武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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『罪悪』


第64話

 「何のつもりだ?」

 

「あいたたた!離して!あやまるから!」

 

鈴仙・優曇華院・イナバは目を疑った。

 

人里に薬を売りに行った帰り。迷いの竹林、永遠亭からそう離れていない所で自分の部下のてゐが一人の男に背中に回された腕を極められ、ナイフを突きつけられていたのだ。

 

「止めなさい!」

 

一体どういう状況かと考える暇もなく、男に指先を向け即座に妖力弾を発砲出来る状態で静止の声をかける。

 

男の反応も早かった、てゐの拘束はそのままに相手に対して向き直り、片膝を突き半身の居合腰となる。見事に小さな体躯のてゐの体の陰に隠れた。

 

「れーせん!たすけてー!」

 

川上が腰を落とした事により逆にさらに腕が極まりてゐは爪先立ちになりながら苦痛にてゐは鈴仙に助けを求めた。

 

「てゐを離しなさい!」

 

しかし流石にてゐを弾除けにされては撃てない、鈴仙は実力行使の前に警告する。

 

「了承した、だが君も腕を下ろして貰う」

 

しかし男——紅魔館使用人である川上はあっさり承諾した。

 

「わかったわ」

 

鈴仙も相手の要請を飲む。

 

「3」

 

鈴仙が言った

 

「2」

 

続けて川上がカウントした

 

『1』

 

両者同時にカウントを終え、また同時に鈴仙は撃たんとしていた腕を下ろし、川上はてゐを離した。

 

解放されるとてゐはやはり脱兎の如く走り出し鈴仙に飛びついた。

 

「てゐ、大丈夫?」

 

「鈴仙、わたしあいつ嫌い」

 

「えっ?」

 

「後よろしく」

 

てゐは最後に川上に向かいべーと舌を出し、竹藪の中に駆け込んでいった。

 

「なんなの・・」

 

鈴仙は少し呆然としたが、しばらくして川上に向き直った。

 

「貴方は何故てゐに刃を突きつけていたのです」

 

ともかく目の前の正体不明のナイフ野郎を詰問すべきだと判断したようだ、しかもこの男、大刀と長刀も持っている、何故か大刀は燃えた後があるが。

 

「あのウサギに永遠亭への案内を頼んだ」

 

川上はナイフを納め、かわりに煙草を取り出して火を点けつつ事の顛末を説明し出した。

 

「・・それで?」

 

鈴仙は相槌を打ちつつ、川上の眼で一瞬見竦められ、背中を撫でられたような悪寒が走った。昏くて冷たい眼、この眼は危ない。

 

「案内されてる中、三度意図的に罠に誘導された、害意があるものかと判断した」

 

鈴仙は頭痛を堪えるように額を抑えた、てゐに悪気はない、悪戯なのだ、そう悪戯。しかし相手を見るべきだと鈴仙は思った。

 

この波長がさっきから狂ったように短くなったり長くなったり滅茶苦茶な男に冗談は通じそうにない。

 

そう、例えば、例えばだが死地や戦場の空気に慣れた人間なら敵意と捉えて当たり前なのだ。

 

「・・ただの子供の悪戯ですよ、悪意はありません」

 

「そうだったか」

 

川上は悪びれもせずに相槌を打って煙草を一服吸った。

 

まぁ、いい。鈴仙は思った、たまにはてゐも痛い目に遭った方がいい薬だろう。それより問題はこの異常な男、完全に狂い人のソレに鈴仙の眼には視えるが話は通じるらしい。

 

鈴仙・優曇華院・イナバは姿勢を正した。彼女は白のブラウスに赤いネクタイを締め、その上に紺のブレザー、ミニスカートに足元はローファーといった服装で身を包む。

 

特徴的なのは真紅の眼と膝下まで届きそうな程に長い薄い紫の髪に、てゐとは違い立っているが先がヨレているウサギの耳。幼さを残した端正な顔立ちだが目付きに時折険が混じる。

 

「永遠亭になんの御用でしょう」

 

鈴仙は問いただした。

 

「薬師がいると聞いている、薬が買いたい」

 

普通と言えば普通の理由、永遠亭といえば後は精々急患が出た時くらいしか客はこない。

 

「私は永遠亭で薬売りをしています、鈴仙・優曇華院・イナバと申します。」

 

「紅魔館の使いの川上という、よろしくお願いする。薬師は君じゃあないな」

 

「はい、その方は私の師匠です、すぐそこなので案内します」

 

紅魔館の使い、何故こんな人間の男が?と鈴仙は川上という男にどうにも引っかかりを感じたが、大人しく案内する事にした。狂った客でもただの客でも所詮は一人の人間なのだから。

 

「感謝する…が、もう罠に誘導されるのはごめんだが」

 

川上はそんな冗談なのか警告なのかよくわからない事を言う、鈴仙はどうにも調子が狂わされる、本来狂わす側なのに。

 

鈴仙は黙って永遠亭に歩きだした、もちろん罠などに誘導などせず。

 

 

 

数分と歩かず目的地に着いた、川上の目の前に広がるのは大きな武家屋敷だった。

 

竹林の中に立つ屋敷は雅な和の美しさがあった、それを見る川上の眼が静かに細められる。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや」

 

しばし屋敷を見据えたまま動かなかった川上に鈴仙は声を掛けたが。

 

「いい屋敷だな」

 

帰ってきたのはそれだけだった。

 

鈴仙は屋敷の門扉を潜る。

 

「戻りました」

 

鈴仙は帰宅の挨拶を言い川上に向き直る。

 

「どうぞ」

 

そう言われて川上も門扉を潜って屋敷に入った。

 

「刀をお預かりします」

 

鈴仙にそう言われ川上は背中の野太刀を外し鈴仙に渡した、屋敷内では小刀以上の刀は身から放すのがマナーである。

 

「腰のものは」

 

鈴仙は手渡された野太刀が目方に反して意外と手持ちが軽い事に驚きつつ川上がもう一振り持つ腰の刀に目をやった。

 

「無作法ですまないがこちらはいい、見ての通りもう使えるものではないのでね」

 

鈴仙はそれ以上は言及しなかった、廊下を歩く永遠亭に住む人化した妖怪兎のイナバである一人に野太刀を預けて何事か指示した。

 

「師匠はこちらはです」

 

そして屋敷内を暫く歩いた先の一室の前で鈴仙は川上に言った。

 

「お師匠様、戻りました」

 

「入りなさい」

 

襖越しに涼しげな落ち着いた女性の声が返ってきて、それで鈴仙は襖を開け室内に踏み入った。

 

「おかえり」

 

「先日急変した患者さんですが、今日ステりましたので処置を終えてきました。」

 

「そう、御苦労」

 

鈴仙が報告した相手は長い銀髪を三つ編みにした大人びた雰囲気の美女であり、服ら半袖にフリルをあしらった上に下のスカートともに右半分、左半分で色が赤と青に分かれたアシンメトリーなものであり、また服全体に星座をあしらった意匠を凝らしている。

 

彼女が天才と称される月の民の薬師、八意永琳であった。

 

「あと、お師匠様にお客さんです」

 

「あらそう」

 

「失礼する」

 

やり取りを聞いていた川上もタイミングを見計らって一言かけて入室した、そして永琳に眼を向けた瞬間動きが止まる。

 

川上はまたすぅ、と眼を細めて

 

「へぇ」

 

と、どこか面白そうに呟いた。


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