武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第14話

 ――紅魔館レミリア・スカーレット自室

 

 

 そこでこの館の当主である吸血鬼、レミリア・スカーレットとその従者十六夜咲夜と外来人である川上は相対していた。

 

 レミリアは口元に面白そうな笑みを浮かべつつその深紅の瞳を走らせて川上を観察していた。

 

 咲夜はレミリアの後ろに控えていた。その姿勢のよい立ち姿は微動だにしない。

 

 川上は眠たげな目を室内に走らせもっともらしく一つ頷くと踵を返してドアに向かい退室しようとした。

 

 「‥‥‥って、ちょっと待ちなさい! 何帰ろうとしてるのよ!?」

 

 すかさずレミリアが突っ込む。咲夜は相変わらず表情を変えないままだ。

 

 

 「いや、顔合わせは済んだから帰っていいのかと思って」

 

 

 「まだ会っただけでしょ!? 会話とかしなさいよ!」

 

 

 まるでやる気のない川上にレミリアはそういう。

 

 

 「別にいいが‥‥何を話すんだ?」

 

 

 「そうね‥‥例えば貴方、門番の美鈴をどうやって倒したのとか」

 

 

 「手裏剣を投げたら倒せた」

 

 

 「‥‥‥」

 

 会話はあっさり途切れてしまった。レミリアはとにかく他の話題も考える。

 

 「えっと、貴方外来人よね。幻想郷に来たのはいつ?」

 

 

 「昨日だ」

 

 

 「来たばかりなのね。住み家とかどうするの?」

 

 

 「とりあえず昨日はあの魔法使いの所で世話になった」

 

 

 「そう‥‥魔理沙にね」

 

 とりあえずレミリアは川上が来たばかりで右も左もよく分からない状況らしい事は分かった。しかしその川上本人はまるで焦りなり不安なりを見せていないが。

 

 レミリアは少し気に入らなかった。惰弱な人間なら人間らしく弱みを見せればいいのにと、この男の取り乱す様が見てみたい、そんな事を思った。

 

 そしてレミリアは一つ面白い事を思いついた。もっとも他の者に取っては面白いどころかろくでもない事だったが。

 

 

 「貴方、お昼ご飯は?」

 

 「まだだ」

 

 

 「そう、お腹空いてるなら食べていきなさい、簡単なものなら出すわ」

 

 

 なんて事はない、レミリアは川上に食事を振る舞う事を考えついたのだ。川上は少し考え空腹だったのか答えた。

 

 

 「それではご馳走になる」

 

 

 「決まりね、咲夜」

 

 

 そしてレミリアは咲夜に耳打ちする。その内容に咲夜は眉をひそめた。

 

 

 「しかし‥‥お嬢様、それは」

 

 

 「いいのよ」

 

 

 「‥‥分かりました用意します」

 

 

 そして次の瞬間には部屋の大きめのテーブルに食事の用意がされていた。例によって咲夜が時間操作能力を利用し用意したのである。その超常現象にも川上は少なくとも驚きを表情には出さない。

 

 用意された食事は肉をソースで煮込んだ物と澄んだスープ、そしてパンと確かにシンプルな献立だった。そしてワインも用意されている。

 

 レミリアも共に食事を行うつもりなのか用意は二人前だった。

 

 川上は例によって背負った刀を下ろして、自分が立っている側から近い席ではなく『回り込んで』席に付く。彼はぼんやりと目の前の暖かい食事に眼を向けた。

 

 

 「は?」

 

 

 レミリアは何故か自分に近い方じゃなく回り込んで席に着いた意味が分からなかったらしい。

 

 

 無論川上は自分側の食事に何か盛られた可能性を一応考慮しての行動だった。しかし今のレミリアの反応でそれは無いとわかったが。

 

 

 「いや、こっちの方が美味そうに見えたので」

 

 

 川上はそう涼しげに嘯く。結局レミリアの方は川上の行動の意味が理解出来なかったようだがとりあえず話を進める事にして、自分も残った席に着いた。

 

 それで咲夜がそれぞれのグラスにボトルから静かにワインを注ぐ。

 

 

 「じゃあせっかくだから乾杯しましょうか」

 

 

 川上は何が『せっかく』なのか良くわからなかったが何も言わずグラスを手に取る。

 

 

 「乾杯」

 

 

 そういい互いにグラスをチンと小さく合わせそれぞれワインを口に運んだ。

 

 ‥‥舌に感じる酸味と後味の僅かな渋み、川上にはそれが上等なものなのかは分からなかったがあまりワインは飲みなれていなかった川上でも飲み易いものだった。

 

 川上は肉の煮込みをナイフで切り一口、フォークで口に運ぶやや甘味とコクのあるソースで柔らかく煮込まれた肉は口の中で柔らかくほどけた。

 

 そのままパンも一口食べてみる、香ばしさとふわりとした食感のパンは川上にとって初めて食べるほど見事なものだった。

 

 スープも掬って口にする、味自体は余り強くないが風味が効いておりスッキリした印象のいくらでも飲めそうなスープだ。

 

 総じて美味いなと川上は思った、魔理沙の所でだされた食事も文句ないものだった事もありこの世界は食べ物が美味いようだ。

 

 「どう、口に合うかしら?」

 

 

 「あぁ、口に合うというか、ここまで美味いモノを食べたのは初めてというレベルか、見事なものだな」

 

 レミリアの問いに川上はそう素直に賛辞を述べる。食べ物が美味いのはいい所の条件だ。この世界はやはりいい場所なのかも知れないと川上は思った。

 

 「そう、やはり同族の肉は口に合うようね」

 

 

 レミリアの言葉に川上は疑問の眼を向ける。同族とはどういう意味か?

