武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第36話

 ──昼過ぎ

 

 昨夜川上を遊びにつき合わせ、そのまま眠ってしまったフランドールは川上のベットで目を覚ました。眠そうに目をこすり猫のように伸びをししばしベットの上でまどろむ。

 

 目覚めて見上げた場所がいつもの冷たい地下室の天井ではなかった事にほんの僅かに混乱するが、しばらくして思い出す。ここはあの妙な人間の部屋で自分は昨夜そのまま眠ってしまった事を理解した。

 

 フランはぎゅっとベットに顔を寄せる。‥‥ベッドは匂いがした。今まで嗅いだことの無いような匂い、川上本人の体臭にタバコのヤニが混じった独特な川上の匂い。 

 

 フランはスンとその匂いを吸い込む。‥‥不快な匂いではなかった。

 

 変わった人間。フランはそう川上に対してそう思った。フランが今まで相手してきた人間、魔理沙、霊夢、咲夜、そのどれとも違う人間だった魔理沙達三人も常人とは違うが川上はまた違った。

 

 雰囲気が違う、匂いが違う、体が違う、動きが違う、態度が違う、‥‥眼が違う。

 

 同じ人間でも他人である以上違いがあるのは当たり前だ。しかしフランは純粋に川上という一人の人間に興味を持った。

 

 なぜなら初めてだったのだ‥‥。フランと相対した相手は必ずその眼に含みがある事をフランは嫌でも感じ取っていた。それはフランが吸血鬼という最凶クラスの化け物‥‥くわえて生来もつ『破壊』能力の危険性を知っていれば当たり前の事だった。対峙するのに緊張を強いられるのは。フランは実の姉が自分を見るときの眼にもその含みが僅かに見え隠れしているのに気付いている。隠しても隠し切れないのだ畏怖というのは。

 

 だから初めてだった‥‥。自分をただそこにあるモノのようにしか見ていない。路傍の石、そういう風に自分をみる川上の眼が。 

 

 そんな川上にフランは興味を持ったのだ。いったいアレがどんな存在なのかを知りたいと。クンともう一回小さくフランはベットに残る川上の匂いを嗅ぐ。

 

 「たばこの匂い‥‥。お父さんがいたらこんな匂いなのかなあ‥‥」

 

 「川上はお父さんって感じじゃないか。じゃあお兄様? ふふ、お兄様か」

 

 フランはベットから降りるとふと空腹を覚えたので咲夜に食事をねだりに行く事にした。その後は川上‥‥お兄様のところにでも行こうと考えクスクスと笑いながら部屋を出た。

 

 

 

 

 

 川上は図書館の壁に寄りかかりタバコに火を着けた。ふぅと煙を吐く、その川上の腹部に黒髪セミロングのメイド妖精‥‥川上によって名付けられたアニスが寄りかかってきた。

 

 ちっ、とうっとうしかったのか川上は口内で小さく舌打ちしたが、とくになにも言わずタバコを口に運ぶ。アニスは川上のフリーになっているほうの腕に抱えるように抱きついて笑った。

 

 川上は何も言わずにタバコは銜えたまま右手をアニスの顔に近づけると──ビシッとアニスの額を指で弾いた。

 

 痛かったのかアニスは川上の腕を放し自分の額を押さえる。おでこをさすりながら涙目で川上を恨めしげに見上げる。川上はタバコを咥えたまま悠然と壁に寄りかかってアニスを見下ろしている。タバコを咥えた口の端はどこか面白がってるかのように歪んでいた。

 

 そこでアニスが反撃にでた。ほぼ棒立ちになっている川上の水月に向ってストレートパンチを放った。以外と鋭いアニスの突きだったが川上が右手で払うような仕草をしただけで力のベクトルを変えられパンチは外れそのまま勢いあまってバランスを崩してしまう。実戦ならそこで投げ技で地面に叩きつけ当身で止めを刺す場面だが変わりに川上はアニスの額を再度弾いた。かなり痛かったのかアニスは額を押さえてうずくまってしまう。川上はくっくっと笑いながら一連の間の器用に吸って短くなったタバコを携帯灰皿に入れた。

 

 ダメージから復活するとアニスは悔しいのか川上にすがりつくようにして両手で川上の胸をぽかぽかと叩いてきた。

 

 川上はそのアニスの頭を捕らえると前髪を掻き分け弾かれて少し赤くなった額を撫でた。それでアニスは眼を細めておとなしくなる。そのまま頭も繊細な手つきで撫でてやると柔かい笑みを浮かべて気持ちよさそうに川上に身を委ねてきた。単純。川上はそんなことを思ったかもしれない。

 

 「あの~仲が宜しいのは結構ですけど、整理の続きしましょうよ」

 

 そこでその寸劇を見ていたのか小悪魔が苦笑いを浮かべて遠慮がちに言ってきた。

 

 「そうだな、続けよう」

 

 川上は何事もなかったかのように身を正した。撫でられるのを中断されアニスはやや不満げだった。

 

 「今日のところはもう少しで終わりにしましょう」

 

 「そうか、なら早いところ終わらせてしまおう」

 

 そうして川上と子悪魔、アニスの三人は最後の本の束を処理したところで今日の分の仕事を終えた。

 

 「ご苦労様でした。手伝ってくれてありがとうございました。アニスちゃんもありがとうね」

 

 「あぁ、お疲れ様」

 

 「おつかれさまでした~」

 

 「お二人ともお疲れでしょうから、お茶でもいかがですか。美味しいのを煎れますので」

 

 「あぁ、貰うよ」

 

 「のむ~」

 

 「では先にパチュリー様のところで待っていて下さい。すぐ準備いたしますので」

 

 「わかった」

 

 それで川上は踵を返しパチュリーのいる方へと歩みを進めた。その後をアニスがついていく。しかし川上はまっすぐは向わず書庫の間で本棚に寄りかかりタバコを取り出すと火をつけた。

 

 ゆっくりと煙を楽しむ川上の腕に例によって抱きつこうとしたアニスがまた川上に額を弾かれた。


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