武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第26話

 川上は魔理沙に返された自分の服を私室に置いてきた後仕事に戻った。

 

 ただ黙々と部屋の埃と汚れを落とす事に専念する孤独な作業だった。しかし孤独は彼の性にあっていたのかも知れない川上の集中力は中々のものだった。

 

 そしてまた一部屋を終えて川上はやり残しがないか改めている。問題はないだろう。そう判断し時計をみると時刻は午後三時二分前。四時になったら仕事は終わりだ。後約一時間、もう一部屋を丁寧に掃除すれば丁度そのくらいだろう。

 

 そう思い最後の一部屋に取り掛かる為廊下に出てそこでばったりと出くわした。

 

 細く瑞々しい金髪に帽子を被り赤い衣服を纏う、その背には歪さと美しさの同居した異形の羽。

 

 フランドールだった。夜明け前に就寝した彼女は少し前に起床し咲夜が用意した食事を済ませた所だった。

 

 そして彼女は今日は何して遊ぶかと考えながら歩いていたところだ。

 

 そこに来て川上である。今、フランドールの妖しい紅い光を湛えた虹彩は川上を爛々とした眼差しで見上げていた。その眼が語るのは好奇心か、期待か、あるいは猫が小動物を見据えるそれに近かったかも知れない。

 

 川上は自分からは動かない、フランに話しかける事もフラン等居ないように歩き去る事もしない、彼が今何を思うのかは普段と変わりない酷薄な三白眼からはわからない。

 

 「ねぇ」

 

 フランが口を開いた。

 

 「遊ぼう」

 

 「し」

 

 仕事中だ、川上が言おうとしたのはそんな言葉だろうか。

 

 4メートルの距離を瞬きの間に潰したフランが爪を振るい川上は側転受け身でそれを回避した。

 

 が、次の瞬きの瞬間に両者は再び交錯していた。受け身を取った姿勢の川上に左の抜き手を放つフランに体を開き突きを回避しつつ躊躇なく自ら前に出てフランの側面に入り身し危機回避する川上。一つ間違えればフランの手は川上の胸を背中まで貫通していただろう。それくらい凄まじい突きだった。

 

 そうしてすれ違う形になった両者。すぐにフランは振り向きざま抜き手を放った左で川上の首を刈りにいった。

 

 今度は川上は回避しなかった。フランの爪に刈られた川上の首が飛ぶ‥‥ことは無かった。

 

 フランは理解出来ないと言った風に見開き気味の眼で自分が振った左腕の先を見ていた。

 

 川上の首を跳ねるはずだった左手、その上腕から先が無かった。鋭利な断面の切断された動脈から激しく鮮血がしぶき床を濡らす。

 

 フランは眼を床に向けた。そこには自分のものと思われる白い腕が落ちていた。続けて川上に視線を移す。川上は何時抜いたのか抜き身の刀を右手に無造作に下げていた。

 

 追撃するでもなく川上は無構えのまま考えの読めない三白眼でフランを見ていた。

 

 

 彼はフランの抜き手を回避すると同時に抜き打ちで突き放たれた腕を落としていたのだ。斬られた本人も気付かぬ神速。

 

 フランはここに来てやっと川上に斬られた事を理解した。痛みは無かった。いかに不死身に近い再生力を持つ吸血鬼とて傷を負えば相応に痛い。しかし腕を失う深手にも関わらず痛みを感じないのは斬り口があまりに鋭利故にか。

 

 「あまり床を汚すな。掃除をするのは俺達だ」

 

 「うん、ごめんなさい」

 

 フランは腕を飛ばされ毒気を抜かれたのか素直にそう答える。床を濡らしていた出血は弱まり既に止まっていた。そして別に川上の仕事は廊下の掃除でもない。

 

 フランは床に落ちていた腕の先を拾い元の位置に据え付ける。二秒で繋がり指も動くようになる。鋭利に斬られた故にかえって治癒速度も早かった。

 

 「便利な体だな」

 

 「うん、ほっといても腕は生えてくるけどくっつけたほうが早いの」

 

 川上の感想にフランは答える。それには若干得意げな響きがあったかも知れない。

 

 「遊ぶのはいいがなるべくならもう少し穏やかな遊びにしてくれ。しょっちゅうだと疲れる」

 

 なら川上はたまになら殺しにかかられるのもいいと言うのか。

 

 「うん、あなたやっぱり中々壊れない。いいわ、他の遊びもしよう」

 

 川上はフランのお眼鏡にかなったのかも知れない。

 

 「じゃあ何して遊んでくれるの?」

 

 「いや、俺はまだ仕事がある」

 

 「えー、そんなのいいじゃない。遊ぼうよ」

 

 「じゃあ今晩付き合ってやる。それでいいか」

 

 「う、ん、わかった。約束だよ」

 

 「あぁ、覚えておく」

 

 川上はそういいつつタバコの箱を取り出した。

 

 「それはなに?」

 

 「紙巻きタバコ」

 

 こいつも知らないのかと思いつつ川上は答えた。

 

 「コウモリの絵‥‥なんてタバコ?」

 

 フランはゴールデンバットのパッケージ、抹茶色の箱に2羽のコウモリが描かれたデザインをみてそう聞く。

 

 「ゴールデンバットだ」

 

 

 「やっぱりコウモリ。貴方お姉様とおそろいね」

 

 フランは何が面白いのかクスクスと笑う

 

 「吸うか」

 

 「いらない、タバコは体に悪いんだよ」

 

 一本勧める川上にフランはそう断る。しかし不死身の吸血鬼がタバコの害を気にするとはなんの冗談か。

 

 「じゃあ私行くね。約束忘れないでね」

 

 そういって歩み去るフランに川上はタバコに火を点けつつ片手を上げて答える。

 

 くわえタバコのまま手に持った刀を改めてみる。少し血糊が巻いている。川上は掃除に使うなるべく綺麗な布で丁寧に刀身を拭っていった。

 

 拭いつつ先程の数合を思い起こす。突きに対して入り身しながらの抜刀。脱力具合もタイミングもあれは良かった。感覚を忘れぬ内後でイメージトレーニングと一人稽古を行おう、川上はそんな事を考えていた。

 

 納刀し長く煙を吐きながら思う。また手入れが必要になったと。

 

 咲夜あたりにでも刀剣の手入れ用具の手配を頼んでみようかとも川上は考えた。

 

 どうも必要になると思った。

 

 川上は短くなったタバコを携帯灰皿に入れると次の部屋に入った。

 

 この部屋で最後だ、川上は仕事納めとなる最後の掃除を始めた。

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