武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第60話

とある田舎の小さな建物

 

中は板張りの床に建物は木で組まれ窓がガラスではなく障子がはめ込まれた武家屋敷のような作り。

 

十畳程の広さで北西の位置に神棚が祀ってあり、また『香取大明神』『鹿島大明神』の二柱の神の名が書かれた掛軸が掛けられている。

 

また壁にある刀掛けにいくつもの木剣が掛けられていた。

 

ここはとある古流剣術を伝えている道場であった。

 

その道場にゆっくりと血だまりが広がっていく。

 

袴に稽古着の五人の人間が倒れ、血の池に沈んでいた、この道場の高弟も二人を含め1人を除き全滅、返り血に染まったゆったりとした黒服に身を包んだ青年が血刀を引っさげて立っていた。

 

あっという間だった、稽古中の事だ、皆が木剣で組太刀していた時、道場の門を開いて風のように入ってきた青年は真剣で五人を撫で斬りにした、突然の事に誰も何も出来ないまま斬り伏せられた。

 

「うっ、く」

 

1人、まだ息のあった門弟が肘を床に突き上体を起こそうともがく。

 

「仕損じたか」

 

青年はポツリと呟きもがいていた門弟の首を上から刺し貫き柄を捻って抉り止めを刺した。

 

青年は刀を血振りして昏い三白眼を道場の奥に向ける、そこにはただ一人の生き残りのこの道場の長である師範の中年の男がら腰を抜かしていた。

 

川上が一歩進めると師範はひぃ、と情けない声を漏らした。

 

「立ち合え」

 

青年は腰に差していたもう一振りの刀を鞘ぐるみのまま師範の前の床に置いた。

 

「な、なんで、あんた、何を」

 

師範は状況が信じられないのか要領を得ない。

 

「以前見学させて貰った時貴方は出来ると見えた」

 

「見込み違い、ではないだろう立ち合え」

 

青年にそれをしたかっただけにこんな凶行に及んだのか?師範が情けない表情で道場を見渡す、出入り口は青年が背にしており、窓は小さい、逃げられない。

 

「逃走も降伏も無駄だ生きたかったら抵抗しろ」

 

顔面蒼白になった師範は息も荒く這いずるように自分の前に置かれた刀に縋りつく。

 

師範は震える手で刀の鯉口を切った。

 

次の瞬間青年は一刀足以上あった距離を一歩で詰めまだ構えもしていない師範に斬撃を放った、パンッと音がして両断された鞘が床に落ちた。

 

青年は即座に横に向き直り構える、そこに今の斬撃を刀を抜きつつ横返りで避けた師範が座構えで刀を構えていた。

 

顔色は青白い、戦闘に必要ない所から血の気が引き必要な所に集められている為であり闘争反応を上手く律している証。

 

そこには先程まで情けなく震えていた中年はいなかった、荒かった呼吸も整い半眼で青年を見据える瞳は色がない、剣と己を律した剣客がそこにいた。

 

師範は座構えから流れるように立ち上がり、青年に左肩を向ける真半身になり刀を脇構えにした、その動作に一切の漬け込む隙がない。

 

青年は真っ直ぐ相手の中心に剣先を付ける青眼に構えた。

 

お互いの切り間から随分離れた位置で二人はせめぎ合う、師範はゆっくりとした動作で隙を見せぬよう左に回るように足を進め、青年も師範の中心から剣先が外れぬよう足を開く。

 

しかし、状況は足場が限定的だった、五人の死体が床に倒れ伏せているからだ、師範が左に回る内死体に近づいていく。

 

瞬間、死体が取り落とし床に転がっていた木剣を師範が青年に向かって蹴り上げ、ほぼ同時に青年が師範に向かって踏み込む。

 

木剣は顔に向かってきていた、これを貰って怯んだりしたら終わりである、しかし青年はあえて踏み込む、顎を引き顔を横に向けしかし眼は瞑らず側頭部で木剣を受けた、痛みが走るが鼻頭や目に当たった訳ではないからそれだけだ。

 

左足での踏み込みのままに振りかぶった刀を相手の左肩に真っ向に斬り下ろす。

 

瞬間師範は後ろの右足を僅か外に踏みつつ脇構えにしていた刀を真っ向に向き直りながら振りかぶった、これにより真半身で左肩を相手に向けた状態から左肩は引かれ青年の斬撃を抜く。

 

もとより真半身になっていたのは左肩に誘う為だった、そこから僅かに青年に遅れて刀を真っ向に斬り下ろす、さすれば抜かれた事により空ぶった青年の柄中の拳を断てる。

 

が、しかし青年は斬りおろした斬撃の軌道を変化させ刀を右腰で構える脇構えへと変化、これにより師範の斬りおろしも抜かれた。

 

