随分唐突かつ珍しく畏まった川上の言葉に食堂内の者の意識が川上に集中した。
「頼み? まさかもっといいコーヒーが飲みたいなんて訳じゃないでしょうね?」
「違う、と、言うか味なんてどうでもいい」
咲夜の言葉をあっさり切って捨てる川上。しかし味などどうでもいいと考えるのはある意味彼らしいが淹れるほうにとっては全く甲斐のない事だ。
「この館に刀剣用の手入れ用具はあるか?」
「手入れ用具? 貴方のいう刀剣は日本刀よね、なら生憎無いわね。ナイフの手入れ用具ならそろっているけど、この館に貴方のモノ以外に刀は無いから」
川上の質問に咲夜が答える。そうか、と呟いて川上は考える。ナイフ用の磨き粉や錆止め油でも代用できなくはないか?いやしかし‥‥。
「手入れ用具を手に入れたい。売っている所などを紹介してくれないか?」
「それは‥‥」
「いいじゃない咲夜、彼に『あの店』を紹介してあげたらどうかしら?」
いいかけた咲夜の言葉を遮りレミリアはそう進言した。
「たしかにあそこならあるでしょうが」
「どんな店なんだ?」
「この幻想郷で有一幻想郷の『外』のものも扱っている店よ。店主が少々変わり者だけれどね」
川上の疑問にどこか面白げな笑みを浮かべつつそうレミリアは説明する。
「その店の場所を教えてくれ」
「魔法の森の入口付近‥‥咲夜案内してあげなさい」
場所さえわかれば一人でも行きそうなあぶなかっしい川上にレミリアがそう従者に命令する。
「わかりましたわ」
レミリアの命令は絶対である。──どちらにせよ咲夜も川上を放っておけなかっただろうが。
「川上、今から出るから準備を整え次第玄関前ホールで待機」
「了解、ご馳走様」
例によって軍隊のような簡潔なやり取りを終えると川上は食堂から出て行った。
「まぁ、貴方もたまの外出を楽しみなさい」
席を立ちつつ笑みをたたえ咲夜にそんな事を言うレミリア。
「お嬢様は?」
「寝るわ、早寝早起きが健康の秘訣よ。ご馳走様」
そう手をひらひら振りながらレミリアも退室した。
「あの男とか、なにもなければいいけど」
ぼそりと咲夜が愚痴るように言った。
こうして今日の川上の方針は香霧堂行きに決まった。
川上は気配を殺して自室に入った。そして無音でベットに近づく、アニスはどうやら再び眠りに落ちたようだ寝息は穏やかだ。それだけ確認すると背を向けクローゼットへと向かい中から一振りの刀を取り出す。彼のメインウェポンのなかでももっとも長いリーチを誇る全長5尺を軽く越える長大な野太刀を。それを背に背負うとアニスを起こさないように退室した。
川上は咲夜の指示通りに玄関まえホールでタバコを燻らせながら待機していた。ふー、と彼が吐いた紫煙がホールの空気に溶ける。
「準備はいいようね」
その言葉に川上はその鋭く暗い眼を声の方に向ける。そこには朝食の片付けと自身の外出の用意を終わらせた咲夜が立っていた。
「あぁ」
「久しぶりに見るわね、それ」
川上が背負う野太刀に眼をやりながら咲夜が言った。
「外出するなら‥‥念のためな」
川上は抑制のない声でそうとだけ答えた。
「それより準備が出来たなら早く用事をすませてしまおう」
「えぇ、行くわよ着いてきて」
「案内頼む」
そう言葉を交わしつつ二人は館を出る。
「あれ?咲夜さんに川上さん、今日はお二人でお出かけですか?」
丁度門番に立っていた美鈴が門から出てきた二人に声をかける。
「えぇ、ちょっとこの男がワガママ言ってね。香霧堂まで行く所よ」
やや辛辣な咲夜の言葉にも川上は他人事のようにタバコを燻らせるだけだ。
「あはは、それじゃあ咲夜さんは今日は川上さんとデートですね」
美鈴がそういうな否や咲夜が一瞬で投擲したダブルエッジのダガーが美鈴の額を貫いた。しばらく美鈴は発言したときの笑顔のまま直立していたが、ゆっくりと前のめりに崩れ落ちた。流れでた血と脳樟が地面に広がる。
