武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第62話

迷いの竹林

 

 

三匹の獣が骸となり転がっている前で藤原妹紅は一人の男と対峙していた。

 

おそらく妹紅が駆けつける前に獣を斬り伏せたと思われる抜き身の血刀を提げた男は昏い半眼で妹紅の事を見ていたがその眼には何の感情も伺えない。

 

ふと、男が懐に手を入れ、妹紅は思わず身構えるが、懐から取り出したのは懐紙でありそれで刀身を拭うと刀を納めた。何時までも人前で白刃を提げてるべきではないと思ったのかも知れない。

 

 

男の挙動を見ていて妹紅はふと自分が鳥肌を立てている事に気付いた、ゾクリときた。この男、只者じゃあない。妹紅は一目で男…川上の技量を見抜いた。

 

妹紅は何か言わなければと口を開きかけ。

 

「こんにちは」

 

川上からの抑揚ない挨拶で遮られた。

 

「あ、あぁ、こんにちは」

 

ただの挨拶という普通過ぎる川上の言葉に一瞬毒気を抜かれる。

 

しかし気を取り直す、見ない顔の男、刀、手練れ、慧音から聞いた事件、里の外で野盗が殺された、斬殺。

 

この男、おそらく関係している、妹紅はそう思い口を開いた。

 

『聞きたい事がある』

 

川上と妹紅は同時に異口同音の言葉を発していた、また妹紅は出鼻を挫かれた気分になる。

 

「なんだ?」

 

先に問い直したのは川上だった、彼としてはとっとと永遠亭とやらの場所を聞いて用事を済ませたかったのだが。

 

「私は藤原妹紅だ、アンタの名前は?」

 

「清水という」

 

川上は名を問うてきた妹紅にピリッとした違和感を感じ即座に偽名を答える。

 

「そうか、清水さん、ちょっと聞きたいんだが最近里の外で起こった事件を知ってるか?」

 

「心当たりはないが」

 

妹紅の詰問に川上は即答する。表情や声の調子を見ていたが、妹紅にも感情がまるで読めない。

 

しかし、いやだからこそやはりこの男妙だ、放って置けない。妹紅はそう考えた。

 

「少し話が聞きたい、一緒に来てくれないか?」

 

「用事があるので断らせて貰う」

 

「アンタは人里の人間か?普段何処に住んでいる?」

 

「急いでいるので失礼する」

 

妹紅の詰問を黙殺し、川上は背中を向け歩き出した。

 

「おい、ちょっとまて」

 

妹紅はすぐに川上に追いすがり肩に手をかけた。

 

瞬間妹紅は後ろに弾かれた、背中を使った当身を食らったのだ、バランスが崩れた一瞬、妹紅はチッと舌打ちをした。

 

その妹紅の首が飛んだ、振り向きざま抜き打ちで妹紅の首を跳ねた川上の姿がぶれる。

 

妹紅の首が落ちる前に妹紅の両肩口から腕も切り落とされ、鼠蹊部も足の付け根に沿いV字に斬り裂かれ、さらに心臓も突かれていた。

 

ただ殺すだけなら首を跳ねただけで済んだはずだが、計六回は殺せている執拗な攻撃を加えたのは何故か。

 

川上が刀を抜くと妹紅の亡骸は倒れ伏す。しかし川上は刀を構えたまま、残心するように後退する、と

 

妹紅の亡骸から熱風を感じる勢いで火柱が立った。死体は紅蓮の炎に包まれ見えなくなるがこの火力では黒焦げになるはずだ。

 

いや

 

紅蓮の炎が意識を持つかのように動き、まるで人を包むかのように炎が人型に収斂した瞬間炎は跡形もなく散った。

 

「ふぅん」

 

川上は感嘆しているともどうでもよさげとも取れる声を上げた。

 

そこには今しがた膾にして殺害した少女、藤原妹紅が元通りに立っていた、服までが元通りだ。

 

藤原妹紅は不死身だった。

 

「生憎だがその程度の斬撃じゃあ私は殺せない」

 

「そのようだ」

 

「……驚かないんだな」

 

川上は自分が首を跳ねた相手が生き返っても驚かなかった、まるでこうなる事がわかってたように。

 

この男、危険過ぎる。妹紅がそう結論付けるには川上の挙動は充分すぎた。

 

「あんたがそうくるならこっちも多少手荒になるが、清水さんだったか、一緒に来てもらう」

 

「断る」

 

「問答無用!」

 

