武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第23話

 ―――川上は考えていた。

 

 紅魔館、西側の一室。仕事としての上司に当たる咲夜の指示通りに部屋の掃除に当たる為に此処にいた。

 

 なお彼は使用人用のものと思われる服装に着替えていた。黒の礼服のようなものだ。咲夜が忘れていたように戻ってきて川上に渡したものだった。刀はベルトに差しているが野太刀は背負っていない。館内では必要ないものと判断したのか。

 

 それまでは良かったがしかし彼はそこで行き詰まったのだ。

 

 ―――掃除ってどうやればいいのかと。

 

 川上は武芸を嗜んでいたがどうも家事炊事の類はからっきしらしい、と言うかろくにやった事がなかったのだ。

 

 ただ、要は汚れを落とし何となく部屋を綺麗にするという概要だけはわかっていた。倉庫から掃除道具一式と思われるものは持ってきていたし、バケツに水も汲んできた。

 

 なら取り敢えずやってみるか、それとも詳しい掃除の仕方を誰かに指南してもらうべきか。

 

 

 川上は部屋を出てみた。ちょうど廊下を通りかかった川上の腹当たりしか背丈のない幼い容貌のメイドらしき妖精に声をかけた。

 

 「少しいいか?」

 

 「どうしたのー?」

 

 その妖精は物怖じしない性格なのか見慣れぬ男の川上にも平然と対応した。あるいは新しく働く使用人として耳に入っていたのか。

 

 「掃除ってどうやるんだ?」

 

 川上は端から聞けば間の抜けた質問をした。

 

 「頑張って綺麗にすればいいんだよ」

 

 しかし質問に対する答えもまた間の抜けたものだった。

 

 「具体的には」

 

 「拭いたり磨いたりだよ」

 

 「わかった、ありがとう」

 

 「おそうじ頑張ってー」

 

 

 

 

 妖精の応援を背に川上は部屋に戻った。

 

 「‥‥‥」

 

 川上は先程のメイド妖精とのやり取りに何を思ったのか、どうも眠たげな目からは伺いしれないが、彼は掃除用具に手を付けた。

 

 取り敢えず咲夜に言われた通りに出来る限りで部屋の掃除を手探りでもやってみる事にしたのだ。

 

 そして川上は適当に床を掃いてみたり、家具を拭ってみたり、窓を磨いてみたりした。殆どなんとなくこうすればいいんじゃないかといういい加減な勘に則った仕事ぶりだった。

 

 だがそれでも成果は目に見えて表れる。手を加えるごとに掃除前よりも部屋が綺麗になるのがわかった。

 

 ふむ、と川上は思う。

 

 掃除等殆どやった事のない作業だがこうして確かに自分の手で部屋が美しくなるのは悪い気分ではなかった。それは刃を研ぎブレードを磨き、目に見えて切れ味が鋭くなりブレードが輝いていく刃物の手入れをしている時とも通じる所のある気分か。

 

 そして不慣れながらもなるべく入念に掃除を終えると川上は部屋を改める。

 

 

 

 

 素人の仕事だから清掃のプロ等とは比べられないだろうが、まぁ悪くはないだろうか川上は思った。

 

 この一部屋を終えるのに所要時間はどのくらいかかったろうか、集中していた為よくわからなかった。

 

 だがまだ昼までに時間はある、この部屋はこれくらいでいいだろう。そう思い川上は次の部屋に取り掛かる事にした。

 

 

 廊下に出た川上はまたメイド妖精と遭遇した。幼い体躯にセミロングの黒髪、無邪気を感じさせる大きな瞳。

 

 それは昨日館内の確認をする川上の肩に何故か乗っていた妖精だった。偶然にもここで会うとは川上とは縁があるのか。

 

 しかし川上はその妖精に一瞥もせずにすれ違おうとした。単に覚えていないのかも知れなかった。

 

 だがその川上の気を引こうと服の裾をメイド妖精は引っ張った。

 

 流石に川上も足を止めてその妖精に向き直った。身長差の為自然と川上が妖精を見下ろす形になる、何の感情のない眼。

 

 対してその無機質な眼を真っ直ぐに見上げるメイド妖精の眼は無邪気な好奇心と喜びに光っていた。何が嬉しいのか、余程川上が気に入ったのか、特に川上がこの妖精に何かをした訳ではないのだが。

 

 あるいは大した理由はないのかも知れない。

 

 「きのうと違う格好」

 

 口を開こうとはしない川上に妖精はそう話しかけた。

 

 「仕事用だ」

 

 「なんのお仕事?」

 

 「今は部屋の掃除だ」

 

 「私とおんなじ、あなたもメイド?」

 

 「違う、そもそも男はメイドになれない、ただの雑用だ」

 

 好奇心旺盛にズレた問いかけをする妖精に川上も言葉少なに答える。

 

 

 「俺はまだ仕事があるからじゃあな」

 

 川上は早々に会話を切り上げ仕事に戻ろうとした、与えられた役目はキチンと果たす質なのだろうか。

 

 その川上にメイド妖精は飛び付くように登った。あっという間に昨日の如く肩の上に納まる。大した運動能力だった。

 

 川上はそのまま隣の部屋に入った。

 

 「‥‥降りてくれ」

 

 そこで初めて川上はそう言った。

 

 「んーん」

 

 妖精はご満悦の笑顔で答えともつかない答えを返す。

 

 「自分の仕事はいいのか?」

 

 「だいじょうぶ、ちゃんとやってるから」

 

 ちゃんとやってないのは誰が見ても明らかだった。

 

 「とにかく降りてくれないか、このまま掃除をするのはキツい」

 

 川上は持っていた掃除用具を下ろしながら言った。

 

 「んぅー」

 

 妖精は何やら不満げな声を上げながらも取り敢えず降りてくれた。それで特に何も言わずに川上は部屋の掃除に取り掛かろうとした。

 

 妖精は自分の仕事に戻ろうとはせずに、川上を見ていた。川上はその妖精に何も言わない、メイドがちゃんと働いていようがいまいが彼にはどうでもよかったのだろう。少なくとも今の川上の仕事はメイド妖精達の監督等ではない。

 

 川上は自分に与えられた仕事、二部屋目の掃除に取り掛かった。

 

 

 しかし部屋の床を拭き掃除する川上を妖精は何をするでも見ている。見ていても面白いものでもないだろうに。

 

 「何もする事がないなら手伝ってくれないか」

 

 川上はそう提案した。ただ無駄に凝視されるのは彼にとっても若干居心地が悪かった。このままでいるようならナイフでも投げつけて追い払おうと思い初めていた。

 

 しかし妖精はにぱっと笑って手伝いを了承した。だったら初めからそうしてくれと思いつつも川上はメイド妖精と二人がかりで掃除をすすめる事となった。


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