武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第59話

紅魔館

 

ふと自室にいたレミリアは窓辺に歩き窓から外を見下ろす。

 

そこからは紅魔館庭園から正面門から霧の湖まで見通せる。

 

そして門の前には帯刀した一人の男が立っていた、紅魔館新人使用人の川上である。

 

彼は美鈴の休憩中の交代として門番に立っていた、レミリアは口元に薄い笑みを浮かべてお気に入りのその男を自室から眺める。

 

彼のいる門前から屋敷内4階レミリアの私室まではかなりの距離が離れていたが、身体能力の高い吸血鬼の眼は川上の表情まではっきり見通す事が出来た。

 

ふとその無表情な横顔が軽く振り返りその眼がレミリアと合う。

 

流石にこの距離で室内から見ている事に気付かれるとか思わなかったのかレミリアは少し驚く、それとも目が合ったのは偶然だったか?おそらくそうではあるまい。

 

ちょっと驚いたがとりあえずレミリアは笑顔で川上に向って手を振った、労いのつもりだが、幼く愛らしい笑顔での労いはメイド長あたりならご満悦だったろう。

 

しかし川上は申し訳程度の返礼のつもりか軽く手を挙げると、視線をあっさり切って、門番の仕事に戻った。

 

レミリアはちょっと拗ねたような顔をした、つれない男、などと内心思いつつ。

 

レミリアは窓際から離れてテーブルの上に置いてあるベルを鳴らした。

 

りんりん、という澄んだ音がなって数秒、レミリアしか居なかった室内に気配もなくドアの前に唐突に銀髪のメイドが現れた。

 

「お呼びでしょうか、お嬢様」

 

呼び出しに応じて参じたのは紅魔館のメイド長、十六夜咲夜だった。

 

「お茶をお願い、今日はアールグレイで」

 

「かしこまりました」

 

主人の希望を了承すると昨夜は右足を引き右回りに体を反転させ右足を戻すというメイドというより軍隊さながらの回れ右をするとそのまま歩いて退室せず、来た時と同じく唐突に姿を消した。

 

それを見届けるでもなくレミリアは椅子に座り両手をテーブルの上で組んで一つため息を吐いた。

 

「お待たせしました」

 

そこにちょうど咲夜がティーセットを持ちテーブルの横に現れた、待たせた等といいつつも部屋を出て行ってから10秒もたってなかった、本人は時間停止能力のせいで時間感覚がおかしくなっているのかもしれない。

 

「ん、ありがとう、今日も暑いわね」

 

ティーポットからカップに紅茶を注ぐ咲夜にレミリアは礼を言いつつぼやく、暑いといいつつも紅茶はホットだったが、紅茶は熱いのが一番美味しいというレミリアのちょっとしたこだわりだった。

 

「今日は日差しも強いですので」

 

答えつつ、咲夜はレミリアの前に静かにティーカップを置く、まずレミリアはカップを持ち香りを楽しむ、ベルガモットという柑橘類で香りをつけた柑橘系の爽やかさと華やかな香りがアールグレイの魅力だ。

 

カップに口をつけて一口飲み、レミリアは窓を見た、外はさぞ厳しい日差しが降り注いでるだろう。

 

「あの子にも飲み物でも差し入れてあげなさい」

 

この日差しの中での外での立ち仕事の川上を気遣っての言葉だった、レミリアは我儘であるが館の主として下の人間を気遣う度量も持ち合わせている。

 

「それでしたらすでに持たせてあります」

 

「流石ね」

 

「恐縮です」

 

そして咲夜もまたメイド長として部下を気遣う器があった、彼女はメイドとしてだけではなく管理者としても優秀であった。

 

紅魔館門前

 

門壁に軽く背中を預けて川上は立っていた、壁には野太刀が立て掛けてあり、腰に刀を一振り差している、日差しは厳しく普段は涼しげな顔も僅かに汗ばんでいた。着ている使用人用の黒の紳士服も見るからに暑苦しい。

 

ふと、遠くから一人の人間が歩いてくるのが見えた、どうやらこの館に向かって来るようだ。

 

川上は咲夜から持たされた水筒を取り上げて飲んだ、中身は塩分と糖分を加え香料で香り付けした補給水だ。

 

