幻想郷の森に一人の男がいた。
男は黒く地味な洋服に身を包つみ、腰に袋に包まれた打刀を一本差しにし背中にはやはり包みに入れられた長大な大太刀を背負って、男は愛用の両切りタバコを一服していた。
ゆっくりとした呼吸で煙を吸い‥‥煙をはく。
のんびりと低温でタバコを燃焼させ風味を楽しみながら彼は一息ついていた。
それも無理はない、ずっと警戒していれば流石に集中力が何時までも続く訳もなかった、外敵がいる可能性もあるのに喫煙するのは賢くはないがそれでも彼は一服する事にした。このまま極限状態を続ければ体力だって底を付くのは早くなる。
常に自分を危険が現れるかも知れないと考慮しながらの移動はただぼさっと歩いていればいいのとは訳が違うのだ。
外敵に対する技術に特化している男だが、先行きが分からない状態では極力余力を残すべきだ。
「‥‥行くか」
吸い始めてから二本目のタバコが指で持てなくなる程短くなるとプッと吹き捨てて靴で踏み消し一つ息を吐くとそう呟いた。せめて暗くなる前に森を出れば御の字だが、男はそう思った。
そしてまた一定方角に歩き始めて十分程度した時だった、男は不意に足を止めた。
男は目を瞑ったまま少し集中する、森の匂いの中に僅かにノイズが走った、何か‥‥何処か不自然な森の自然からは浮いた匂いがした。
これはおそらく人間か、男は思った。
男は進行方向に何か、あるいは誰かいれば先に気付けるように風下から風上に歩いていた。故に直ぐに自然に混じる不自然に気付いたのだ。
男は少し足を早めかつ静かな呼吸と静かな歩法を心がけて匂いをたどった。
人間は直ぐに見つかった。その人間に気付かれないように気配を殺してその者を観察する。
人がいるという事はこの森も少なくとも人里離れた山奥という程でもないのかも知れない、男はそう考えた。
「さて、どうするべきかな‥‥」
男は自分にしか聞こえない極小さな声で呟いた、一番簡単なのは目の前の人間に接触し、森の出口まで案内してもらう事だ。しかし果たしてそんな簡単に解決する状態なのだろうか?
それで終わるなら男が背負うこんな大袈裟な武器類等必要ない。実際彼の勘は今はそう簡単に解決する事態でもないと告げていた。
実際あの人間も無害といい切れるだろうか?観察する限り人間は幼さも少し残した少年。何かしゃがんで地面に向かっているようだ、服は和服だった。何故こんな森で和服なのか、少なくとも少年から危険性は感じないがやはり違和感がある、男は思った。
少年を尾行してみるか、そんな事を思った時森の深みからもう一つ気配を感じた。
それは堂々と気配も殺さず足音を立てて現れたから男は直ぐに気付いた、和服の少年も遅れて気付いたようだ。
しかし果たして足音というのは正しいのだろうか?現れたのは黒い球体のように見える闇の塊そのものだったからだ。
男は気配を殺すのを忘れずにしかし眠たげな眼のままその闇を観察した。
しかし少年の方は男とは反応が違った。少年の顔は闇に気付くと恐怖に一瞬で凍り付いた。
「あなたは食べてもいい人類?」
闇からそんな声が紡がれた何処か涼しげで甘さを含んだ幼ない女の子の声。
「あ‥‥う‥ぁ」
少年の方は意味のある声を返せなかった。そしてそこまでだった。
闇は一息に少年に迫った少年はロクに反応も出来ずに闇に呑まれた。
「がッ‥‥ひぁ‥‥」
鈍い打撃音と共に少年の小さくしかし鋭い悲鳴とその直ぐ後気が抜けたような声がしそれで闇は沈黙した。観察していた男の眉が少し上がった。
ズルズルと引き摺るような音を立て闇が移動していく。濃い赤い液体が闇が移動した軌跡に残っていた、まるで筆のようだ。
そして赤い跡を残しながら闇は木々の葉が濃く日が差さず陰になっている地点までくるとその闇は唐突に消えた。
「ぷはー」
闇が消えた後に残ったのは幼い女の子だった。薄い金の髪にリボンを付けたショートボブ服は黒いロングのスカート等黒を基調とした洋服だった。実に可憐さを匂わせる幼い女の子だった。
しかし彼女の足元には割れた頭から脳奨と血を零し濁った眼が虚空を睨む少年の死体があった。
少女は自分の手に付いた返り血を猫のような仕草で舐めた。
「うん、ちょっと甘さが足りないけど美味しい」
味見だったのか少女はそんな声を嬉しそうに呟くと少年の割れた頭を片手で軽く持ち上げた。口を付け血と脳奨をやはり猫じみた仕草で舐めとっていく。
「ん、そろそろお肉ー」
少女はそういい今度は死体の腕を掴むとおもむろにに肩の付け根から腕を引きちぎった。素手でだ、果たして人間の力でそんな事が可能なのか?
ちぎった腕から一緒に付いてきてしまった和服の袖を取り払いまだ若い少年の身体らしくハリのあるその腕にカプリと食らい付いた。
もくもくと心底美味しそうに咀嚼する少女は幸せそうに輝いていた。
「ふぅん」
対してずっと観察してた暗い三白眼をした男が盛らした感想がそれだった、男は懐からタバコを取出しかけてそれはまずいと気付き手を止める。
どうやらこの森に来てずっと張り詰めてた危機感がここに来て一周回ってどうでもよくなり初めているらしい。
「まぁ、そんな必死になるのも疲れるしな」
程々にね程々、と男はやはり小さくそんな事を呟いた。
男が目を向ける先には幸せそうに少年の死体を食べる可憐極まりない幼い少女。
やっぱり自分の考えた通りのヤバい状況だな、と男は思った。
男の少女を見る眼は相変わらず眠たげな半眼だったがその口元は笑みの形に歪んでいた事を男自身も気付いていなかった。
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