武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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『永遠』


第66話

「竹取物語、という御伽噺を貴方は知っているかしら」

 

川上は足を崩し胡座をかき煙草を吹かしていた。よく見るとその胡座は左下腿部は正座と同じ要領で左太腿から尻の下に折りたたまれた妙な胡座だ。

 

そんな川上に輝夜は一つ問いかける。

 

「その話を知らない日本人はまずいないだろうな」

 

川上は紫煙を吐きつつ答える、彼の態度何も考えてないようにも、あるいは一見しただけで十を見通していて、それでしらばっくれているようにも感じられる。

 

「そう、ところでその物語の姫は知っている」

 

「知っているな、まぁ、実在したとして()()()()()()()() ようだけどな」

 

含みのある川上の返答に輝夜の笑みが深くなり濡れた眼で川上を見る。

 

「そんな事までわかるのね、心眼、という域じゃないみたいね」

 

「失礼します」

 

そんなお互いにとって意味もない会話を続けていた所、鈴仙が盆を持ち入室してきた。

 

「どうぞ、お熱いのでお気をつけ下さい」

 

「ありがとう」

 

「頂くわ」

 

鈴仙は丁寧に注意を促しつつ、二人の前の卓上に湯呑み、そして茶請けだろう、和菓子の練り切りの小皿を置いた。

 

「ではごゆっくり」

 

そう一つ頭を下げると鈴仙は回れ右して退室して行った、給仕ではないはずだが客人に失礼のないよう礼節を払う心構えが伺える。

 

川上は携帯灰皿に短くなった煙草を入れ。目の前に置かれた茶を一口含む。熱いと注意されたがむしろ適温で猫舌の川上にも抵抗なく呑めた。

 

仄かな甘味と渋みのバランス、鼻に抜ける香り、雑味のない舌触り、どこか安心感を誘う一杯の茶はおそらく一級品のモノだろう。

 

輝夜も上品な仕草で茶に口をつけて、一息つく、童女のようにも見えるが何処か色気も感じる仕草だった。

 

「ところで貴方、ここに来る途中何かあった」

 

一呼吸置いたところで眼を細めて聞いてきた輝夜を川上は一瞥し、その目線が自身の右手側に置かれた焼けた刀に移る。

 

「獣にじゃれつかれたり兎にからかわれたり、くらいだな」

 

「獣の中に私と同じような奴がいたんじゃないかしら?」

 

輝夜は邪気の無い笑みを深めて一歩深く尋ねた。

 

「いたな」

 

対して川上は何の感慨も無さそうに告げるだけだった。

 

「やっぱりアイツの炎ね」

 

独り言のように呟きつつ、輝夜は練り切りを菓子楊枝で切り分け一口食べた。

 

「で、()()()()()()

 

「普通ならば七回分」

 

川上は茶を口に運びつつ端的に答えた。

 

「貴方、面白い人ね」

 

輝夜は口元に笑みを湛えたまま、流し目て川上を見た、明らかに妹紅との関係性を理解しているだろうに別にどうでも良さそうな投げやりな態度。

 

なるほど悪くない、アイツを七回殺すというのも上々、輝夜はそう思った。

 

「だけど、損失も無しとはいかなかったようね」

 

その輝夜の言葉は明らかに川上の焼失した刀に向けられていた。

 

「その刀でここから帰るのは危険じゃないかしら」

 

「刀が無かったら戦えない」

 

川上は煙草に火を点けつつ、静かに言った。

 

「なんてものが武術といえるか?」

 

川上は紫煙をゆっくりと燻らせながら口の端に笑みを浮かべていた。

 

そんな川上に輝夜も鈴を転がすような綺麗な声で笑った、面白い、やっぱり似ているかも知れない、抜身の刀のような懐かしい武人、御子神、いや確か名を変えて小野某といったか。

 

「どちらにせよ刀の代わりは必要でしょう」

 

輝夜が左腕を上げると西陣織の刀袋が握られていた、どこから取り出したのか、最初から持っていたのか。

 

ス、と両手で差し出された刀袋を川上は受け取り袋を解き中から一振りの刀を取り出した。

 

打刀拵えだが、その特徴から尾張拵えと言われるモノ、いや。

 

「柳生拵えか」

 

鍔は通常のものだったが柄に特徴があり、目貫の位置が普通の拵えと裏表逆である事、そして柄の峰側が平たく削ってある事、片手打ちでも手の内を決め易くする為の工夫は、新陰流で有名な尾張柳生の麒麟児といわれた柳生連也の考案と言われている、極めて実戦的な拵え。

 

川上は懐から取り出した飛針を目釘抜き代わりに目釘を抜いて、鞘を抜く前に柄を抜き中子を改める。

 

美中国住次吉

 

美中青江派でも有名な刀工の銘、時代は南北朝時代だったか、と川上は思う。

 

そのまま刃を上に鞘から峰を滑らせるように抜き、刃を改める。

 

肌は良く詰んだ板目肌、刃文は綺麗に乱れのない直刃に深い匂い出来、古刀独特の青黒く、青江派の凄みを湛えた刃は美しさと同時に不吉な怪しさを纏っている、刃味も尋常ではないだろう。

 

刃長は約二尺二寸五分、身幅や重ねは尋常で鍔元近くで反る腰反り、また銘が履き表に切られていた事を考えると打刀拵えだが刀身は太刀らしい。

 

擦り上げられているのが残念だが並の名刀ではない。

 

川上は柄を戻し目釘を入れ鞘に刀を納めた。

 

「いい物だな」

 

「あげるわ」

 

「なら頂く」

 

さらりと譲渡されたが値段を付けたらとんでもない事になりえる刀であるが二人は大した事ではないように思っているらしい。

 

「で、望みは」

 

貸しを作ろうとしていると川上は理解し、要望を端的に聞くと、また輝夜も話が早いと笑った

 

「貴方が斬ったあの子、また会ったら後適当に二、三回殺して」

 

「了解した」

 

とんでもない要望であったが川上は抑揚ない口調で了承の意を伝えると、刀袋に焼けた政長を入れ、今し方譲渡された青江を自分の右脇に置いた。

 

それを見て輝夜は微笑んで残った茶を飲み干した。

 

「では失礼するわ、また機会があったら一献やりましょう」

 

そういい終わった時にはすでに輝夜はそこに居なかった、ただ残された茶碗と減っている練り切りだけが彼女のいた痕跡だった。

 

「是非」

 

川上はもう居ない相手に言い、煙草に火を点けた。

 

結局練り切りに手をつけたのは輝夜だけだった。


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