向かってくる相手がはっきり見える距離になった、薄汚れた和装に袴姿だ、歳の頃は30代後半か。

 

川上は懐からゴールデンバットのソフトパックを取り出し一本抜くと浅く咥え火を点けた、のんびりと煙を吸い、吐く。

 

川上が2本目のタバコに火を点けた頃には男は10メートル近くまで来ていた男は無造作な動作で小型の火縄銃である短筒を取り出し火縄に火を点けると火挟に火縄を挟み射撃準備をする、洗練とは程遠い手際だった。

 

川上に向かい銃口を上げ火蓋を切った。

 

川上は指に深く挟んだシガレットを口にやりゆっくりと煙を吸った。

 

男は川上に向け引き金を引いた。

 

辺りに轟く銃声と共に川上の頭の斜め上の門壁に着弾し砕けた破片が川上の肩に落ちる、川上は発砲されても咥えタバコのまま一歩も動かなかった、男の射撃の技量はお粗末だった、いやうつむき気味でそもそもまともに狙ってすらいなかったのかもしれない。

 

男は再装填もしようともせず短筒を地面に投げ打ち、無造作に門前へと歩み寄ってくる、川上はタバコを最後に一服吸うと地面に落とし靴で踏み消した。

 

男は川上の二メートル前で立ち止まった、男の腰には大小が二本差しされていた、お互いの剣共に抜き打ちの間合いに入っている。

 

「用件は?」

 

「あ、あぁ?」

 

川上の言葉に反応し、男は顔を上げ目の前の館を仰いだ、まるで今始めて自分がどこにいるのか理解したような反応。

 

「ここは確か・・悪魔の館だったな」

 

ボソボソと呟く男、その目は正気ではなく、澱みきっており凄まじい憎悪と殺意を発散していた。

 

「用件は」

 

「皆殺しだ」

 

「帰れ」

 

男の物騒な言葉に即答する川上、即座に斬ってしまわないのは川上としては自重している方か。

 

「俺の妻と娘は里の外で下劣な妖怪に喰い殺された」

 

男は聞いてもいない自分語りを始めてしまい川上は内心溜息をついた、狂ってしまっているのかあるいは悲劇に襲われた自分に酔っているのだろうと川上は思った。

 

「奴らは理性も無ければ品もないのか俺が慌てて探し出した時には二人とも食い残しがグチャグチャさ、これでも大事にしてきた家族だったんだけどな」

 

男は陰気にくく、と笑った、対する川上は男をつまらないもののように見ている。

 

「だからそいつを探し出してぶち殺すために里の外で化け物をぶち殺しまくったって訳だ」

 

危うい笑みを浮かべつつ男はいうが、一人で妖怪狩りをするなど自殺行為に近い狂気の沙汰だ、しかし男は実際に妖怪を殺して生き残ってきたのだろう、服の汚れは良く見ると茶褐色がこびり付いている。

 

葉隠れに曰く、正気にては大業ならず。

 

「スペルカードルールだかなんだかしらねぇが、俺達普通の人間にそんなことが出来るかよ!それが出来なきゃ結局大人しく食われるしかないってのか、妖怪の賢者だか巫女だか偉そうに平等を唱えるがふざけんじゃねぇぞっ!!」

 

男が吼えた、この幻想郷の欺瞞、いや世界そのものへの理不尽への憎悪の叫び。

 

銃声を聞きつけたのか館のレミリアの私室から窓越しにレミリアと咲夜も様子を見ていた、レミリアは表情は毅然としていたがまるで縋るように咲夜のスカートの裾を摘んでいた。

 

「何故俺の妻が、娘が殺されなきゃならなかった」

 

「弱いからだ」

 

一転して泣きそうに呻くように言った男に川上は冷たく返した、男がハッと顔をあげる。

 

「身を守る力もなかったのは弱いからだ」

 

男は呆然とした顔で川上を見返していた。

 

「身を守るための知恵や知識を付けようともしなかったのは弱いからだ」

 

男の表情が変わっていく、何故か惚けたような笑みを浮かべる

 

「身を守る力も知恵も危機管理もなかった、弱いから殺された、それだけの事だろう」

 

「そんな喚くような事じゃない」

 

川上のあくまで冷静な物言いに男の顔が笑みからゆっくりと憤怒の鬼相に変化した。

 