「まったく、そういう心臓に悪い冗談は止めて頂戴」
投擲終了のポーズのまま少し顔を赤くした咲夜がもう聞いているのかもわからない美鈴にそういう。
「そいつは死んだのか?」
一部始終を無表情に見ていた川上は短くなったタバコを投げ捨てながらそう質問した。
「まさか、美鈴は妖怪の中でも特に丈夫なのよ、すぐに眼を覚ますわ」
「そうか」
どう考えても脳をやられて即死扱の傷なのにそれでも死なないとは凄まじいなと川上は思った。
そして同時にならどう殺すかとも考察していた。
「ほら、さっさといくわよ」
咲夜は川上を促して歩きだす川上は飛べないからそれにあわせて咲夜も徒歩で案内しなければならない、急がねば日が暮れてしまうと咲夜は思った。
「美鈴、私がいない間館は任せたわよ」
「ふ、ふぁい、さくやさん」
去り際の咲夜の言葉に美鈴はまだ動けないながらも返事をした。その驚異的な回復力に感心する代わりに川上はタバコを咥え火を点けた。
そうして二人は魔法の森の入口の店を目的地に道を歩いていた。案内ということで咲夜が先行し川上がその少し左後ろを歩くという形だった。
その進行の形が──咲夜には気分が悪かった。
川上は咲夜の左後ろを歩いている、川上からすれば咲夜は自分のやや右斜め前にいることになる──腰の刀を抜刀で一閃させれば咲夜を確実に切り伏せることの出来る位置だ。咲夜は自分が常にその『死の間合』に捕らえられてるのを感覚的に理解していた。
故に不愉快だった。常に発砲出来る銃口を向けられながら誰がいい気分でいられるものか。デートか、美鈴の言葉を思い出し思わず皮肉な笑みが漏れる、この男は自分が下手な動きでもしようものなら即座に切り伏せるだろう、とんだデートだ。
──いや。
それどころではないかもしれない。
──この男が自分を常に死の間合に置いてるのは『ただなんとなく斬りたくなった』時にでも斬れる為では‥‥。
思わず間合いに入っている左半身に寒気が走った。いくら自分の時間停止でもあの神速の抜き打ちの前には単純に能力行使が間に合わない。しかしその考えはあまりにも荒唐無稽、得体の知れない男ではあるがいくらなんでも無意味な殺人は行うような人間ではないだろう、咲夜はそう思った。
しかし不愉快なものは不愉快だ。咲夜は歩きながらさりげなく立ち位置を変えたり、歩くペースを急に早くしたり逆にゆっくりにしたりし川上が置いている死の間合から外れようとした。しかし川上は難なく咲夜の動きに合わせて咲夜を間合いから逃がさない。
そんな感じで咲夜がやきもきしてるとふと川上から声がかかる。
「そんなにその位置が気になるなら手でも繋いで横に並んでいくか?」
川上のその言葉はあくまで抑制のない無感情なものだった。
「なっ!」
その言葉に咲夜は顔を赤くしてバッと振り向く、そこには口元を歪めどこか面白そうにしている川上の姿があった。
「なっなにを言っているの貴方!? 殺されたいの?」
赤面してそう喚く咲夜の姿に川上はくっくくと含み笑いを漏らす。
「冗談だそんなにムキになるな」
その言葉にはいつも感情の乏しい彼には珍しく愉悦を含んでいた。そして川上は立ち位置を咲夜の左後ろから右後ろに変更した、抜刀の場合自身の左側には太刀を送りにくくなる。
「これでいいか」
これが川上なりの譲歩なのだろう信用の形とも言える。それがわかったから咲夜もそれ以上は言わない事にする。
「全く‥‥でも貴方も美鈴みたいな冗談を言うのね、少し‥‥意外」
咲夜の川上の印象は全く遊びのない人間だと思っていたようだ。
「まぁ、たまにはな」
くっとまだ含み笑いを漏らしながら川上はくしゃくしゃになったゴールデンバットの箱から折れ曲がった一本を取り出し手で曲がりを直しながら咥え火を点けた。