武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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『虚実』


第63話

迷いの竹林

 

煤けた竹林の中で藤原妹紅は意識を取り戻した。

 

少しの間ぼんやりとしていたが、どうして自分がここに倒れていたかやがて思い出す。

 

清水と名乗る怪しい男、最近起こった事件との関連性、いきなり殺された事、こちらも戦闘に応じるが、最後は宙から落とされ意識を手放した事。

 

してやられた、妹紅はギリッと歯噛みした。死んだらすぐ初期状態でリセットされる事を見抜かれ致命傷にならないよう失神させられたのだ。

 

妹紅が意識を無くした時点で術は制御を失ったはずだが、幸いにこのあたりは地面にあまり燃焼物がなかったお陰か自然と鎮火したようである。

 

もはやあの男も逃げてこの竹林にはいまい。しかしただの人間に三度も不覚を取ったなどと知れたらアイツに何と言われるか。

 

気が立っているのを自覚して妹紅は懐からタバコを取り出し咥えると術で火を付けて一服した。

 

とにかく清水という男については慧音に報告するべきだろう。そう考え妹紅は咥えタバコのまま立ち上がると服の土埃を叩き落として、人里へと歩きだした。

 

 

 

——同刻、迷いの竹林

 

川上は永遠亭を尋ね行き歩いていた。妹紅は竹林から逃げただろうと考えたが、この男は裏をかいて逃げずに自分の用事を優先した。

 

いや、裏をかいたというより何も考えてないだけかも知れなかった。

 

腰に差した刀は鞘は無事だが柄は火に巻かれたせいで、柄巻きも鮫皮も焼け、中の木まで一部炭化してしまっている。

 

刀身も同様だ、かなりの熱量に焼かれもはや見る影もない、刃物というのは鋼な対して綿密な熱処理によりその性能を引き出されている、その為熱で簡単に性能のバランスが崩れるので火には非常に弱い。

 

まして一度焼かれてしまった刀はもう元には戻らない、一応焼き直しは出来るが美術的にも武器的にも元の価値は取り戻せない。

 

川上が幻想郷に来た時から持ち込んでいた愛刀、良業物の一工の作、奥州政長は死んだ。

 

 

故にこそ早く永遠亭に辿りつきたかった。刀はまだ武器として使えない事もないかも知れないが、柄まで焼けてるものでは有事の際心許ない、かといって竹が密に生えている現状況では背中の野太刀は長過ぎて取り回しに難がある。

 

 

川上は足を止めた。

 

背中を竹に預け懐からタバコを取り出し火を付け一服吸う。

 

「まぁ、なんとかなるか」

 

紫煙を吐きながら川上はぼんやりと呟いた。

 

 

 

 

 

同じく迷いの竹林で一服する川上を眺める第三の人間、いや妖怪がいた。

 

癖っ毛の短めな黒髪に柔らかげな兎の耳外見上の歳の頃は推定7才前後といったところか、極めて小さな体躯、顔付きも幼いが、その幼さに似合わぬ老獪さも何処か匂わせる。桃色のワンピースに身を包みニンジン型のネックレスをしている。

 

その幼い姿からは考え難いがこの迷いの竹林の最長老である妖怪うさぎ、因幡てゐである。

 

てゐは藪の中に身を隠しつつ川上をしばらく観察していたが、ふむぅ、と息を吐く。

 

たまたま見つけたが、なにやら変わった人間で面白そうだと彼女の好奇心が囁いた。

 

暇つぶしに尾行でもしてみる事にてゐは決めた、別に尾行してどうこうする訳でもないが。長生きの妖怪に取っては退屈は猛毒なのだ。

 

男が吸っていたタバコを消して、体を起こすと歩きだす、てゐもそれに合わせて竹藪の中をある程度距離を持ち尾行を始める。

 

てゐにとってこの竹林は庭のようなもの、常人なら真っ直ぐ歩く事すらままならぬほど厄介な竹林の中を完全に把握しているのはてゐだけであり、尾行もお手の物である。

 

それがどうした事か?見失わぬようにある程度の距離で視界に入れていた男の背中を見失ってしまった。

 

急に居なくなる訳がないとてゐは見失しなった地点に走り辺りを見渡すが男は竹の間を行く内に煙のように消えてしまった。

 

「はて?」

 

不可解な事もあるなと腕を組み首を傾げたてゐ、しかし彼女をさらなる不可解が襲った。

 

 

「何か用か?」

 

それは先程までは誰も周囲にいないと思っていたてゐの背後から低い、何処か投げやりな声が聞こえた。

 

てゐは振り返った。

 

「…特に何かってことはないんだけど」

 

そしてそこにいた男にそう返す。そこには先程まで尾行していたが見失った男が何時の間にか立っていた。

 

流石に驚いた、神出鬼没でまるでスキマ妖怪みたいだ。しかし驚きが表面上出ないのはてゐの年の功か。

 

さてどうしたものかとてゐは少し考えて。

 

地面を蹴った、文字通り脱兎の如く逃げに移る。

 

しかしその最初の一歩に川上が足を引っ掛ける。

 

「ふぎゃ」

 

それで前のめりにてゐは盛大にすっ転んだ、さらに脹脛の一点を川上の爪先が押さえた。

 

「あいたたた!いたい!いたい!」

 

稲妻が走るような痛みが押さえれた脹脛から走り、堪らずてゐは悲鳴をあげた、そこで川上の足は引かれた、下手な事はするなという一種の警告か。

 

うー、と呻きつつ地面に転がっているてゐの手首を握ると軽く引くだけでてゐは立たされた、立とうと思ったり、立とうとしたりしなかったのに、何故か立った自分自身に思わずキョトンとしてしまう。

 

「聞きたい事がある」

 

「何さ?急に転ばせるし踏むし、いたいけなうさぎに乱暴しといて」

 

「手荒に扱ったのは悪かった、さっきタチの悪いのに絡まれてまたその類かと思ってね」

 

恨みがましいてゐの言葉に端的に謝罪する川上だが、彼自身も人の事が言えないタチの悪さを自覚しているかどうか。

 

「まぁ、いいや。慣れてるといえば慣れてるから、それで何?」

 

「永遠亭というのが何処か知らないか?」

 

「うん?何の用で?」

 

「薬師が居ると聞いて、薬が欲しい」

 

「あぁ、お師匠様の薬が欲しいの」

 

川上の希望を聞き納得するてゐ、彼女もまた、永遠亭の関係者でその『薬師』とは浅からぬ仲である。

 

「お兄さん、名前は」

 

「…川上と言う、よろしく頼む」

 

川上は名乗る時僅かに考えるように言い淀んだ。

 

「私は因幡てゐ、案内するから付いてきて」

 

てゐは川上を変にちょっかいかけるべきではないと判断して、素直に案内する事にした。まぁ、ちょっと道中の罠にうっかり誘導してしまうかも知れないが。

 

「感謝する」

 

川上は短く礼をいいタバコを取り出し咥えかけて

 

「すまないけど、煙草はよしてくれるかい、私は健康には気を使ってるんだ」

 

てゐに止められて大人しくタバコを懐に納めた。

 

しょうがなく川上は手持ち無沙汰なままてゐについて歩きだした——

 


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