武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第33話

 ――紅魔館地下図書館

 

 

 ふぅ、と一つ息を吐き咲夜は気を取り直した。

 

 しかしこの男は何をやっているのか、朝食の後道中人を殺し、平然と仕事を初めている。

 

 咲夜は匂いで薄々わかっていたが今回確信した。川上は人殺しだと。

 

 そもそも平然と人すら食らう川上がまっとうな人間ではないのは一目瞭然だ。大根を斬るように人を斬り殺す人種だとわかっていた。しかし幻想郷の外の世界は今泰平の時代であると咲夜は知っていた。

 

 故に殺人等御法度であるし人を殺した事のある人間等特殊な例外以外殆ど居ないはずだった。

 

 しかしただ武芸に秀でてるというレベルではなく明らかに人を殺やめ慣れきっている川上は一体外の世界で何をやっていたのか。

 

 いや、今考えるべきはそれではない。それより目の前の問題だ、咲夜は思った。まず事情を聞かねば。

 

 「殺した時の事を詳しく聞かせて頂戴」

 

 「構わないが。そんな大事なのか」

 

 「当たり前でしょう。お嬢様を狙った侵入者よ」

 

 川上は自分が斬った相手の事すら無頓着だった。どうでも良かったのだろう。

 

 「朝食を終えた後食堂を出て。真っ直ぐ此処に向かった」

 

 取り敢えず川上はその時の説明を始める。

 

 「道中廊下でメイドが死んでいた。そしてその廊下の先の角で例の男が襲いかかってきたから斬った」

 

 「‥‥その後は」

 

 「特にない。この図書館に入って魔女と少し話したりだな。そして今丁度仕事を始めた所だ」

 

 事情は単純なものだった。単純すぎる程に。不審者に襲いかかられ相手を殺した事等ちょっと歩いていたら通行人に道を聞かれたから教えたくらいにしか思っていないのかこの男は、咲夜は思った。

 

 「あのね、そういう異常事態があったらまず私か他の誰でもいいからちゃんと報告しなさい」

 

 「そういうものなのか。以後気を付ける」

 

 果たして本当にわかっているのか、咲夜は思った。

 

 「とにかくあれはお嬢様を狙った刺客なの。もしかしたらあの男の仲間も侵入してるかも知れないから警備を強化するわ」

 

 「なら俺も今日は警備に転職と?」

 

 「‥‥いえ、貴方は取り敢えずこのままここの手伝いを続けていなさい。もし侵入者がまだいてあがくようなら追い詰めて仕留める時に動員するかも知れないから、それだけは心に止めなさい」

 

 理想を言えばと咲夜は続ける。

 

 「貴方があの男をすぐに殺さず、仲間の有無等を尋問する事が出来てたらそれが一番だったのだけど」

 

 「そうか、次があったらそうする事にする」

 

 川上は抑制のない声で言う、今それを言っても仕方ないのは咲夜も解っていた、取り敢えず刺客を仕留められただけ御の字だ。

 

 「後、刺客が此処を襲撃する可能性だって無いわけではないわ。貴方は何かあった時、此処でパチュリー様と小悪魔を守りなさい」

 

 「了解した」

 

 川上の仕事内容がただのお手伝いから護衛も兼任する事になったようだ。

 

 「では、私は館の警備の強化の方に行くから此処は頼むわ」

 

 館内のメイド妖精達に侵入者への警戒を呼び掛けると共に、咲夜自身時間停止を利用して隠れられそうな所をチェックし見つけしだいに殺すつもりだった。

 

 「解った。後メイド長」

 

 「何」

 

 「気を付けろ」

 

 川上には珍しい相手を気遣うような言動だった。

 

 「えぇ、貴方もね」

 

 「それと、お嬢様を狙った刺客を排除してくれた事、感謝するわ」

 

 それだけ言って咲夜はその場から消えた。

 

 「感謝するか‥‥」

 

 感謝される言われ等川上には無かった。殺されそうだったから殺した。それだけだった。

 

 

 「なにか大変な事になりましたね」

 

 側に控えていた小悪魔は言う。

 

 「そんなに一大事だったのか」

 

 「いえ、それほどでもありませんがお嬢様を狙うハンターが侵入したのは久々ですから」

 

 「ハンター?」

 

 「吸血鬼を狙うハンターと呼ばれる人達がいるんですよ、昔はよくお嬢様も狙われていたらしいです」

 

 「お嬢様も人気ものだな」

 川上の皮肉ともジョークともつかない言葉に小悪魔は困ったように微笑む。

 

 「でもお嬢様もこのくらいならなんて事はないですよ。お強いですから」

 

 それに、と小悪魔は続ける。

 

 「川上さんも守ってくれるなら何かあっても私も安心出来ますしね」

 

 暖かい微笑みで小悪魔は告げた。

 

 「確かに君は切った張ったの荒事は不得手そうだな」

 

 川上の言う通り小悪魔は元々の種族はサキュバスだった。人を食らうでもなく魅了により男の精を糧としていたこの悪魔はあまり戦闘向けではない。

 

 だが、と川上は続ける。

 「非常時にあまり人を、特に俺を当てにしない方がいい。誰かを守るとかはそもそもやった事もない。自分の身は自分で守れ」

 

 川上はそして言った。

 

 「自分の身も守れない奴は」

 

 「死ねばいい」

 

 その時の川上の言葉は氷のようだった。

 

 小悪魔は一瞬背筋に冷たいものを感じた。

 

 「わかりました。すみません」

 

 小悪魔は思わず俯き加減に謝る。

 

 「ただ」

 

 川上は続けた。

 

 「仕事である以上本当に何かあった時は出来る限り守るが期待はしないでくれ」

 

 川上は相変わらず抑制のない口調でそう告げた。

 

 小悪魔は笑った。

 

 「はい、ありがとうございます」

 

 守ってくれると信じているとか、そういう言葉を返すべきじゃないのが理解出来るくらいに小悪魔は聡かった。

 

 先程の氷のような冷たさが川上の本質の一面だと理解したのだ。

 

 そしておそらくはそればかりではない事も。

 

 小悪魔はゆっくりと川上を理解していこうと思った。何となく小悪魔は思ったのだ。

 

 人とは違った形かも知れないけどそれでも彼は優しいのだと。


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