武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

55 / 140
第55話

博麗神社——賽銭箱に腰掛け自身の帽子を手の中で弄びつつ魔理沙は境内で対峙している二人を見ていた

 

口の端に笑みを浮かべながら

 

普段澄ました顔した霊夢が負ける所が見れるかもと魔理沙は期待していた、少し捻くれた彼女は普段滅多に失敗しない友人の失態を見るのが密かに好きだった。

 

当の霊夢と川上は二間の距離を挟んで対峙していた。

 

霊夢は左前の半身になり左手をゆるりと挙げて軽く肩の前に構える。

 

川上は自然な立ち姿から膝をえまして僅か腰を落としやはり左手を自分の生中線の前鳩尾の高さで柔らかく構える。

 

霊夢も川上も互いの呼吸や拍子を測り隙を伺うが、両者とも隙が、ない

 

「もう始まってます」

 

咲夜が言った、誰が開始の合図をするでもなく二人は自然と始めていた。

 

にわかに風が吹き 何処かで澄んだ鳥の鳴き声がした。

 

そして立合に没入する

 

程度の手合いなら楽なのだが、川上はそう思う。

 

「綺麗な声だな」

 

静かにそう言った川上に

 

「近くの木に巣をつくってるみたいね」

 

霊夢は答える。

 

周りが見えている、実戦の心得くらい当たり前にもっているかと川上は思う。

 

隙がない、呼吸も読めない、間も盗めない、今の会話で隙が出来るかとも思ったがまるで崩せない。

 

出来る、霊夢と川上は互いにそう思った。

 

ざり、と歩み足で川上が少し距離を詰める、両者が交錯するにはまだ遠い。

 

「…ずいぶん大人しいわねぇ」

 

「下手に動けないんですよ二人とも」

 

つぶやいたレミリアに咲夜が言う。

 

互いに手練れである以上お互い下手に仕掛けられない、隙のない相手に強引に攻めるのは負けを意味する、攻めようという意自体が隙だからだ。

 

故に武術では如何に相手を崩すかが重要だ、崩せば、相手に隙を作れば勝てる。

 

まずは崩す、そしてきっかけを掴んだ方が勝ちだ。

 

その定石に則って川上は動いた、煙草の空パックを懐に戻した時密かに右手の内に握りこんでいた飛針と呼ばれる細い棒手裏剣を手から自然に落とし、中空で霊夢に向かって蹴り飛ばした。

 

しかし回転しながら迫った飛針を霊夢は左手の広い袖部分で弾いた、飛び道具は意外と布生地で留めることが出来る。

 

駄目か、川上は思った、今のを咄嗟に避けようとしたり当たって怯んだりして体制が崩れたらそこで決めるつもりだったがしかし体幹を一切揺らさず顔色一つ変えずに防がれた。

 

不意打ちの邪法だが、手の内に握り込んでいたのを読んでいたか、咄嗟にあの余裕で受けたのか、どちらせよに尋常のモノではない。

 

そして、また降着する、川上が左半身の霊夢の外に回り込むように一歩進めると霊夢も応じて外に回り込まれぬようにゆるりと足を進め、そんなせめぎ合いを暫く続けていると、やがて両者は互い手の届く距離に踏み入れていた。

 

周りの緊張感が俄かに高まる、完全に交戦距離に入り咲夜や魔理沙が息を飲み立合を見守る、しかし当の川上と霊夢はその距離にあって緊張もなく無駄に力まず脱力を保っていた。

 

この距離から相手の崩すか隙を突くかの駆け引きが応酬されるか、しかしお互い下手に仕掛けられないのは変わらない。

 

先に仕掛けたのは霊夢だった。

 

前に出していた左手の一閃、川上の顎を狙う順突きだった、とっさに川上は軽く構えていた左腕を上げ前腕でガードした。

 

「ッつ」

 

早い

 

踏み込みも体重移動もない肩から先だけで打った軽い当身だが起りが全く見えず早く、川上でも突き手を掌握するような事が出来なかった、しかも

 

拳が硬い

 

そう川上は思った重さはないにしろ当てる瞬間握りこみ撃ち抜くような突きは受けた前腕の骨の髄に痺れが走った、顎に貰ってたら決めれていただろう。

 

崩すための牽制の突きだったが、川上は舌を巻いた、だが川上を崩すにはいたらなかった。

 

そうして三たびの膠着、流石に同じ突きを二度も用いる程霊夢も愚かではない、同じ手を使えば今度は流石に対処されるだろう、川上のような手練に突き手を掌握されたらそこで勝負ありである。

 

相手を崩す切っ掛けが掴めない、こうなってくると

 

「根比べ、ですかね」

 

咲夜がポツリと言った。

 

お互い下手に先に動くと負けるという状況に陥っている、そうなると微妙なせめぎ合いの中でどちらかが集中を切らして僅かにでも隙を見せたほうが負けという持久戦にもつれこんでくるか。

 

「根比べ?」

 

レミリアが言った

 

「あの二人が?」

 

「……」

 

レミリアの言葉に咲夜もまた考える。

 

霊夢と川上、二人の気性、果たして二人が相手の集中が切れるまで待つ・・

 

か?

