武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

35 / 140
オリジナルメイド妖精、アニス。もっとちっちゃいイメージですが大体こんな感じ

【挿絵表示】



第35話

 ゆらゆら──

 

 ゆらゆらと──

 

 どこか紫がかって見える濃密な白い煙が立ち昇っていく。それは暫く虚空をただよっていたがやがて行き場を見失ったかのように空気に溶けて消えた。

 

 男は指の間にはさんだ両切りタバコを口元に持っていきゆっくり5秒かけて吸いこむとまた長い紫煙を吐き出した。タバコをゆっくり燻らせる20代前半程度と思われる男はやや長めの前髪をした黒髪、その顔立ちは整っていたが何より特徴的なのは眼だった。日本人としては変哲もないブラウンの虹彩の眼は正面や上を向く時黒目の左右だけでなく下にも白眼が見える三白眼と言われる眼だった。一般に悪相とか目つきが悪いなど言われるそれだ。 

 

 そしてその三白眼は殆ど感情を表す事もない。その眼が男の酷薄な本性を物語っていた。服装は仕事用に支給された黒の礼服、そのズボンのベルトに一振りの刀を差していた。打刀拵に納められた何百年も前に日本古来の製法で打たれ現代までその姿も機能も保った古い凶器‥‥人殺しの道具──刀。

 

 花の咲き乱れる館の中庭で男──川上は一服していた。例によって一番に食卓を立った川上はそのまま図書館には戻らずに中庭で小休止していた。咲き乱れる花に眼を向ける川上の顔には何の感情も浮かんでなかった。

 

 短くなったタバコを携帯灰皿に入れながら川上は花壇の元にかがむ。 

 

 咲き誇る花たちだがそれは無秩序な咲き方ではなく理路整然とした見る者のことまで視野に入れた秩序ある咲き方だった。手入れしている者の腕のよさと思い入れだろうか、ふと川上は考える、ここの手入れをしているあの中華風の服に身を包んだ少女のこと、あの女の名前はなんといったか‥‥

 

 すぐにどうでもよくなり川上は立ち上がる、数匹の鮮やかな羽をもつ蝶が戯れている、どこかの木に止まった小鳥が澄んだ声で鳴いた、美しい庭だった。

 

 悪魔のすむ館というには似つかわしくないくらい美しい。そう不自然なほど。 

 

 川上の眼は冷めていた、美しい庭もただそこにあるモノとしか視ていない。瞬間風が小さくヒュリッと鳴った、そして川上は踵を返した、何時の間にか抜いていた刀を納めつつ歩く。 

 

 館の中に戻る川上の後ろで庭で戯れていた蝶が数匹無残にばらばらになりながら地に墜ちた。

 

 

 

 

 

 「今日もおそうじ~?」 

 

 地下図書館に戻る最中黒髪セミロングのメイド妖精にそう興味津々に話かけられた川上はまた捕まったか、と思っていたかも知れない。実際のところ彼の表情はまるで変わらないのでよく分からないのだが。

 

 「今日は図書館の手伝いだ」 

 

 川上の返答も相変わらず言葉少なだった。 

 

 「へ~そうなの? 私は今日はやることがないの」

 

 館に雇われているメイドにやることがないとはどういう事なのか?単なる人員過多じゃないか等突っ込みどころは多かったが川上は突っ込み役ではなかったらしい。

 

 「そうか、よかったな。俺はまだ仕事があるからじゃあな」

 

 そういい図書館へと向かおうとする川上の服の裾をすかさず引く妖精。

 

 それで足を止め例によって無言で妖精を見下ろす川上。その人によっては背筋が凍りそうなほど無感情な眼に見据えられても妖精の眼は爛々としていた。どうやら物怖じというものを知らないらしい。

 

 「手伝う」 

 

 「何」

 

 「貴方といっしょに仕事する」 

 

 その提案にもやはり無表情だった川上だったが。

 

 「‥‥好きにしろ」 

 

 別にどうでもいいと思ったのかそう答えると歩を進めた。メイド妖精もすぐ追いすがり川上の服の裾を掴んでついていく、が川上はその妖精の手を振り払う。

 

 「服の裾が伸びる」

 

 そう注意して歩き出すがまた妖精の手は川上の服を掴んだ。

 

 川上は息をひとつ吐く。なんとなく身体的接触を好む奴だと川上も思っていたが、面倒なので裾を掴む妖精の手を取り握った。小さく柔らかく熱い手だった。川上は首だけで振り返って妖精を見ると妖精は嬉しそうに笑って川上の手を握り返してきた。