 

 

 「あぁ、この食事は私達用だから‥‥肉は人肉よ」

 

 ‥‥レミリアの言葉の意味はなんて事はない。食材自体が同族の人間だと言う意味だった。それに偽りはなく肉の煮込みは人間の腿肉を調理したものだったのだ。場に一瞬緊張が走った。

 

 

 「ふぅん、確かに言われてみればこれまで食べた事ない感じの肉だ」

 

 

 そういいながら川上は次の一口を口に運んだ。ちなみに場が緊張したのは川上がどう反応を見せるかとレミリアと咲夜が内心身構えたせいだった。

 

 

 「‥‥はぁ!?」

 

 

 単にこれがやりたかっただけに川上を食事に誘ったレミリアは余りの川上の反応の淡白さに盛大に肩透かしを食らった感じになった。また内心本気で身構えていた咲夜も危うくずっこけそうになった。

 

 「いやいや、貴方もっと何か言う事とか反応があるでしょ!?」

 

 

 「何がだ? とりあえず人の肉等初めて食べたが美味いものだと思ったが」

 

 

 川上が言う事はそれだけらしい。流石にレミリアもこれは普通じゃないと思った。妖怪は人間を食べるが人間に取って人肉食は最大のタブーであってそもそもそれ以前に人間は大抵人肉を生理的な嫌悪感で口に出来ないモノだと知っていたからだ。

 

 事実、これらの料理の調理役である咲夜であっても自分の普段の食事に人間を食べたりしないのだ。なのにこの男はなんでもない事のように人肉料理を美味いと言う。レミリアはこの料理が人肉だと明かせば間違いなく川上が大きな反応を見せると期待していたのに。

 

 

 「そ、それに、このスープのストックは人骨から取っているのよ」

 

 

 「つまり、鶏ガラならぬ人ガラと言った所か? 違いは良くわからないがあっさりとしたスープだな」

 

 

 レミリアの言葉にスープを一口啜りながら川上は言った。

 

 その反応にレミリアはキレた。

 

 

 「うわーん、咲夜! アイツ全然驚いてくれないよー」

 

 

 キレたレミリアがした事は従者である咲夜に泣き付く事だった。もはや主としての威厳もへったくれもない。

 

 

 「落ち着いて下さいお嬢様。極まれにああいう人間もいないことも‥‥ないかも知れないんです?」

 

 

 そういう咲夜の言葉は疑問系になっていた。流石に咲夜からしてもこの反応はないだろうと思ったらしい。

 

 

 「何がやりたいんだ君達は、食事くらい静かにしたらどうだ?」

 

 

 目の前の三文芝居にやや呆れ気味にそういう川上。レミリアはやや涙目でうー、と川上を睨む。

 

 

 「ほら、席に付いて静かに食べろ」

 

 

 川上にそう促されてレミリアはため息を一つついた。驚いてくれないモノはしょうがない、気を取り直して席に戻る。

 

 

 「どうして驚かないのよ?」

 

 

 とりあえず涼しげに食事を進める川上にレミリアは率直に不満をぶつけた。

 

 

 「驚くって何に?」

 

 

 「人間は人肉を食べないんでしょう?」

 

 

 まるで自分の反応の何がおかしいのか分かってない川上にレミリアが突っ込む。

 

 

 「まぁ、普通は食べないが、出された肉が人間だったからって驚く必要もないだろ。豚肉だろうが人肉だろうが同じ食料なのだから」

 

 

 「そういうモノなの?」

 

 レミリアは疑問を込めて咲夜を見るが、それに対して咲夜は首を横に振る。咲夜も同じ人間として普通は豚肉と人肉を同じと割り切るものではないという意味を込めてのものだ。

 

 

 「しかし、吸血鬼なのに普通に人間を調理して食べるというのも芸がないんじゃないか?」

 

 

 「ならどんな食べ方すればいいのよ?」

 

 

 川上の言葉にむっとした表情を向けレミリアは聞く。

 

 

 「う‥‥ん、吸血鬼っていうくらいなら‥‥、例えば厚めに切った肉をステーキとか。焼き方はレアでソースに血を使うとか吸血鬼っぽいんじゃないか」

 

 

 川上は適当に思いついた事を話す。

 

 

 「血のソースね‥‥普段血は紅茶にブレンドしたりしてるからそれもありかも知れないわね。咲夜そういうの出来そう?」

 

 

 「試してみなけば分かりませんがおそらく出来ると思います」

 

 

 川上の考えた料理が美味しそうに思えたレミリアは咲夜にリクエストしてみる。

 

 咲夜からすれば血を使いステーキソースを作れなど結構な無茶ぶりだったかも知れないが。

 

 

 「ステーキの場合どこの肉を使うんだ?」

 

 

 「この料理は腿肉で作ってあるのですが、同じ腿肉はステーキにも向いてますね」

 

 

 「私は上腕のお肉が好きね。柔らかいし甘いのよ」

 

 「上腕か、その場合はどんな料理を作るんだ?」

 

 

 「なんでも向きますね、お嬢様はミートパイにするのもお好きです」

 

 

 「ミートパイもいいけど、薄く切ったお刺身もお肉本来の甘さが味わえるものよ」

 

 

 「その場合食べる人間の性別の違いも‥‥」

 

 

 

 と、何故か食事の席は三人で人肉料理について盛り上がる事で終わった。

 

 

 案外川上とレミリアは馬が合ったのかも知れない――


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