 

はたして、咲夜が考えた通り二人は呑気だが面倒をさっさと終わらせようとする気性故、待つのではなく埒が明かない状況に自ら埒が明ける。

 

先に動いたのは再び霊夢だった、彼女は右手を伸ばし川上の襟首を掴みにいった、別段早くもなくまるで服のゴミでもとるような無造作な動きだった。

 

その無造作故に攻めの意も起こりも捉えられない、武術の強みは早さばかりではない、反応しやすい早さより意識の死角に入る遅い動きも時には有効だ。

 

霊夢としてはこの掴み手に反応されてもされなくてもどっちでもよかった、川上が反応出来なかったらそのまま襟首を掴むと同時、崩しを入れて投げて固める、それで終わりだ

 

そして川上が反応してしまっても

 

川上は無造作に襟首を掴みに来た霊夢の手首をとっさに掴んでしまった、同時に川上が何かするより早く霊夢は一気に腰を落とし沈みこむ、川上は掴んだ霊夢の手を反射的に離せなくなり、霊夢の沈む動作で川上は逆に腰が浮いてしまう、見事な崩しの手管。

 

霊夢はその動きの流れを切らずに自らの右手首を掴む川上の左腕上腕外側に自分の左前腕を持っていくと手首を掴まれた右手で掴んでいる川上の左手首を巻くように内に絡めて腰を使い川上の上腕外側に添えた左手を川上の前腕内側から右手で迎えにいき川上の肘を順関節気味に、それに伴い肩を完全に極めた、肘の筋が伸びて悲鳴をあげ、肩も上がり、激痛と反射で川上は背を逸らしてしまう。

 

襟首を掴みにいく動作からここまで流水の様に自然で淀みのない見事な技前だった、しまったなと川上は他人事のように思う、この状態まで持っていかれては抜けるのは不可能に近かった。

 

霊夢は極めた川上の腕はキープした状態で右足を引きつつ一気に腰を落とし投げにかかった、このまま倒して固めれば終わり、この投げの動作に無理に堪えようとすれば肘が砕けて筋が破断するだけである。

 

しかし投げにいった刹那の出来事、霊夢は僅か違和感を感じた一瞬極めている腕に感じる手応えが緩んだ、川上の足が地から浮いたのである、倒れるにしても僅かに早かった、おそらく完全に崩れる前に自ら後返り受身を取り逃げるつもりだと霊夢は咄嗟に判断した、甘い、霊夢はそれに反応し一気に腰を落とす、自ら飛んだのならまともに受身など取らせず空中で背中から地面に落とす!

 

しかし、その刹那、首と肩に何かが絡んだ瞬間には霊夢の視界は反転していた。

 

「——え?」

 

天地が逆転した事に頭での理解は追いつかなかったが、霊夢の体は反射的に動き頭から落ちないよう最低限の受け身を取った。

 

何故自分が?確実に投げたと思ったのに逆に投げられた?そう一瞬考えたのが致命的だった。

 

川上は倒れた霊夢の上を既に取っていた、まずい!霊夢がそう思った瞬間には腕を取られ肩関節を極められていた。

 

肩に走る激痛、しかし倒された状態ならまだ返せる、と思った瞬間肩だけでなく、全身に激痛が走り霊夢は声すら出せなくなった。

 

川上の足が霊夢の鼠蹊部、股関節と太ももの付け根にある点穴を押さえていた。肩を極められ足の起点の点穴を抑えられてたもう動く事はまず不可能。

 

「そこまでよ」

 

姿なき声が静かに止めを告げた。それで川上も固め技を辞めて霊夢を開放する。

 

「…勝負ありですね」

 

「えぇ」

 

冷静に告げる咲夜にレミリアが返す、勝負はそこそこ楽しめたのか短い返答だが声色は満足そうだった。

 

「つ、ぅ、」

 

別に何処かを傷めたわけではないが固め技の激痛が尾を引いているのか少し呻きつつ霊夢が立ち上がる。

 

「紫、私は何をされたの」

 

巫女服をはたき汚れを落としながら、霊夢は尋ねた。

 

「簡単な返し技ですわ、彼は投げらながら足絡みを貴方にかけて自分が上をとるよう貴方を一緒に倒しただけです」

 

「…あー」

 

姿なき声に霊夢はそういう返し技があったかと得心したような、声を出した。

 

川上は既に一仕事終えた後の一服に火を付けていた。

 

 

ずっと無言で霊夢と川上の勝負を見届けていた魔理沙は始まる前とは打って変わって何処か面白くなさそうに口をへの字に曲げて二人を見ていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。