷たい眼で立見を一瞥して、一言返した。

 

「間違っている」

 

「間違いだと?今を変える為に武器を取り戦う他何がある!」

 

 川上の指摘に立見は反論する。

 

「抵抗活動の是非じゃない。犠牲者を減らすというその方法論が間違っていると言っている」

 

「何?」

 

 川上の続く言葉に立見は戸惑いの声を上げた。

 

「反体制抵抗活動において味方の犠牲は減らすのではなく、増やすものだ」

 

「は……」

 

 川上の講釈に立見は理解出来ぬというように間の抜けた声を出した。

 

「簡単な事だ。殺しまくり、死人を増やせば良い。敵からも味方からも」

 

「妖怪もろとも人々も巻き込ませ殺せばいい。それで殺した妖怪の首を並べればいい。そうして妖怪側の怒りと憎悪を買えば、大衆の人々の弾圧や抑圧へ繋がる」

 

「そうすれば大衆は妖怪側に怒り、さらなる抵抗活動を生み、それが再び妖怪の弾圧を誘発、それがさらに過激な抵抗を生み出す」

 

「なんだと……」

 

 抑制の効いた声で整然と語る川上に、立見は戸惑いの表情を浮かべる。立見は扇動が上手いが所詮は兵法において素人であったのだ。

 

「その連鎖のみが武力に劣る抵抗側が勝つ唯一の方法だ。その程度もわからないなら黙って里で暮らしていれば良い。半端な抵抗など無駄な死人を出すだけで終わりだ」

 

 川上は刀を上げ、自らが殺した死体の山達を示してそう締めくくった。

 

 立見は言葉が出なかった。川上の最後の指摘が彼に突き刺さった。

 

 立見は思う。変えるには戦うしかないと思いながらも頭の何処かでは無理なのではないかと考えてはいなかったか?

 

 それでも憎しみをぶつけ現状を変えるにはとにかく動くしかないと、それをなるべく考えないようにして誤魔化してきた。

 

 そんな半端な考えの結果こそが目の前の男が言う通り、今目の前に広がる仲間達の死ではないのか。

 

 俺は一体何を成したのだ?

 

「言わせて……おけばっ!」

 

 それを認められる訳が無かった。認めてしまったら自分達の行動が、仲間達の死が、本当に無意味になってしまう。

 

 立見は吠えた。手にした刀を振りかぶり川上にかかって行った。

 

 そして当たり前のように川上に斬られ、無意味に死んだ。

 

 川上は無銘を懐紙で拭い、刀身を改めた。少し疲れが見えるがまだ刀は持ちそうだ。

 

 駄目だなと、思った。正直この程度では据物の畳表を斬るのに毛が生えた程度だ。だが。

 

 幸いにまだ薬の効果は続いていた。逆に先に食らった対人札の効果は短時間の一時的なものらしく体の活力は戻ってきた。まだ少しやれる、そして

 

 視えるもの、彼の皮膚感覚が告げていた。来る。

 

 川上は刀を納刀して森を歩き出した。

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