武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第56話

博麗神社境内

 

つい先ほどまでは5人しか居なかったその場にいつの間にか6人目が現れていた。

 

まるで何もない場所から突然現れように、あるいは始めからいたかのように。

 

その人物は容姿を見れば可憐な少女だった。長い金髪をいくつかの房にわけてリボンで束ねておりやはりリボンのついた帽子を被っていた。

 

体つきは少女としては比較的長身で160cm台前半か、服装はゆったりとした紫のフリルのついたドレスに白い手袋をして、手には畳んだ日傘を持っていた。

 

顔つきは何処か幼さを残すが口元を釣り上げるような何処か不吉な笑みには幼さとは矛盾した妖艶さを感じさせる。

 

いつの間にか現れていた少女に特に驚くようなまともなものはこの場にいなかった、いや、先程から聞こえていた姿なき声の主を皆知っていたのである。

 

すなわち彼女が幻想郷の賢者と言われ、幻想郷最古参の妖怪、スキマ妖怪と言われる八雲紫である。

 

霊夢は既に立ち上がり巫女服を叩き汚れを軽く落とす、紫がいつの間にか現れてる事には霊夢にはなれっこであった。もとより神出鬼没な妖怪である。

 

「だから常々言っているでしょう。貴女は稽古不足だと、だから体術で簡単に遅れをとるのです。」

 

紫は霊夢に対してそう叱責する、その声は少女のような高く甘さを含んでいたが、同時に口調はその声色に似合わぬ落ち着きと色気も含んでいた。

 

八雲紫は少女のように見えるが何故か妙齢の女性にも思える、そんな矛盾した印象の妖怪だった。

 

「悪かったわね、元々体術は専門外なのよ。」

 

霊夢は紫に面倒くさそうに反論する。

 

「巫女として巫術はもちろん、体術も修めていて当たり前です。大体彼も本気を出していない事くらい貴女も分かっているでしょう、せめて彼を本気にさせるくらいには稽古して欲しいですわね。」

 

霊夢は叱責されながら、どこ吹く風というように極められた肩を回して傷めてないか確認していた、特に筋などは伸びたりしていない。

 

その二人のやり取りを他の四人は特に表情も変えずに見ている、割りと見慣れた光景だったのかも知れない。

 

いや、一人だけ、初めて、正確には初めてではないが、、、川上は八雲紫を見て目を細めていた、これまで彼が見せた事のない表情だった、目ざとく咲夜だけは川上の表情の変化を見てとっていた。

 

「なんにせよ、これで体術の稽古の必要も理解出来たでしょう。精進しなさい、何なら彼から稽古を付けてもらうのもいいかも知れないですわね」

 

紫の言葉に霊夢は何も反論せず溜息を一つついた。やはりやらなきゃ良かった、霊夢はそう思った。

 

歴代巫女最高とも言われる天賦の才の持ち主である博麗の麒麟児である霊夢だったが、その最大の欠点が努力嫌いな点であった。

 

そして当の川上は二人のやり取りに興味を失ったかのように明後日の方角を向きタバコを吹かしていた。

 

「と、失礼、ご挨拶がまだでしたね」

 

ふと川上の真後ろから紫の声が聞こえた、川上が視線を外すまでは霊夢の方に居たはずだが、川上は特に驚きもせずタバコを携帯灰皿に押し付け振り返る。

 

「こうして、ちゃんと挨拶するのは初めてでしたわね、私は八雲紫と言います、以後お見知り置きを」

 

紫は口元を扇子で隠しつつ、表向き丁寧に川上に挨拶した、口元は見えないが眼が嗤っていた。

 

「川上という、以後適当に宜しく頼む」

 

そして川上はいつも通りに完結に適当な挨拶を返す、紫を見る目は先程とは違いいつも通りの眠たげな眼だ。

 

「約束の物は?」

 

川上は短くそう要求した、川上がこの勝負に乗ったのは勝ったら取れる褒美の為だ。

 

「せっかちですわね、そう急く必要はありません、これでしょう?」

 

紫はそういいつつスキマ妖怪と呼ばれる所以の空間の裂け目から二つの包みを取り出した。

 

一つは無地の臙脂色の刀袋に包まれたものでもう一つは艶やかな西陣織りに包まれたもの。

 

「新々刀、刀工は固山宗次。裁断銘三つ胴土壇入り。二尺三寸五分、優しい太刀姿に近いですわ。白鞘入り、拵えは半太刀拵えです」

 

川上は白鞘入りの刀身と拵えの二つを紫から受けとると、短く礼をいい、踵を返した。

 

「その男をここに呼んだのはお前か」

 

川上が咲夜に預けていた刀を受け取っているときレミリアが突然断定口調で何処か楽しそうに言った。

 

それは八雲紫への問いかけであった。

 

「さぁ、どうでしょうね」

 

紫は口元を扇子で隠しながらクスクスと鈴を転がすような声で小さく笑い、レミリアもそれ以上言及せず紫と同じように笑った。

 

「貴方、よろしければ、うちの霊夢にまた稽古つけて居ただけないでしょうか」

 

紫のその言葉は川上に向けられていた。川上は紫を一瞥しただけで答えは変えさなかった。

 

「いずれまたそうなるわ、そういずれね」

 

紫はそう一人ごちてまたクスクスと笑った、その様は愛らしい見かけに拘らず胡散臭さに溢れていた。

 

「そろそろ帰りましょうか」

 

「かしこまりました」

 

レミリアの言葉に咲夜は日傘を開く、川上は帯剣しなおしていたが、さらに左手に二本の刀袋を持つ。

 

ふと霊夢は賽銭箱に腰掛けていた友人がいつの間にか居なくなっていた事に気付いたが、帰ったのだろうと判断した。

 

「あいつは何しに来たのかしら」

 

そう小さく呟く霊夢だったがすぐにどうでもよくなり、食事の用意をどうするかという事に感心が移ってしまった。


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