武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

53 / 140
『歴史』


第53話

人里を出て暫くの森の中で上白沢慧音は沈黙していた。

 

青みがかった艶のある長髪に落ち着きと聡明さを感じさせる綺麗な顔立ちの彼女だったが、今その顔色は紙の色に近い。

 

森の中、多数の人間の死体が発見されたと報告を受け里の者数名と共に検分に来た彼女だったが。

 

「…酷い」

 

改めて目の前の凄惨な光景にそう呟いた。

 

そこには比較的新しい死体が10人以上散らかっていた、内臓を零し、腕が飛び、頭が割れ脳を零し、首が胴体と生き別れとなり、腹に大穴が空き壮絶な骸を晒している、また野良妖怪か動物に荒らされたのか貪られた形跡のある死体もあった、森から外れた所でも死体が見つかっている犠牲者はのべ20人以上か、さらに季節は夏である、死後ある程度は時間がたっている事もあり吐き気を催す酸鼻な臭いが漂っていた。

 

「本当に酷いですね」

 

慧音の後ろから共に検分について来た里の若者が言った、すでに吐いてきたのだろう、顔は青白く手拭きで口元を抑えていた。

 

「大丈夫か?」

 

「えぇ、何とか、先生は大丈夫何ですか」

 

「大丈夫とは言わないが君よりはこういうのには慣れているよ」

 

若者に答えつつ、慧音はまだ死体を改めている里の者達に目を戻した、死体を調べた結果少なくとも里に住まう人間ではないと分かった、もっとも里の人間だったらより大事になっているだろう。

 

「一体何があったんですかね、みな武装してるし荒くれ共が仲間割れでもしたのでしょうか?」

 

「そういう様子ではない、な」

 

「先生はわかるんですか?」

 

「いや、精々推測しか出来ないんだが…」

 

慧音が見た限り妙な現場だった、皆武装しており抜刀して死んでいるから争いの結果なのは明らかだ、しかし。

 

「殆どは刀傷だ、しかも切り口からして相当な手練に間違いない」

 

「単身の仕業って事ですか?なら、刃物を使う物の怪の類ですか」

 

「そうかも知れないんだが、少しおかしい」

 

「何処がですか?」

 

「争いがあったのは事実だろうが争った痕がないんだ」

 

そう、硬めの口調で話す慧音に若者は首を傾げる、争ったのに争った痕がない?

 

「どういう意味です」

 

「彼らの武器を見てみなさい、争ったのに刀剣類に血の一滴はおろか激しい刃こぼれや打ち込み疵、折れなどの損傷がない」

 

恐らく野盗などの類の荒くれ共の死体は皆武器を持ち争おうとしたのは違いないが、その刀などは以前からと思われる小さな刃こぼれくらいしか傷みが無かった。

 

「恐らくだが戦ったが傷を負わせる事はおろか、切り結ぶ事さえ出来なかったのだろう」

 

「……抗ったのに一方的に殺されたって事ですか」

 

若者はそう白い顔で呟く、この人数が一方的に単騎に蹂躙されるとは、戦闘力の次元が違ったのだろう、しかし…

 

「それほどの事をやってのけたという事はやはり妖怪では?」

 

妖怪は文字通り人外の力を有している、単騎でそれほどの力を持っているなら妖怪と考えるのが自然だと若者は考えた。

 

「その可能性もあるが、犠牲者は里の外で生きてきた人々の集まりだ、彼らも馬鹿じゃない、危険だと理解している妖怪と争うだろうか」

 

そう言われて若者も考える、野良妖怪の危険は里の人間でも理解してる、まして危険な里の外で生活していた連中がその危険な妖怪に自ら争いを仕掛けるだろうか、死体は立ち向かっていった形で死んでるように見える、なら?

