武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第17話

 ――紅魔館、地下図書館

 

 川上は椅子に座り一息ついた所でパチュリーに聞いた。

 

 

 「この館の間取り図とかはないのか?」

 

 

 「‥‥あるわよ」

 

 

 「くれないか、広すぎて困っている」

 

 

 「咲夜が持ってるから咲夜に聞くといいわ」

 

 

 「なら、呼んでくれるか?」

 

 

 それでパチュリーはため息を付きながら本を閉じ小悪魔を呼んだ。

 

 

 「お呼びですかパチュリー様」

 

 

 「咲夜にこの館の間取り図貰ってきて。この男が迷ってしまうそうなの」

 

 

 パチュリーの物言いは少々辛辣だったが川上は何処吹く風だ。

 

 

 「分かりました。少々お待ち下さいね」

 

 小悪魔はそう言って図書館を出ていった咲夜を探しにいったのだろう。

 

 川上は去っていく小悪魔の背中にぼんやりと眼を向けていた。眼こそ向けていたがあるいは彼は何も見ていなかったのかも知れないが。  

 

 「いい司書だな」

 

 川上は本心の読めない声色でそう言った。

 

 その言葉に本を再び開こうとしていたパチュリーは川上にジトりとした眼を向ける。

 

 

 「‥‥あげないわよ」

 

 

 「それは残念」

 

 

 パチュリーの言葉に川上はどこかどうでもよさそうにそう返しつつテーブルの上の本を取り開いた。

 

 そんな川上の反応にパチュリーも自分の本に目を戻した。その内容を頭に入れつつ小悪魔がいれてくれた飲みかけの紅茶のカップに手を伸ばす。

 

 しかしその手はカップも何も掴まなかった。

 

 パチュリーは疑問に思いテーブルに目を向けると自分の紅茶のカップがいつの間にか無い。ふと何気なく向かい側を見ると川上が本を読みつつパチュリーの紅茶を飲んでいた。

 

 一瞬パチュリーは魔法を行使して目の前の男を吹っ飛ばそうかと思ったが馬鹿馬鹿しいので止めた。何とも自分のリズムを崩さない変な男だがここまでくると逆にある意味ではパチュリーに取っても付き合いやすかった。案外近くにいても不快さを感じさせない、どちらかというと一人を好むパチュリーにとっては珍しい印象の人間ではあった。

 

 まぁいいわ、そう小さく呟きながらパチュリーは本に目を戻した。

 

 

 ‥‥‥そうして川上がパチュリーと二人で本を読み耽る事15分。

 

 「見取り図貰って来ましたよー」

 

 

 小悪魔が戻ってきた。しかしその言葉に川上は顔を上げない。

 

 対してパチュリーはお茶をちょうだい、等と全く無関係な事を小悪魔に訴えていた。

 

 「はい、お茶ですね。ちょっと待って下さい、川上さーん」

 

 

 「ん?」

 

 

 そこまで呼び掛けられてやっと川上は顔を上げた。一度何かに集中するとそれにのめり込むタイプなのだろうか、あるいはわざと呼び掛けに気付かない振りをしていたのかも知れない。はたから見ていたパチュリーは根拠もなく何故かそんな事を思った。

 

 

 「咲夜さんから見取り図貰って来ましたよ」

 

 「あぁ、ありがとう」

 

 「もう迷わないようにして下さいね」

 

 

 川上の礼に小悪魔はそう冗談混じりに返す。

 

 

 「大丈夫だ、多分」

 

 

 それに対して川上はちっとも大丈夫じゃなさそうな返答を返した。

 

 そしてとりあえず渡された見取り図に目を通した。階層別に間取りが書き込まれこれならある程度構造は把握出来そうだった。

 

 

 「本当に広いな」

 

 

 そう館の構造をみて川上はそう感想を漏らす。実際に歩いてみた感覚とこの間取り図とを合わせると館の端から端まで行くのにはたしてどれくらいかかるか。住居としてこの広さはむしろ不便ではないのか、川上はそう考えた。

 

 

 「はい、更に時折咲夜さんが空間を広げたりする事もありますからいつの間にかもっと広くなってたりします」

 

 

 「‥‥そうか」

 

 

 広くすれば管理する範囲が広がりメイドの仕事も増えるだろうに。あのメイド長は意外と馬鹿なのかも知れない、川上はそんな失礼な事を思った。

 

 もっとも川上も館の仕事を任される以上無関係ではないのだが。

 

 「貴方の仕事はなんなの?」

 

 

 ふと川上にパチュリーが疑問を述べた。

 

 

 「多分その時その時言われた事を何かやるだけだろう」

 

 

 そして川上本人も自分が何をやるのか良くわかっていないようだった。もしかしたら自分の事なのにどうでもいいのかも知れない。

 

 「いい加減ね」

 

 

 「それはお嬢様に言ってくれ」

 

 

 パチュリーの言葉に川上は皮肉じみた返事をした、その口調には他意は感じられなかったが。

 

 川上はパチュリーから奪った紅茶を飲み干すと野太刀を手に立ち上がり歩き出した。その川上に小悪魔が問いかける。

 

 「これからどうするんですか?」

 

 

 「間取り図と合わせて実際に歩いてみて中の構造を確認する」

 

 

 「そうですか、いってらっしゃいませ」

 

 

 そう小悪魔に送り出されて見取り図を確認しながら川上は図書館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ―――レミリア・スカーレット私室

 

 

 「何故あの男を雇い入れたのですか」

 

 

 銀髪が特長的なメイド、十六夜咲夜はそう自らの主に問い掛けた。もっともその問いに実りのある答えが帰ってくる事は期待していなかった。

 

 

 「まぁ、言った通り丁度人手が欲しかった所だしね、それに‥‥」

 

 

 それに紅魔館の当主である吸血鬼、レミリア・スカーレットは答える。

 

 

 「面白い運命が見えたから」

 

 

 そうレミリアは言った。彼女は自身の運命を操る能力ゆえに人の歩む運命をある程度視る事も出来たのだ。

 

 

 「‥‥一体何が見えたのですか?」

 

 

 咲夜はそう問う。我が主が興味をもったあの男の運命とは、一体どれほどの奇特な運命があの男を待ち受けているのか、そう気になった。

 

 

 「いいえ、何も見えなかったわ」

 

 

 しかし帰ってきた言葉は予想外なものだった。

 

 

 「何も?」

 

 

 「そう、過去も未来の運命も真っ白。何もない、まるで死人みたいにね」

 

 

 「しかしあれはただの人間ですよ?」

 

 

 そう咲夜は言う、あれは多少武芸に秀でていてもあくまでも正真正銘の人間のはずだ。無論死人ではなく生きた、なのに視える運命がないとはどういう事か。

 

 「もしかしたら、そうね‥‥」

 

 

 レミリアは何となく思った事を言う。

 

 

 「あの男は本人の意識的には既に死んでいるのかもね」

 

 

 それはどういう事なのか。

 

 

 「まさか」

 

 

 「ほんと、まさかねぇ。でも何にせよあの子面白そうじゃない?」

 

 

 そうレミリアは心底面白そうな笑みを浮かべながら言う。

 

 

 「しばらくはまた暇潰しになりそうね‥‥」

 

 

 そう退屈を何より嫌う吸血鬼は楽しそうに言った――


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