武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第4話

 幻想郷の森の中

 

 

 日の光を嫌い闇を纏ったルーミアと包みに入れられた刀を腰と背中に身に付けた男の二人組がいた。

 

 

 

 そして二人は目の前の青年と少年の間くらいの人間――のようにみえるが妖怪と対峙していた。いや、妖怪と対峙しているのは正確には男のみか。

 

 

 「外来人がいるたぁ今日は運がいいな、最近人間がめっきり狩れずに困ってたんだよ!」

 

 

 妖怪は目の前の絶好の獲物に歓喜してそう言う。

 

 

 「人間がないなら豚でも食えばいいじゃないか」

 

 

 「別にそれでもいいんだけどよ、でもやっぱたまには人を喰わねぇとそもそもなんの為の妖怪かわかんねぇだろ」

 人に仇なすから妖怪、それもそうか、と男は小さく呟いた。

 

 

 「おい、助けてくれ」

 

 

 男は手っ取り早く案内役のルーミアに助けを求めた、だが

 

 

 「えーめんどくさい」

 

 

 どうやらわざわざ助けてくれる気もないようだ。案内役こそ買ってでたが、男が死んでも生きてもどうでもいいらしい、ここで男が喰われたら案内を切り上げて帰るだけだろう。

 

 

 まぁ期待はしてなかったがな、男はそう小さく呟いた。どうやら案内役も得てあっさり解決しそうで警戒が薄れていたらしい、こんな簡単に外敵に見つかってしまうとは。

 

 男は溜め息を吐いた、まぁしょうがないと。

 

 

 「‥‥つまりは君は腹が減ってて目の前の人間が食べたいという訳だな?」

 

 

 男は自然な歩みで妖怪の前に出ながら言う。

 

 

 「あぁ、そうだぜ、まぁじっとしてくれりゃあ苦しまねぇように楽にしてやるからよ」

 

 

 「ならば、食べられさえすれば必ずしも俺じゃなくてもいいという事じゃないか? 例えばルーミア、あそこにさっきからいる子供なんかはどうだ?」

 

 

 「んー?」

 

 

 男に話を振られ一旦纏う闇を解き男が指さす先、妖怪の後ろに当たる木陰の方をルーミアは注目した。

 

 

 「あ?」

 

 

 そして妖怪もルーミアの視線を追い自分の後ろを振り向く形で見た、その瞬間――

 

 

 妖怪の腹部に鋭利な冷たい感触が走った。その直ぐ後灼熱感が腹から全身に広がった。

 

 

 男が腰に差してた刀の包みを一息で解き柄を露出させると抜き打ちで妖怪の腹を真一文字に深々と切り付けた。妖怪が後ろへ振り向た一瞬でそれをやってのけたのだ、抜刀術の技としては基本的だが、凄まじい早さだった。

 

 

 

 「ガッ‥‥ぐぅッ!」

 

 

 人間なら致命傷だがそこは妖怪、怯んだものの攻撃されたのを極めて早く理解し反撃に移ろうと‥‥

 

 

 しかし妖怪の反応でも男にとっては遅すぎた。

 

 妖怪が反撃に移ろうと思った時には刀の刃を相手に密着させる形で男は懐に入りこんでいた。刀身が上手く妖怪の身体を封じ込め男の盾の役割をし妖怪はとっさの反撃が出来なかった。

 

 

 その状態で男は身体の動きを利用し妖怪の重心を崩し簡単に後ろに倒した。さらに倒し際相手の首筋付近に添えていた刀身を引きながら。

 

 

 妖怪はあっさり仰向けに倒れた、首筋の動脈を裂かれ血を撒き散らしながら。

 

 

 「かッ‥‥ヒューッ」

 

 

 妖怪が何か言おうとしたが一緒に裂けた気管から息が漏れるだけだった。男は体重と重力を利用した強力な踏みつけを妖怪の頭部に落とし、それにより妖怪は頭が割れ脳味噌を撒き絶命した。いかに肉体的ダメージには強い妖怪と言えどもダメージを受けすぎたのだ。

 

 また、妖怪は肉体的ダメージに強い反面精神的はダメージに弱い。故に謂われのある武器や道具等は弱点となるが、男の用いた刀は変哲のない刀とはいえそれでもかつて刀匠に打たれてから現代に至るまで数百年の時を生きていたのだ。刀自体がある程度の神秘となり、妖怪にとってはダメージも肉体的以上だったという事もある。

 

 

 

 男は刀を脇構えにし、ゆっくり後ろに下がりながらも眼は頭の割れた妖怪から離さない。残心――得体の知れない化け物があるいはまだ生きてる可能性を考慮しているのかも知れない、妖怪に向ける三白眼はいつもの眠たげな眼ではなく冷静に対敵を観察するように油断ない光を放っていた。

 

 

 

 そして、妖怪の死を確信したのだろう静かに息を吐くと妖怪の死体に近付き刀身に付いた血脂を妖怪が纏っていた服になりす付けるように落とした。

 

 

 妖怪が振り向いてから僅か5秒で決着がついた。

 

 

 「わぁー、人間なのに妖怪を倒しちゃうなんて貴方強いんだね」

 

 

 ルーミアは関心したように言った。恐らくルーミア自身流石に男はここで死ぬと思っていたのだろう、妖怪が返り討ちにされた事が意外だったようだ。なお男が言った子供等始めから何処にもいなかった。

 

 

 「そうでもない、その妖怪が間抜けだっただけだ」

 

 

 男は血脂を落とした刀を更に穢れを払うようにパッと血振りをし鞘へと納刀しながら言った。

 

 

 実際、妖怪は確かに人間以上の能力を持っていたのだろうがしかし人間を格下として完全に見下していた。捕食する対象の獲物に対して「今からお前を殺して喰うから覚悟はいいな」という狩人が何処にいるのか、間抜けすぎる。

 

 

 

 油断仕切った強者より警戒仕切った弱者の方が手強い、実際男にとっては簡単な殺しだった。男はタバコを取り出し火を付けた。

 

 

 「ねぇ、ところで‥‥」

 

 

 「ん?」

 

 

 男は紫煙を吐き、頬に付いた返り血を手で拭いながら返す、返り血は服にも付着してしまっていた。

 

 「それ釣竿じゃないじゃない」

 

 

 「‥‥‥鞘の先に糸を結べば釣竿として使えない事もない‥‥かも知れない」

 

 

 ルーミアは流石にこいつは何言ってんだというような顔になっていた。男も苦笑いを漏らす、その眼は先ほど妖怪を見据えていた時とは違いいつもの眠たげなそれだ。

 

 

 「そんな事より案内を続けてくれ」

 

 

 「あ、うん、神社はもう直ぐそこだよ。無駄足にならなくてよかったね」

 

 

 「無駄足と言うより無駄死にしそうだったがな」

 

 

 男はそう暗く笑って言った。やれやれ早く一息つきたいものだ、男は思った。


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