武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第30話

 ――紅魔館客間

 

 自分に与えられた私室に戻ってきた川上は魔理沙に貰い受けた白い着流しに身を包みその髪は濡れていた。

 

 仕事も終わり、紅魔館の顔触れととりとめもない会話をしつつ夕食を終え、浴場で入浴して戻ってきた所だった。

 

 川上に与えられた客間の棚にはいくつもの高級そうな蒸留酒のビンが並べられていた。外観に違わす豪華な館だなと川上は思った。

 川上は棚に歩みよりしばらく吟味するような様子を見せたがやがて一本のウイスキーのボトルとグラスを手に取った。

 

 ベットに腰掛け、愛刀を傍らに置くと小さなテーブルの上でボトルの封を切った。  

 

 ボトルからグラスにトクトクと少しづつ注ぎグラスの四分の一程度を満たすとボトルを置いた。

 

 グラスを手に取りすぐには口に運ばず琥珀色の液体を手のなかでゆっくり揺らし複雑な香りを楽しむ。

 

 そして川上は水で割る事も氷も使わず、ストレートのウイスキーをグラスの縁を舐めるように少し飲んだ。

 

 香りと仄かな甘味が口中に広がり熱い液体が喉を通り胃に落ちていく感触。ゆっくりと少量をもう一口含む。

 

 やがて胃の熱さとともに酒精が回り初め身体がにわかに熱くなっていくのを川上は自覚した。

 

 灰皿を引き寄せると懐からゴールデンバットを取出し口にくわえ遠火で着火する。

 

 両切りのシガレットをゆっくりと吹かし、グラスの琥珀色の液体を揺らす。

 

 また舐めるようにウイスキーを味わいながら川上は自嘲した。自分には似合わぬ優雅さだと思った。

 

 川上は深く吸い込んだ煙を吐く。濃い紫煙は行き場を探すように空中を漂いやがて空気に溶けて消えた。

 ウイスキーを傾けながら吹かすタバコは普段とは違う味わいがあり、旨味もますようだった。川上は酒自体を楽しむのではなく、むしろタバコの肴に酒を呑んでいるのかも知れない。

 

 グラスに残り少なくなったウイスキーを流しこむようにして飲み干し、川上は少しむせた。そういえばつまみもなく呑んでいた。

 

 

 川上は刀を左手に取り立ち上がると部屋を出た。  

 

 頭の中の間取り図に乗っ取り厨房へと歩く。道中見覚えのあるセミロングの黒髪のメイド妖精が川上に遊んでとせがんだが川上はそれを断わり、寂しげな表情の妖精を尻目に歩き去る。

 

 厨房にはどうやら夕食の片付けかあるいは翌日の仕込みをしていたらしい咲夜がいた。手伝いか数人のメイド妖精も見える。

 

 「メイド長」

 

 川上は厨房の入り口から咲夜に声をかけた。

 

 「どうしたのかしら」

 

 咲夜は手を布巾で拭きつつ川上に向き直った。

 

 「何かナッツの類はあるか」

 

 「ナッツ? 何故いるの?」

 

 咲夜は疑問を呈する。

 

 「酒のつまみが欲しいんだ」

 

 「あぁ」

 

 納得がいったのか咲夜は頷き厨房の奥へと入り、ほどなくして数種類のナッツが乗せられた皿を持ち戻ってきた。

 

 「こんなものでいいかしら」

 

 「充分だ。ありがとう」

 「深酒はしないようにしなさい」

 

 「わかった」

 

 川上はそう言って皿を受け取り邪魔したな、と言って厨房を後にした。

 

 咲夜は朝食の仕込みに戻った。

 

 

 

 カリッと胡桃を齧り咀嚼、それからボトルからグラスに新しく注ぎ、舐めるように呑んだ。

 

 カリカリと胡桃を齧る、甘味と僅かな渋味、美味くもないし不味くもない木の実なんてこんなものだろう。ウイスキーには合うが、一口呑みながら川上は思った。

 

 また懐からタバコを取出し火をつけ、ウイスキーと合わせて煙を楽しんでいた。

 

 

 しばらく川上はタバコが短くなっては次のタバコに火をつけるチェーンスモークを続け、合間にナッツを齧りながらグラスを口に運んだ。

 

 川上がグラスを五杯空けた時にはゴールデンバットは一箱空になっていた。部屋は紫煙に満ちて白く霞みがかっている状態になる程だった。

 

 川上がゆっくりとした仕草でグラスを傾けたときふとその多少酔っても宿す色の変わらない三白眼が動き扉を見据えたが、すぐに視線は戻った。グラスを置き新しいゴールデンバットの封を切った時部屋の扉が開いた。

 

 

 「わぁ、何この部屋。火事なの」

 

 ノックすらしない来訪者は紫煙で曇った部屋の有様にそんな言葉を漏らしていた。

 

 川上は返答もせずに箱からタバコを一本取り出すと火を点けた。

 

 「なんだ、タバコの煙だったの」

 

 金糸の髪に深紅の瞳、異形の翼をもつフランドールはそう言った。

 

 「吸いすぎだよ。人間は脆いんだからそんなんじゃすぐ死んじゃうよ」

 

 何がおかしいのかクスクス笑いながら鈴のような澄んだ声でそんな忠告なのかよくわからない事を言う。吸血鬼流のジョークだったのかも知れない。

 

 ある程度酒が回っている川上はフランの言葉を尻目に紫煙を吐き、相変わらず感情の読めない眼をフランに向けた。

 

 「やっぱり貴方のその眼」

 

 フランはやはりクスクスと笑って言った。

 

 「嫌な眼」

 

 その言葉を聞いても川上の眼付きは変わらず感情の揺らぎすら感じられなかった。

 

 「そんな眼をした人間は初めて」

 

 川上はグラスからウイスキーを一口呑んだ。

 

 「何か用か」

 

 そこで初めて川上は口を開いた。

 

 「忘れちゃったの」

 

 フランは川上に歩みよる。

 

 「約束」

 

 そして川上の隣にぽすっ、と座った。

 

 「遊びに来たの」

 

 フランの言葉を聞き川上はグラスを揺らしながら呟く。

 

 「あぁ」

 

 川上はタバコをもみ消した。

 

 「約束だったな」

 

 そう、確かに日中川上は夜に遊んでやると約束していた。

 

 「そう約束、だから今夜は――」

 

 フランは言った。

 

 「楽しい夜になりそうね」

 

 川上は言った。

 

 「‥‥眠い」

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