武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第20話

 ――紅魔館地下図書館

 

 

 あれから川上はずっと紅茶を片手に本に目を通していた。共にいるパチュリーも特に川上と言葉を交わす事もなく自分の世界に没頭している。すなわち本に夢中なようだ。

 

 なお、川上の肩に乗ってここに来たメイド妖精は椅子に座ったまま寝ていた。

 

 

 「お茶のおかわりは如何ですか?」

 

 自分の仕事が一段落付いたのか様子を見にやってきた小悪魔が川上とパチュリーのカップが既に空になっているのをみてそう言った。

 

 

 「貰うよ」

 

 「ちょうだい」

 

 

 パチュリーと川上は共にそう答えた。それに応じて小悪魔はポットに紅茶の用意をして川上とパチュリーのカップに静かに注ぐ。

 

 

 「どうぞ、熱いので気を付けて下さいね」

 

 

 「ありがとう」

 

 「ありがとう」

 

 

 やはりパチュリーと川上は同時に礼を言いゆっくりとカップに口を付けたが川上は熱さに顔をしかめた、彼は猫舌なのかも知れない。

 

 

 「何を読んでらしたんですか?」

 

 

 一冊の本を読み耽る様子の川上を見て、小悪魔は柔らかく微笑みながら川上に話題を振る。川上はちらりと小悪魔に無感情な瞳を向けると自分が読んでいた本を彼女に見せた。

 

 

 その本は小悪魔から見ても解読不能の言語で綴られていた。魔法に精通するパチュリーなら読めるものなのかも知れないが少なくとも専門的な知識のない小悪魔には何語かもすらわからなかった。

 

 

 「川上さんはこれが読めるんですか?」

 

 

 小悪魔はそう驚いて聞いた。彼にはこの不可解な言語を解読する技能があったのかと。

 

 

 「そんな訳がないだろう、こんな文字さっぱり訳がわからない」

 

 

 ‥‥そういう訳ではなかったようだ。しかし読めないと言うのなら何故彼はその本を読んでいるのか?

 

 「読めないんですか? でも読んでいらしたように見えましたけど」

 

 「まぁ、読めないからって読んではいけない決まりはないし、まぁ気分的なモノだな」

 

 

 小悪魔の当然の疑問にそう何でもない事のように答える川上。つまり彼は読めもしない本を読むポーズをとると言う無意味な行為を長々とやっていた事になる。

 

 ‥‥一体彼は何がしたいのか。

 

 

 「そ、そうですか」

 

 

 やや引きつり気味の笑顔でそういう小悪魔、小さくパチュリーが「変な男」と呟くのが聞こえたが川上は反応せず再び読めもしない本を読むポーズをする作業に戻った。

 

 小悪魔は訳のわからない行為をする川上に苦笑いを浮かべつつ川上の隣の席で寝ているメイド妖精の頬にかかる髪をそっと梳いた。そして時計を見て時刻を確認する。

 

 

 「そろそろ夕食の時間ですからもう少ししたら食堂の方に行きましょう」

 

 「そうね」

 

 「分かった」

 

 

 小悪魔の言葉にパチュリーと川上は本に目を通しながら答える。少し冷めて飲みやすくなった紅茶を川上は口にした。

 

 

 

 ―――そしてそれから20分後。

 

 

 川上、小悪魔、パチュリーの三人組は廊下を歩いていた。食事の時間なので食堂に向かう所であった。

 

 ちなみにこの館では大体皆して食事を取るらしい、家族みたいなものなのだろうかと川上は思った。もっともメイド妖精は数が多過ぎる事もあり各々適当に食事を取っているのだが。

 

 ちなみに川上の肩に乗っていた妖精メイドはまた寝ていたので図書館に置いてきていた。

 

 そして無駄に広い廊下をしばらく歩き食堂に三人で入ると給仕の咲夜以外の者は既に席に着いていた。美鈴も毒はもう抜けたのかちゃんといた。

 

 入ってきたパチュリー達三人に対して皆の目が向けられる。いや、やはりその視線は川上に向けられた物が主であった。

 

 レミリアは川上にやはりどこか面白がってるような目を向け。

 

 フランは自分に一太刀浴びせた川上に爛々と輝かせた目を向け。

 

 美鈴は門での一戦で雪辱を舐めさせられた事が尾を引いているのかやや鋭い目を川上に向けていた。

 

 しかし川上は自らに向けられるそれらの視線を涼しげに受け流して例によって刀を立て掛けつつ食堂の席に着いた。ちなみにフランの向かい側の席であった。何故あえてそこに座ったのか、恐らくは理由なく適当に選んだだけだろうが。

 

 

 フランは向かいにいる川上に真っ直ぐに輝く瞳を向ける。その視線は真っ直ぐでありながら同時に好奇心や殺意や欲望や欲情、親愛、嫉妬、執着、様々な感情を万華鏡のごとく入り交じったように感じさせる淀んだ視線だった。

 

 小悪魔とパチュリーも各々席に着いた所でレミリアが口を開く。

 

 

 「改めてここで紹介しておくわ。今日からこの館で使用人として雇った川上よ。少し変わった人間だけど皆適当に仲良くしてあげなさい」

 

 「使用人として働く事となった川上だ。出来る事は大してないが出来る限りでやっていくので皆、適当に宜しく頼む」

 

 レミリアからの紹介を受けて川上も何処かぞんざいな挨拶をする。それに小悪魔が宜しくお願いしますと返しフランもどこか楽しげによろしく〜等と言っている。

 

 なおパチュリーは持ってきていた本に目を通していた川上の挨拶等聞いていなく美鈴は川上の挨拶を聞いているのかいないのか瞑想しているかの如く静かに目を閉じていた。

 

 「食事の用意が整いました」

 

 唐突に現れた咲夜がそう言った時には言葉通り皆の席の前には既に料理の皿が並んでいた。例によって時間停止の応用だろう。

 

 そして咲夜も席につく。聞いていたように使用人と言えどもご飯は一緒に食べるようだ。もっとも川上自身も一応使用人であり既に席に着いていたが。 

 

 「じゃあ、とりあえず挨拶はこれでいいとしてご飯にしましょうか、頂きます」

 

 

 「頂きます」

 

 

 吸血鬼や妖怪の癖にやたら行儀よく皆で頂きますしての食事は始まった。


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