武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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『忠節』


第15話

 ――紅魔館、レミリア・スカーレットの私室

 

 

 

 食事を終えたレミリアと川上は咲夜がいれた食後の紅茶で一服していた。

 

 川上が湯気の立ち上るカップから香りを楽しみつつ一口飲んだ時レミリアはふと言った。

 

 

 「貴方、ここで働きなさい」

 

 

 ‥‥前置きもない唐突なスカウトだった。いや命令系の言葉はもはやスカウトですらない。

 

 

 「‥‥‥」

 

 川上は緋色の液体が満たされたカップにぼんやりと目を向けたまま特に言葉を返さない。聞いていないのだろうか?

 

 

 「えっと‥‥貴方、ここで働いてみない?」

 

 川上の態度に不安になったのかレミリアはもう若干下手に出ていた。

 

 

 「住み込み可だろうか?」

 

 「部屋は与えるわよ。メイド妖精達も全員住み込みだし」

 

 

 「なら世話になる」

 

 

 それだけ聞くと川上はあっさり決めてしまった。最初のレミリアの言葉に反応しなかったのは単に条件などを考えていたためだろうか。

 

 しかし、初対面のそれもただの人間を館にスカウトするとはレミリアは川上の門番を倒した腕を買っているのか、あるいは単に何となく川上が気に入っただけなのか?

 

 妖怪特有の気まぐれさを考えれば後者なのかも知れない。事実半ば見栄で館に無駄に妖精をメイドとして雇っているのだから。

 

 「仕事内容は?」

 

 「雑用‥‥と言うか遊撃手みたいな感じでその時手が空いてない所を手伝ってくれればいいわ。咲夜も色々一人じゃ大変な事もあるし」

 

 

 レミリアは実際人手が欲しかったのも事実だった。メイド妖怪は正直あまり役に立たない事も多く、同じ人間がいれば咲夜のサポート役くらいにはなるだろうと考えた。また図書館にいる友人である魔女のパチュリーも前に助手を欲しがっていたし、妹のフランの相手等色々やらせようと思えば仕事などあるのだ。

 

 しかし実際咲夜を除いて人外しかいない紅魔館で働くなどと奇特な者は人妖合わせてもいなかったのだ、そういう意味では川上は都合が良かったと言える。

 

 

 「なるほど、遊撃手ね‥‥」

 

 

 「えぇ、頼むわよ」

 

 

 「出来る限りでやってみる」

 

 

 「咲夜」

 

 

 レミリアは控えていた咲夜に呼び掛ける。

 

 

 「彼を適当な部屋に案内してあげて」

 

 

 「わかりました」

 

 

 咲夜は頷いて川上に声を掛けた。

 

 

 「貴方の部屋に案内するわ。付いてきなさい」

 

 

 咲夜の言葉に川上は無言でカップから残りの紅茶を飲み干し野太刀を手にして立ち上がった。

 

 

 「いいぞ、案内してくれ」

 

 

 川上の言葉に咲夜は歩きだす。

 

 

 「失礼する」

 

 

 レミリアにそう一声掛けて川上は咲夜を追って退室した。

 

 

 「頑張ってね」

 

 

 その川上の背中に聞こえるか聞こえないかの小ささでそうレミリアは言った。

 

 

 

 そして再び咲夜と川上で館の廊下を歩く事になった。

 

 「貴方の部屋は二階でもいいかしら」

 

 

 「‥‥最低限人の住める場所であるなら何でもいい」

 

 

 川上の希望を聞く咲夜に川上は例によってあまり主体性のない返事を返した。

 

 「そう、なら二階の隅の方の部屋でいいわね。結構広いし」

 

 

 咲夜の言葉に川上は無言で首肯する。しかし咲夜の川上に対する口調が先程から変わっていた。

 

 実際それは川上が客から同じ館で働く同僚となるという咲夜の意識変更の為による態度の違いだった。

 

 しかし川上自身は咲夜の態度の違いに特に疑問を漏らさなかった。

 

 あるいは彼は咲夜の態度が変わっている事に気付いてすらいないのかも知れない。

 

 「それと‥‥、先程の事は気にしないであげて」

 

 

 「?」

 

 

 咲夜の唐突な言葉に川上は何の事か分からなかったようだ。

 

 

 「さっきの食事に人肉を出した事よ。貴方はそもそも余り気にしていないかも知れないけどお嬢様はいたずら心でやったのであって、そんなに悪気はないの。それを分かってほしくて」

