武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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『収集』


第44話

 魔法の森の入口付近、其処に奇妙な建物があった。香霧堂と看板の掲げられた建物の外観は狸の置物や道路標識などわけのわからないものが雑多に散乱していた。それは中も同様で様々な無秩序ながらくたなどが商品として並べられていた。

 

 そんな乱雑な店内でカウンターに座り一人黙々と手元の本のページを捲る男が一人。男は民族風の独特の服に身を包み首には黒いチョーカー、適当にカットされた特徴的な銀髪に眼鏡をかけている。顔立ちは柔和そうで整っているが今はその顔は何の表情も映してない。男は香霧堂店主、森近霧之助だった。

 

 霧之助は時間を持て余してるように本を読んでいる。それはそうだろうそもそもこの店は滅多に客など来ない。故に霧之助は持て余してる時間を本を読むか新しい道具の使用法の研究などに使うしかない。でなければたまに客でもない白黒の魔法使いや紅白の巫女がやってきて勝手に茶を飲んだり店の商品を勝手に持って行ったりされるだけだ。まあ霧之助も彼女達は嫌いではない。だが好き勝手されすぎではないか?霧之助は思った。

 

 カランカラン

 

 その時人の入店を示す店のドアのベルが鳴った。霧之助はすぐには「いらっしゃいませ」とは言わなかった。店としてはあるまじき事だがこの店に来店するのは純粋な客より前途の魔法使いか巫女の場合が圧倒的に多いからだ。故に挨拶を言いよどんで入口に眼を向け少しして眉を顰めると言った。

 

 「いらっしゃいませでいいのかな? 随分と物騒なお客様のようだけど」

 

 「それで正解ですわ。店主さん」

 

 来客の一人は数少ない常連の咲夜である。しかしその後ろに幽鬼のように立っている礼服と思われる黒服に腰に刀を差し背中に身の丈にせまるような野太刀を背負った無表情で暗い三白眼をした男に眼を止め霧之助は不信に思った。また咲夜自身もメイド服にナイフを仕込んでいる。『物騒な客』とは言いえて妙だろう。そもそも霧之助は咲夜がそんな男を連れているのは今まで見たことないため不信に思うのも無理ない事だった。

 

「見ない顔だけど、紅魔館は新しく執事でも雇ったのかい? 見た所人間のようだけど」

 

 「似たようなものですわ。路頭に迷っていた外来人をお嬢様が哀れに想い雇いいれたのですの。お嬢様は慈悲深いですから」

 

 「まあたしかに君の所のお嬢様は吸血鬼なのに気まぐれに優しい所があるね。しかし外来人か‥‥」

 

 そこで咲夜が肘でぼんやりしていた川上を小突く。挨拶くらいしろという意味が込められていたモノだが川上はギリギリその意思を汲み挨拶をする。

 

 「川上という、宜しく」

 

 やはり極めて簡潔な自己紹介になってしまった。咲夜ももう少し何とか出来ないのかと苦い顔をしている。しかし霧之助は川上を興味深げにみている。

 

 「外来人との事だけどいつごろからこっちの世界に?」

 

 「ほんの数日前だ」

 

 霧之助の質問に淀みなく答える川上に霧之助は眼鏡の奥から鋭い眼でその刀や身体や表情を観察している。

 

 「なるほど‥‥ただの人間それも外来人を雇うというのもおかしな話だと思ったけど、たしかにレミリアなら彼に興味を持ちそうだね」

 

 「そう思われますか?」

 

 霧之助の言葉に咲夜がそう聞き返す。

 

 「僕も外来人はあまり見たことがあるわけじゃないが、それでも彼が只者じゃない事は分かるよ」

 

 「貴方から見てもそう見えますか」

 

 咲夜はそう返す、ちなみに川上はすでに店内を物色し始めていた。太刀の拵を見つけ手に持ち重量で刀身が入っている事を確認し太刀を抜くと刀は真剣ではあったが完全に腐食し錆に覆われていた。これでは錆が深すぎて研ぎに出しても修復不可能だろう、川上は珍しく苦い顔をしながら太刀を戻した。

 

 「さてお客さん、客としてきたからには用件があるのだろう。なにをお求めかな?」

 

 霧之助が二人に聞く。そこで初めて川上は霧之助に向き直った。霧之助は彼の三白眼に見据えられたときなぜか寒気が走った。

 

 「刀剣用の手入れ用具、それが欲しい」

 

 「日本刀用の道具ということかい? 少し待ってくれ」

 

 そう言いながら霧之助は商品の山を漁るとしばらくして木の箱を取り出した。

 

 「これでいいのかな、確認してくれないか」

 

 川上は無言で箱を受け取り中をあらためる、打ち粉、錆止め油、目釘抜き、拭い紙、ネル、完全にそろっている。

 

 「完璧だ、これが欲しい。ただな‥‥」

 

 川上はちらりと咲夜を見る、当然彼は無一文だから自分でそれを買う事は不可能であった。

 

 「メイド長、給金の前借は効くだろうか?」

 

 ずうずうしくふてぶてしい川上の提案にいっそ面白そうに笑いながら咲夜は言った。

 

 「いいわよそれくらい、払っておくわ。確かに貴方も館の使用人だものね。給金くらい出ておかしくないわよね」

 

 「恩にきる」

 

 そう川上の礼を聞きつつ咲夜は霧之助に支払いを済ませる。

 

 「そういえば君はつい先日まで外の世界にいたんだよね?」

 

 支払いも終わり満足げに手入れ用具を持っていた川上に霧之助は唐突に話題を振る。

 

 「あぁ、その通りだ」

 

 「なら当然外の道具の事には詳しいよね?」

 

 「人並みだな、エンジニアだったりした訳じゃないから、むしろ俺の専門は『人間』だからな、それがどうかしたのか」

 

