川上は地下図書館を歩いていた。当初から比べてもう慣れたものでその歩みに迷いはない。
朝食を欠席していたパチュリーはいつもの場所でテーブルについて本を開いていた。無造作に歩みより川上は向かい側に座る。
「朝食はいらなかったのか」
朝食の場にいなかった事を川上は疑問に思ったようだ。見たところ特別体調不良等にも見えない。川上は魔女が食事を必要としない事を知らない。
「‥‥あぁ、いらないのよそもそも」
「いらないとは」
「私は捨食の法に達しているから生きるのに食事は必要ないのよ」
「あぁ、つまり食べていたのはただの気分的なものか」
川上は大体理解したようだ。
「そうね、私には全ての食事がただの嗜好品」
「便利な体だな。サバイバルで一番の問題の食料を考えなくて済む」
川上は彼なりに魔法使いの力に感心していたようだ。
「その割りには体は弱そうだが」
「それは生まれつきよ。ほうっておいて頂戴」
川上の指摘にパチュリーはそっけなく返す。
「まぁ、身体は大事にした方がいい」
そう若干どうでもよさそうに気遣いの言葉をいいながら椅子に深く座り直し息を吐く。
「流石に人間に身体の心配をされる程落ちぶれていないわ。そもそも貴方は朝から何しに来たの?」
「仕事」
「‥‥なんとなくそんな気はしてたけど、やっぱりね」
「メイド長の指示だ」
「咲夜も余計な気を回すわね。あるいは厄介払いかしら」
パチュリーはさらりと酷い事を言うが川上は涼しげな表情を崩さない。
「で、何をしたらいい?」
「私からは何もないわ。小悪魔の手伝いでもして頂戴」
咲夜もそのつもりでしょうし、とパチュリーは呟く。
「了解した」
返答しながら、川上は本を開いた。小悪魔が朝食の席から戻るのを待つようだった。
メイド妖精の一人からの報告を受け咲夜は急いでその場に向かった。
現場は血の海だった。死体は二つ、自分の部下のメイド妖精と黒衣の人間の男。
人間が死んでいるとの報告を受けとうとう川上が果てたのかとも一瞬思ったが死んでいるのは違う人間、30台で十字架を下げ短剣で武装した男。
自分の主であるレミリアを狙った刺客だと一目で判断出来た咲夜の背中に一筋の冷たい汗が落ちる。
しかし何故その刺客が廊下で果てている。メイド妖精も死んでいるがまさか曲がりなりにも吸血鬼を狙う程の者が妖精と相打ちになったなんて事はないだろう。
なお妖精は厳密には不死なのでこうして死んでもいずれ復活する。そのため咲夜は部下の死は大して気に止めていない。
いずれにせよ危険だ。この男単独とは限らない。むしろ本命の別同隊がいるのが襲撃のセオリーだ。すぐに主の安全の確認と報告をしなければ。
咲夜はそう思うやいなや時間停止でレミリアの私室まで移動した。対外的に見た移動時間は零秒だった。
そして時間停止を解く。レミリアはまだすやすやと眠っているようだった。主の無事ににわかに安堵する。もっともあの程度の人間に脅かされる主ではないのも咲夜は理解していた。ただの老婆心か。
「お嬢様、失礼します」
「んー、さくやー? 何ー」
咲夜の呼び掛けにレミリアはもそもそと起きだした。寝起きの為か普段以上に印象が幼い。
「今、館内にて侵入者の死体が発見されました。みた所お嬢様を狙ったハンターです」
「んー、ハンター? 久々ねぇ」
くあ、と欠伸を噛み殺し答えるレミリアに危機感はない。
「はい、ただ侵入者を誰が殺したのかもわかりませんし、まだ仲間が館に潜んでいる可能性も」
「咲夜がやったんじゃないの?」
「いえ、丁度皆が朝食の席に集まっていた所だったので、メイド妖精も一人その男に殺されています。これは私の失態です」
「朝食の席を一番に立ったのは誰?」
「それは、あ」
咲夜は失念していたというように声を出した。
「そのハンター、殺したの川上でしょうね」
レミリアはあっさりと確信に迫る。
「す、すぐに本人に確認して来ます。後別同隊にそなえて館内の警備を強化しますのでお嬢様も努々お気を付け下さい」
やや抜けた所もある咲夜は川上に思いいたらなかった。少し考えればわかる事があの男の首の鋭利な傷は刀傷だ。あんな傷を作りだせるのは刃物を使う自分か川上だけである。
「はいはい、頑張ってね。お昼過ぎにまた起こして」
二度寝する気であった。気を付けるように言ったのにちっともわかっていないようだった。
「失礼します」
咲夜もやるべき事で立て込んでしまった為かそれ以上は注意せずにその場から消えた。
レミリアはもそもそと布団に潜るとほどなく寝息を立て初めた。
「じゃあ川上さん、その本を一緒に運んで頂けますか」
「わかった」
川上は小悪魔の本の整理の手伝いを始めていた。
パチュリーがついている机から読み終わっている本の束を持ち上げ所定の場所まで運ぶ。
「ふぅ、ありがとうございます。本を納めるのは私がやりますので」
「あぁ、わかった」
小悪魔は本を本棚の所定の位置に納めていく。その手際は淀みがない。流石はこの図書館の司書か。
「しかし凄い量の本だな」
「はい、パチュリー様の読書量は凄いですからね。必要な本を探す為にも私がいる訳ですから」
「ふむ、まさに本の虫だな。少し運動させたほうがいいんじゃないか」
川上の言葉に小悪魔は苦笑いする。
「私もずっと図書館に引きこもっているのはお体にも良くないと言った事はあるんですが、中々お外には出てくれなくて」
「ふぅん」
まぁ、別にそれで死ぬような身体ではないようだしそれならそれでいいのかもな、川上は思った。
そんな風にとりとめのない会話をしつつ作業している時、例によって唐突に咲夜が現れた。緊急事態に先程まではやや余裕を失っていたが、今は落ち着きを取り戻していた。
「川上」
「なんだ」
川上は平然と応じる。
「貴方朝食の後、十字架を下げた男を殺さなかった?」
「殺したが」
川上はあっさりとそれを言った。
やっぱりか、咲夜は小さな溜め息を吐いた。