妹紅は川上をまず炎で足止めせんと川上の目の前に炎のカーテンを展開するが、川上は炎に一瞬も怯まずに妹紅に向かって炎のカーテンを突っ切り踏み込んで来た。

 

逆に虚を突かれたのは妹紅である、彼女は右手に高熱量の炎を生み出し、しかしその右腕を落とされた、とっさに放った妹紅の蹴りが川上の小手を捉え、刀を跳ね飛ばしたが、川上は構わずに妹紅に組み付く。

 

妹紅は川上の押す力に反発して足腰を踏ん張ったが僅かに前傾になった瞬間に川上が捨身投げを繰り出し妹紅は前に一回転して叩きつけられた。

 

 

妹紅が強かに体を打ち付け 一瞬息が詰まった瞬間に川上の両腕が倒れ伏せた妹紅の首に蛇のように巻き付いた。

 

「や、やめ」

 

自身が不死身である事は分かっているとはいえ妹紅は本能的恐怖から声をあげ。

 

次の瞬間妹紅の首は上下逆に回されて頸椎を破壊されていた、即死。

 

川上は即座に起き上がり、取り落とした刀を拾い、竹林の中に走り姿を消した。

 

少し遅れて死亡した妹紅がまた炎と化して収束して蘇生した。

 

「くそ」

 

妹紅は思わず悪態を付いた、相手に向けてではない、相手が手練れと分かっていながら無様を晒す自身へと、思えば最近ぬるま湯に浸かり平和ボケしていたのではなかったか。

 

「殺す訳にはいかないが、足を焼いて動けなくさせて貰う」

 

そういい、妹紅は背中に炎の翼を展開して、一気に飛び上がった。

 

そして竹藪から飛び出さない程度の高度で滞空し、下を伺う、居る。視認は出来ないが逃げたのではない、どこかに潜んでいると妹紅は感じとった。

 

「大した隠形だが、なら炙りださせてもらう!」

 

妹紅は地表に対してパスを繋なぎ、妖術を用いて広範囲を燃やした。辺りが火の海になる、流石にじっとはしていられまい。

 

これで出てこないならさらに範囲と火力をあげればいい、相手はいくら腕が立ってもただの人間、飛べないだろう。手の届かない位置に飛んでしまえば、相手はなにも出来ないがこちらは一方的に攻撃出来る。

 

少々反則的だが、こうなれば相手も観念するはず。火に炙られた竹がパンッと破裂音を立てた。

 

さらに立て続けにパンという破裂音が続いた、破裂音?

 

そう妹紅が疑問を感じた時いくつもの竹が傾き、全てが妹紅に向けて倒れかかってきた。

 

「チっ」

 

迂闊だった破裂音ではない、川上が竹を斬った切断音だったのだ、妹紅は竹より低い高さで飛んでいたから枝や葉が伸びた竹がいくつも折り重なってくる。

 

まるで空中で投網を投げられたように、妹紅は竹に空中で絡められてしまい、飛行を制限された。

 

「時間稼ぎのつもりか」

 

こんなものと蹴散らしかけたところに竹が軋む音が聞こえ、妹紅は目を向けそして凍りついた。

 

妹紅より高い竹の頂点あたりがしなりその上にあの男が乗っていた。

 

どうやってそんな高さまで、何故あんな細い竹の頂点に乗れる、妹紅がそう考えた刹那、川上は空中の妹紅に向かい飛びかかってきた。

 

まずい、妹紅は竹に覆い被されてすぐには挙動出来ない。咄嗟に相手の得物を狙う。川上が右手に握る刀の柄にパスを繋ぐ、後は炎上させれば相手の刀もろとも手まで焼ける。

 

しかし術を発動させる瞬間川上は刀を空中に投げ打った、パスは刀に繋がっていたため空中で刀が激しく燃え上がっただけだった。

 

妹紅は唖然とする、目に見えるはずのない術の発動。どういう危機回避能力なのか。

 

しかし唖然とする暇などなかった、バサバサと音を立て、川上は竹諸共妹紅に空中に組み付いて落ちる。

 

一瞬だった、いきなり人間の重さと落下エネルギーが掛かり妹紅も飛行を立て直すまもなく一緒に落下してしまう、地表は近い、妹紅は受け身を取ろうとして、しかし組み付いたままの川上の掌底で顎を跳ね上げられた。

 

こいつ!そう思った次の瞬間妹紅と川上は火の海と化した地表に激突してそこで妹紅の意識はブラックアウトした——

 

 


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