 「この店は幻想郷に流れてきた外の道具も扱っている。外には様々な道具があるが僕の能力で道具の名称と用途はわかるんだ」

 

 「それで?」

 

 なんとなく話は読めて来た川上だがなにも言わず続きを促す。

 

 「ただ困った事に用途は分かっても恥ずかしい話だけど。どうすれば効果が得られるか使用法までは分からないんだ。そこで外の人間の君によければいくつか道具を見てもらいたい。そして使用法が分かればおしえてほしいんだ」

 

 霧之助はあまり触れ合う機会がないので今回は道具の謎を解く絶好のチャンスだと考えた。対して川上の表情は冷めていた。

 

 「半額」

 

 「は?」

 

 一言だけ言った川上の言葉の意味が分からず思わず間の抜けた声を出してしまう霧之助。

 

 「さっきの手入れ用具を半額にしたらその頼み聞いてやる」

 

 川上は今度は口元に皮肉げな笑みを薄っすら浮かべてそう提案した。

 

 「‥‥たしかに何の対価もないというのはフェアじゃないな。分かったその条件を飲もう」

 

 「交渉成立だな」

 

 霧之助は頷いて咲夜に受け取った代金を半額払い戻した。

 

 「いいのかしら?」

 

 「いいんだよ」

 

 呟く咲夜に無感情に川上はそう返す。

 

 「では、使い方が分からない道具を見せてくれ」

 

 さっさと初めて終わらせてしまおうと思い川上は言った

 

 「ではさっそくだがこれを見ほしい」

 

 霧之助は黒い小型の箱状のものを取り出しいった。

 

 「これは『ラジオ』というものでこれで遠くで喋る人の声を聞くことなどが出来るみたいなんだ。ただ僕にはどうやっても聞くことができないんだ。君なら使い方が分かるかな?」

 

 川上は一瞥しただけでにべもなく答えた。 

 

 「限りなく不可能だ。使えない。まず電源となる電池等がここでは手に入らないだろう。君が持っているなら別だが。それに仮に電源が確保できても隔離されてるというこの世界じゃあ電波が拾えないだろう」

 

 電波が通る程度の別世界ならすでに幻想郷は露見しているべきだろう。

 

 「少々難しかったけどつまりこれは使えないんだね。ならこれは‥‥」

 

 そうして霧之助は他にもいくつか道具を見せ使用法を川上に問うた。携帯電話等ほとんどが使用不可能なものばかりで霧之助を落胆させたが、いくつかは使えない事もないものもあった。その使用法を川上を教えると霧之助は嬉しそうに礼を言った。

 

 そして最後に

 

 「じゃあこれはどうだろう?」

 

 霧之助は鈍い光の鉄で出来たそれをゴトリとテーブルの上に置いた、それを見て川上の眉がピクリと動いた。

 

 「これは『拳銃』と言って弾を射出するための道具のようだ。危なそうだから僕は弄っていないけどこれがあれば誰でも弾幕ごっこが出来るかもとおもってね」

 

 「これは‥‥鉄砲ですか? 変わった形ですが‥‥」

 

 咲夜は銃のことをある程度知っていたのかそう言う。まさか火縄銃やフリントロックと比べているのだろうか?

 

 「でもなんかこれも精密そうですが使えるのですかね?」

 

 「使える」

 

 整備のされていない銃など壊れてて当然だろうし暴発の危険もあり危険極まりない。咲夜の当然の疑問に川上は一言だけでそう答えた。

 

 「川上?」

 

 「使える。この銃はまだ『生きて』いる」

 

 川上は銃を見ているようで別のなにかを視ているような眼付きでそう言い切った。

 

 「店主」

 

 「なんだい?」

 

 「これの用途を弾を射出するといったがそれは少し違う」

 

 川上な腰の刀の柄を指先で叩きながら言った。

 

 「これの用途はこの刀と同じ、『人殺し』だ」

 

 「なっ!」

 

 川上は冷たくしかしどこか面白がっているように言った。

 

 「そうですね鉄砲の用途は人の殺傷ですわ」

 

 「そうか、だったら『ごっこ』にはつかえないな‥‥」

 

 落胆する霧之助だが、川上はなおも銃を鋭い眼で観察している。

 

 「キンバー社の45口径、コルト社のガバメントのコピーか。マイナーだな」

 

 そう独り言のように呟く。

 

 「これの使い方は分かるかい?」

 

 「分かる」

 

 「教えてくれないか?」

 

 そう言われて川上は銃を手に取り実際に撃ってみせることはせず。

 

 「まず、銃身をクリーニングしたらマガジンを装填しスライドを引いて薬室に弾を送ったら安全装置を外し引き金を引けば撃てる」

 

 口頭の説明で済ませた。

 

 「‥‥実際に撃ってみてはくれないのかい?」

 

 「銃は嫌いでね、必要もないなら撃つどころか触りたくもない」

 

 必要ならその限りではないがねといいながら川上は笑う。それはどこか自嘲気味だった。

 

 「それで、もう用は済んだかい」

 

 「あぁ、もう大体の道具はみてもらった。世話になったね」

 

 「そうか、だったら俺はこれで失礼させてもらう」

 

 「では私も失礼しましすわ」

 

 「あぁ、ありがとう。なにかあったらまた来るといいよ」

 

 そんな霧之助の声を背に二人は店を出た。

 

 「ちょっと意外だったわ」

 

 「なにが」

 

 店の外、早速帰路を歩きながらタバコに火を点ける川上に咲夜が言った。

 

 「貴方だったらあの銃に興味を示し欲しがるとおもって」

 

 咲夜の言葉に川上は無表情のまま

 

 「言ったろ」

 

 「嫌いなんだ」

 

 ──吐き捨てた。


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