本来の太刀筋を隠すフェイントからの後ろの右足を右回りに前に踏み込み後ろ回しの要領で剣を左から右に薙ぎ払った。

 

斬撃は師範の真っ向切りを振り下ろしきったタイミングで両の上腕を深々と斬り裂かれ刀を取り落とした。

 

師範が木剣を蹴り上げてから、決着まで一瞬だっかが、その一瞬に極めて行動な技の読み合いやせめぎ合いが行われた。

 

「っ!…見事」

 

師範は自分の負けを理解しその口からは敵手への賞賛が意識もせず出た。同じ剣術家としてその技量への素直な敬意。

 

師範は膝をついた、骨まで及ぶ傷の両腕からは夥しい出血、もちろん動かせない、逃げる事も出来ず戦闘続行も不可能。

 

「…介錯を」

 

師範は観念した、出来る事は晩節を汚すまいという事だけだ、師範は頭を垂れうなじを差し出した。

 

「感謝する」

 

青年は師範に言った、突然道場に押しかけ門弟を殺し問答無用で立合いを挑んだ男から向けられたのは感謝の念だ、師範は思わず苦い笑みを浮かべた。

 

青年はゆっくり刀を八相に取り上げた。

 

「諸行無常」

 

唱えるは涅槃経の言霊、唱えつつ青年は刀を握る小指を締めた。

 

「是生滅法」

 

次に薬指を締める。八相に構えたまま腰を少し落とす。

 

「生滅滅已」

 

中指を締める。狙うは刀を打ち込むうなじではなく刀が抜ける喉笛。

 

「寂滅為楽」

 

唱え終えた瞬間には刀を振り下ろし切っていた———

 

 

 

 

 

紅魔館図書館

 

パチュリーはいつもの本が山積みになったテーブルの定位置で本を開き、羊皮紙に羽根ペンで独自の術式の設計を書き連ねていた。

 

この当たりは魔術と言えど学問に近く、狙った効果の術を作るにはロジックに則り術式を組まねばならない。

 

基本的な頭の回転と時には発想力も要求される、また術者により術式は癖が出る、パチュリーは正統派というか几帳面で丁寧な術式を組む。

 

少々疲れを覚えて、ペンを置き伸びをした。

 

ふと傍のソファーを見ると大きく背もたれに腕を回して深く座ったまま俯き寝っている川上とその川上の膝を枕にソファーに横になりやはり安らかな顔で寝ているフランの二人がいた。

 

暇なのか、二人して一時間程前にここに来たが何時の間にか寝ている、猫の兄妹をのようだ、ぼんやりと半眼で二人を見ながらパチュリーはそんなことを思った。

 

「よう、パチュリー」

 

そこに声がかかりそちらを見ると、図書館常連の泥棒魔理沙の姿、今日は来客の多い日だ。

 

「お、川上もいたのか。というかずいぶんフランに懐かれてるな」

 

ソファーで寝ている二人を見て、魔理沙は若干意外そうに言う。

 

「性格的に妹様と反りが合うみたいね」

 

「確かに、フランと付き合うには頭のネジがニ、三本抜けてる奴じゃないと無理だしな」

 

そういって魔理沙は笑った、川上のことを頭のネジが抜けてる扱いしたが、彼女自身も人のことを言えないのだが、自覚があるかどうか。

 

「ところでこいつ使用人だろ、仕事はいいのか?」

 

「…今日の仕事は終えた」

 

魔理沙の言葉に低い声で答えたのはそれまで寝むっていると思われた川上自身だった。

 

「なんだ、起きてたのか」

 

「今、起きた」

 

無意識に第三者の来訪を感じ取り目が覚めた川上は顔を上げた、寝起きで眼が普段以上に坐っている。

 

「いい夢たくさん見れた?」

 

「……」

 

パチュリーの一風変わった起き抜けの挨拶に川上はふと考えた、何か夢を見ていたような気がする、また追憶めいた、最近はそんな夢が多い。

 

しかし起きてしまうとどんな内容かは零れ落ちてしまった。夢なんてそんなものだろう、しかし。

 

「いい夢だったかもな」

 

「そう」

 

寝起きの気分は悪くなかった、川上にとっていい夢だったのだろう。

 

「お呼びですか?あ、魔理沙さんこんにちは」

 

そこにパチュリーから簡単な念話で呼び出された小悪魔が現れた。

 

「お茶をお願いするわ、貴方も飲む?」

 

「貰おう」

 

「私もな」

 

「わかりました、少々お待ちください」

 

小悪魔は紅茶を淹れに下がった。川上はソファーから立ち上がり——川上の膝で寝ていたフランがソファーから転げ落ちふぎゃ、と声を立てた——気持ちよさそうに伸びをした。


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