 

 咲夜は先程の食事でレミリアが人肉料理を出した事をフォローしているようだ。確かにレミリアにはそこまで悪気はないのかも知れないがほんのいたずら心で人肉を騙して食べさせるなど一般人なら卒倒しかねない、結構とんでもないいたずらだ。

 

 

 「いや、別に気にするも何も美味かったのだから文句はない」

 

 

 ‥‥‥しかし川上にはそういう一般的な食人等のタブー意識は無かったようだ。これでは確かに気にするも何も無い。

 

 「そう言ってくれるのなら別にいいわ。お嬢様は悪い方じゃないと思ってくれれば」

 

 

 そう、自らの主を言う咲夜はレミリアに相当な忠誠心があると伺えた。

 

 「そりゃ、少なくとも行き場の無い俺に住みかと職を用意してくれたのだから少なくとも俺にとっては良い人だな」

 

 

 人ではないらしいがと川上は小さく付け加える、その言葉を聞いて咲夜は内心安心した。

 

 だが同時に咲夜は警戒心も忘れない、この男は得体の知れない不気味さがあると実際にやり取りしてそう思った。この川上がこの館に害を加えないかと言ったら分からないが可能性はある。

 

 もし、この男が謀反を起こしたらその時は私が‥‥咲夜はそう思った。

 

 「まぁ、そう気負うな」

 

 「え?」

 

 

 まるで咲夜の内面を見透かしたような川上の一言に咲夜は一瞬背筋が冷たくなる。しかし川上自身はそれだけ言ってどこ吹く風だ。

 

 ‥‥咲夜は今の言葉は気にしない事にして、案内を続ける事にした。

 

 「ここが貴方の部屋よ」

 

 ある一室の前で立ち止まり咲夜は川上に向き直るとそう言った。

 

 川上は何も言わずとりあえずドアを開け室内を改めてみた。

 

 部屋は川上一人で使うには充分過ぎる程の広さだった。ただその広さに家具はベッドと机、本棚だけだったのでやや殺風景な印象を受けたが。

 

 また、使われてなさそうな部屋であるにも関わらず掃除が行き届いているのはゴミ一つ落ちてなかった。

 

 「中々いい部屋だな」

 

 川上は素直にそう言った。

 

 「気に入ったのなら良かったわ」

 

 「あぁ、何も文句はない。ところで部屋はいいとしてこれからどうすればいい?」

 

 

 咲夜の言葉に川上はそう問う。すぐにでも仕事があるかと思ったのかも知れない。

 

 

 「今日の所はこの後は好きにしていいわ、仕事は明日からやってもらうから。この館は少し広いから今日の内に歩いて間取りを確認しておいてくれればいいわ」

 

 

 確かにこの館は下手すれば迷いそうな程空間が広い。今日の内に中の構造を確認しておくのは必要だろうと川上も思った。

 

 「後‥‥そうね」

 

 

 咲夜がふと思い出したように言った。

 

 

 「貴方はまだ会った事がないみたいだけどレミリアお嬢様の実の妹であるフランドール様もこの館にいるの」

 

 

 「つまり吸血鬼の妹か?」

 

 「えぇ、そうよ妹様も吸血鬼、もし妹様に会ったら挨拶しておきなさい。お嬢様と同じくらいの背丈に金髪で特徴的な形の羽だからすぐわかると思うわ」

 

 

 「わかった、見かけたら挨拶しておく」

 

 

 咲夜の言葉に川上はそう頷いた。

 

 

 「妹様はおとなしいけど少し情緒不安定な所もあるから変に刺激しないようにしなさい」

 

 

 「わかった」

 

 

 「じゃあ、私はこれで。何かあったら呼んでくれればいいわ」

 

 

 「あぁ、ありがとう」

 

 

 そう川上と言葉を交わすと咲夜はフッと川上の目の前から消えた。時間停止を使い移動したのだろう。

 

 川上はそれを見届けると自分に割り当てられた部屋の中を最低限チェックし、ベッドに腰かけるとタバコを取出し火を付けた。

 

 一口吸いゆっくりと紫煙を吐き出し一息ついた。

 

 

 

 彼が吸血鬼の館で働く事になるというますます異常になっていく状況に何を思っているのか、その気怠げな表情からは伺いしれなかった――


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