 

「まさか相手は…」

 

まさかという思いで若者はそれを言いかけたが

 

「人間」

 

続きは慧音が口にした。

 

「私の勘だがな」

 

「先生!ここで死んでる連中は銭を一人も持ってない、多分盗られちょる!」

 

死体を見聞していた里の者が一人立ち上がり慧音にそう言った。

 

「金を取る…」

 

「ますます人間的だな」

 

呟く若者にそう慧音は言う。

 

「でも先生、全部で数十人、武装して荒事になれてるような連中です」

 

思い直したように若者は慧音に反論する。

 

「一人でこれを全部切り殺すなんて人間に出来る事ではないですよ」

 

「人間を甘く見過ぎだよ」

 

慧音は若者にハンカチを渡しながら言った、彼は凄惨な光景と暑さにも当てられたのかただでさえ色の無い顔に冷や汗までかいていた。

 

「少し休んでなさい」

 

「先生は?」

 

言いながら竹の水筒を渡す慧音に若者が聞く。

 

「私はもう少し調べる、この後弔ってあげないとだしな」

 

そういい慧音は血と腐臭の立ち上る現場に足を進めようとして地面に白い物が落ちているのに気付きそれを拾った。

 

「煙草か」

 

それは煙草の吸殻だったさほど珍しくもない紙巻き煙草の、最近里の愛煙家の間で流行りだしてるフィルター付きでもない両切り。

 

まだ新しいそれがこの現場と関係あるものかもしれないと慧音は思いそれを懐紙に包み懐にいれた。

 

 

 

博麗神社では室内で三人が卓を囲んでいた。

 

レミリアはちゃぶ台の上に上体を乗せだれており、咲夜は座布団の上に綺麗に正座し、川上は刀を置き壁に背を預け胡座をかいていた。

 

「畳の上も落ち着くわねぇ」

 

レミリアは弛緩した空気の中誰にともなく呟いた、洋館住まいだが和式も好むようだ。

 

「なら館に和室でも作ったら」

 

軽口を返しつつ戻ってきた霊夢が各々の前に冷たいお茶を配る、歓迎してないような態度ながらその実博麗の巫女は来るもの拒まずである。

 

「それもいいわねぇ」

 

本気なのかそうなのかわからないたいして考えてないような間延びした口調で言いながらレミリアは卓の真ん中に置かれていた赤い林檎の果実を手に取りぼんやりとした様子でそれを川上に渡す。

 

「剥いて」

 

若干甘えたようなニュアンスでそう言われた川上は何も言わずにポケットから折り畳みナイフを取り出しブレードを起こすとシャリシャリと剥きだした。

 

 

「レミリア、眠いの?」

 

ずいぶん弛緩した様子のレミリアに霊夢がお茶を啜りつつ聞く。

 

「眠くないわよ、ただ道中暑かったから、ここは涼しくわねぇ」

 

レミリアもまた冷たいお茶を飲みつつ答える、神社の和室は風通しも良く中々快適だった、軒先に吊るされた風鈴が涼しげな澄んだ音を立てる。

 

川上が手際良く等分した林檎を傍らに置いてあった新聞紙に乗せ卓に差し出した、ちなみに果汁が染みた新聞紙には文々。新聞とあった。

 

川上が切った林檎は皮を全部剥かずV字に切られて何故かウサギの形に可愛らしく剥かれていたが、あえて誰も突っ込まない、いや内心咲夜は噴き出しかけたが表情には出さなかった。

 

「まぁ、そんな事よりも今日は霊夢に新しい私の忠実な使用人を紹介しておこうと思ってね」

 

シャリシャリと林檎を食べつつレミリアは川上に目を向けた。

 

「川上さんでしょ知ってるわ」

 

当の本人は会話を聞いているのかいないのか煙草に火を点けている姿は全く忠実そうには見えない。

 

「なんだ、知ってたのね」

 

「一度会っただけだけどね」

 

林檎を囓りつつもつまらなそうに言うレミリアに霊夢も林檎を一切れ食べつつ答える。

 

「ふうん、なら•••」

 

レミリアは口の端を吊り上げ笑みを浮かべた、吸血鬼の特徴である牙が覗く。

 

「実力の方は知ってるかしらーーー」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。