 

 傍から見たら兄妹だろうか?いや、そんなモンじゃない目付きの悪い黒服の男と幼いメイド服の少女だ。もっと怪しいなにかに見られるだろう。

 

 だが川上はそんな事にはかまわず妖精の手を引いて図書館に向かった。

 

川上は妖精の手引いたまま図書館に入る。そのまま奥へと進んで行くと気配を察したのか書庫の間から小悪魔が顔を出した。川上とメイド妖精のコンビに少し驚きを見せるが今だ繋がれたままの両者の手を見て微笑んで言った。

 

 「仲がよろしいんですね」 

 

 「そういう訳でもない」 

 

 微笑ましいモノを見たかのように思わず言った小悪魔の言葉にやはり感情をこめず川上は返す。しかし当の妖精は何が嬉しいのか川上の手を握りニコニコしていた。

 

 「中々戻ってこないから少し心配しましたよ。また迷ってるんじゃないかって」 

 

 小悪魔が冗談まじりにそう言う。

 

 「すまない。少し一服していた」

 

 「そのメイドさんは?」

 

 「お手伝いにきた~」 

 

 「‥‥との事だ。適当に使ってやってくれ」

 

 「そうなの、ありがとう。じゃあ一緒によろしくね」

 

 「うん、よろしくー」 

 

 そう小悪魔と妖精は挨拶を交わした。

 

 「では仕事の続きに取り掛かるか」

 

 「そうですね。じゃあがんばりましょう」 

 

 そうして三人は図書の整理に取り掛かった。川上が本を運び小悪魔がその本の整理、妖精がそのサポートという形だ。 

 

 三人で時折取りとめのない話をしつつも作業は進む。

 

 「メイドさんはお名前なんていうの」

 

 小悪魔が妖精に名を尋ねる。 

 

 「名前?ないよー」 

 

 「えっ、名前が無いの?」

 

 「うん、生まれてから誰もつけたりしなかったし自分でもつけなかったから」

 

 妖精はあっけらかんとそういう。

 

 小悪魔は、んーと少し思案し笑った。

 

 「なら、いまから貴女の名前つけてあげられるね」 

 

 その言葉に妖精は眼を丸くした。

 

 「でも別に名前なんてなくても困らないよ?」 

 

 「ダメよ、名前はその人を表す大事なものなんだから」

 

 「そうなの?」

 

 どうやら名前に頓着がないらしい妖精に小悪魔が諭すように言う。

 

 「川上さんもそう思いますよね?」 

 

 「‥‥そうかもな」

 

 妖精同様名前などどうでもいいと考える性質でなおかつ小悪魔自身に『お前も名無しじゃないのか?』と疑問を感じた川上はぞんざいに同意しておいた。

 

 「じゃあどんな素敵な名前にしましょうか」

 

 小悪魔がそういった時妖精が上目遣いに川上を見ながら服の裾を引いた。例によって無言で眼で何だと問う川上。

 

 「あなたがつけて」 

 

 「何?」 

 

 「あなたがつけた名前がほしい」

 

 それは川上に名前をつけて欲しいというささやかなおねだりだった。

 

 「あらあら川上さん、これは責任重大ですねぇ」

 

 小悪魔が面白そうに笑って言う。

 

 「名前か‥‥Aでいいんじゃないか?」

 

 「‥‥私A?」

 

 「か~わ~か~み~さ~ん」

 

 小悪魔が笑顔に怒気を滲ませつつ迫る。

 

 「大事なことなんですからもっとちゃんとつけてあげて下さいね」 

 

 「うぅむ」

 

 小悪魔にそういわれ川上は首を捻る。面倒だから適当にそれっぽい名を上げこの場を収めようと考える。なにか適当なのは‥‥。

 

 「アニス」

 

 「あにす? わたしアニス?」 

 

 パチュリーと同じく香辛料、ハーブの名から響きがいいのをとったものだった。

 

 「ああ悪くないな。お前はアニスだ」

 

 「アニス、うん私今日からアニス」

 

 妖精──アニスは響きを確かめるように名をつぶやくと嬉そうに笑った。

 

 「アニスちゃんですか。うん、素敵な名前ですね」

 

 小悪魔も微笑んでそういった。 

 

 「じゃあ名も決まったから仕事を続けよう」 

 

 そしてやはり川上には情緒もへったくれもなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。