もうお互いなにも言うことはなかった、男は静かに腰を少し落とし川上はただ立ったままだった。

 

刹那の瞬間には二人は交わっていた、男が抜き打たんとする機先を制し一瞬で刀の柄にかけた男の右手を川上が距離を一歩つめ自身の右手で抑えた、当然男は抜けない。

 

男の判断は早く即座に鯉口にかけていた左手を上げたがそれより遥かに早く川上の左手の指が相手の右眼を抉っていた。

 

眼球は案外硬いものであるが鍛えられた川上の指は簡単に相手の眼を突き破った。

 

呻いて男の刀の柄を握る右手が緩んだ瞬間、川上が相手の刀の柄尻を右手で捉え相手に向けて跳ね上げた、狙い違わず男自身の腰の刀の鍔が男の無事な左目をしたたかに打った。

 

両目とも破壊されてなお男は振り上げた左拳を闇雲に振り下ろした、見えなくてもすぐ前に敵はいると思っての攻撃、しかし拳は空を切った。

 

川上は既に相手の前から間合いをとっていた、その右手には下がり際鞘から抜き取った相手自身の刀が刃を上向きにして握られている。

 

川上は刀身の中程に左手を添えて腰を入れて突き込み、それはあっさり相手の首を貫いた。

 

「ち、く、しょう」

 

男は自らの首を貫く刀身を掴みながら怨むように呻いた、気管は無事だったのか。

 

川上は峰に添えた左手で刀を上に突き上げる、上を向いたまま刺さった刃は首を下から上へ裂き顎に当たって止まった。

 

「ち、く」

 

川上は柄を捻って刀身を90度回転させた。そのまま下がりながら刀を抜く、男の首から血しぶきが上がった。

 

男はそれでも破壊されて血涙を流した眼窩で川上を睨み何か言いたげに血の溢れる口を動かしていたが言葉にならず、やがて糸が切れたように前のめりに倒れた。

 

男は死んだ。

 

川上は頬を濡らす返り血を手の甲で拭い、刀を改めた。

 

男の刀は相当酷使をしてきたのだろう、刃は脂がこびりつき大小の刃毀れだらけで鋸刃状態になっていた。

 

「履き違えた平等を唱えるなど欺瞞だというのは同意だ」

 

川上は一人つぶやいた。

 

「不平等こそが平等だ」

 

川上は刀を地面に突き立てた。

 

 

 

 

 

「…哀れですね」

 

レミリアの私室から一部始終を見ていた咲夜はそう呟いた、彼女なら川上が男を殺す前に仲裁する事も出来たが、咲夜はそうはしなかった。

 

「哀れんじゃ駄目よ」

 

レミリアはもう窓際から離れてテーブルへと歩きつつ言った。

 

「その同情はただの傲慢よ」

 

レミリアは席に座りつつ言った。

 

「…はい」

 

咲夜は答えた、主人のいう通りである、しかし一方で思う。

 

「迷ったの?」

 

咲夜は答えられなかった、止めるべきではと思ってしまったのだ。何を馬鹿な、相手はこの館に害意があったのだ、それにもう終わってしまった事だ。

 

「貴女は間違っていないわ」

 

「あの男は死にたがっていた」

 

「そうかも、知れませんね」

 

咲夜もそう感じたからこそ動かなかったのかも知れない、川上が介錯するのが相応しいと。

 

「おいで」

 

レミリアは柔らかい声で咲夜を呼んだ。

 

「はい」

 

「しゃがんで」

 

咲夜は主の膝元に騎士のように片膝をついた。レミリアは咲夜の前髪をあげると額に口付けた。

 

「お嬢様」

 

「紅茶が冷めてしまったわね。咲夜、淹れなおしてくれる?」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

少し頬が紅潮した咲夜は立ち上がると、レミリアの小さく柔らかい手を取りその甲にキスを返した。

 

 

迷いは消えていた、咲夜は笑顔を一つレミリアに向け退室した。

 

残されたレミリアの顔にふと寂しげな表情を掠める。

 

いや、王たる吸血鬼としてこんな時にあげる表情として相応しくない、レミリアは思った。

 

レミリアは一人口の端を釣り上げるように笑みを浮かべた。

 

 

 

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