武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第67話

 永遠亭

 

  永琳は診察兼調薬室で鈴仙から持って来て貰った薬の材料を計量していた。

 

  書類に何か書き込みつつ一つ一つを正確に計量する作業に没頭していたそれは何処か鬼気迫るものを感じさせる集中だった。

 

 そのような収束的な集中は得てして視野を狭めるものだ、だから彼女は気付くのが遅れた。

 

  永琳がハッとして後ろを振り返ったそこには部屋の入り口の前に幽鬼のように立つ男、川上だった、右手には先程腰に差していた物とは違う鞘ぐるみの刀を握っていた。

 

 その刀には見覚えがある永遠亭にある様々な道具の中の一つの武具だ、名物だが永琳にとっては大した価値を見出せないが、まさかかってに持ち出した訳ではあるまい。

 

  「…何か用かしら」

 

  気付かぬまに室内に入られてた事に驚く様子も咎める様子も見せずに永琳は聞いた。

 

  「君は〝外〝の薬も作れるな」

 

  「モノによるけど作れない事もないわね」

 

  川上の言う外、とは幻想郷の外を指す事は分かった、何故そんな事を聞くのか、いや意図は考えればわかる。

 

  「欲しい薬がある———」

 

 

 

 

  永琳の部屋から出た川上は屋敷内を散策していた、この男は客間でじっとしていられないのだろうか。

 

  廊下を歩きながら川上の蒙昧な眼がふらふらと視線を彷徨わせていた、何かを観察しているように。

 

  妙だと川上は思った、紅魔館はあちこちに歪みが視えた、しかしこの屋敷は逆だ、()()()()()()()()()()、これは似ていた、今日1日で会ったあり得ない在り方をした三人と。

 

  川上は柱の一つに歩みより左拳でコンコンとノックするように軽く小突く、特におかしな感触ではない。

 

  続けて今度は左手掌底を柱に添えて、膝の抜きで腰を落とすと同時に床を踏みしめ床から伝わる勁を掌底から柱に伝えた。

 

 おかしな感触もないが壁も天井も軋み一つしなかった、どうやらベクトルは違えどこの屋敷もあの館同様弄ってあるらしい、そう川上は思った。

 

 

  「何でもアリか」

 

 ぽつりと独り言を呟く川上の口元は薄い笑みが浮かんでいた事に本人が気付いていたか?

 

  廊下を音のしない滑るような歩みで進んでいた川上はふと一つの障子に手をかけ何気なく開けた。

 

 そこに川上の方を見て突然の事に驚愕し動かない鈴仙がいた。

 

  川上が開けた部屋は食堂らしかった、食卓について丼から箸でうどんを掬った体制のまま鈴仙は硬直していた、遅い昼食はたぬきうどんのようだ。

 

  川上は何も言わず襖を閉めてその場を後にした。

 

  川上が去っていっても鈴仙はしばらくその体制のまま動けなかった、掬ったうどんが箸から滑り落ちた。

 

 

 

 

 

 

  「清水、か、もう一度その男の特徴を聞かせてくれ」

 

  人里、上白沢慧音宅

 

 そこで、慧音は尋ねてきた友人の妹紅の話を聞いていた。

 

  「年齢は多分20代、身長は170cm半ば、やや前髪が長めの癖のない黒髪に中肉中背で身体の線を隠すような大きめの黒い洋装、腰には刀を一振り鶺鴒差しにしてさらに背中に五尺以上はある野太刀を背負っていた」

 

  胡座をかいていた妹紅はそこまで一息で説明すると唇を湿らせるように湯呑みから茶を一口啜り、続きを話す。

 

  「剣を使ってたが、あれは武芸百般に通じている、しかも並の練度じゃない、ただの人間にあれだけ刻まれたのは久々だよ」

 

  自重気味に笑って妹紅は言った。

 

  「大丈夫なのか」

 

  「それでどうこうなる身体じゃないのは慧音も知っているだろう」

 

 あっさりそう返したが、慧音とて妹紅の身体は先刻承知。ならばおそらく身体を心配したわけではなかっただろう、ふと慧音の眼に寂しげな色がよぎる。

 

  「そんなことより、その男だが一番わかりやすいのは眼だ、三白眼がちの眼なんだが妙に据わっている、気味の悪い眼だ、多分見れば分かる」

 

  「眼か」

 

  呟きながら慧音は立ち上がり棚の引き出しにから懐紙につつまれたものを取り出した。

 

 それは現場に落ちていた紙巻タバコの吸殻、死んでいた野盗達のものという可能性があったが、そのタバコは巻き紙にアルファベットが刻印されていた、GOLDEとまでは分かるが後は分からない。

 

  少し調べたがそんな紙巻タバコは幻想郷には出回ってなく恐らく外来品だという事が分かった。

 

  「その清水が持っていた刀の一振りは私が燃やしたから刀はもう差してるかわからないが」

 

  「妹紅、その男、紙巻タバコを吸って居なかったか」

 

  「いや、吸ってはいなかったし会ってすぐ争ったからそんな暇も、いや・・・」

 

 ふと妹紅は考える、あの男と組み付いた時確かに自分の物と違う独特のタバコの匂いがしたように思えた。

 

  「言われてみればそいつの服にタバコの匂いが付いていた気がする、それがどうした?」

 

  「いや…」

 

  慧音は吸殻を摘んで妹紅に見せた、妹紅は眼を細めてそれを観察する。

 

  「見た事ないタバコだな、それが下手人の物か?」

 

  「可能性がある、外来品らしい」

 

  妹紅はまた考える、妙な雰囲気と落ち着きがあったからその考えにいたらなかったが、確かにあの男、外来人の特徴もあった。

 

  「その清水と名乗る男が野盗団を斬った人物だと思うか」

 

  妹紅は即答した。

 

  「私の勘だが間違いない」

 

  「私はその事件を聞いても正直あまり興味はなかった、里の人間でもない荒くれ者が何人死のうがどうでもよかった」

 

  妹紅の独白を慧音は黙って聞いていた、実際この事件を知っているものも殆どの人間があまり問題と捉えていない者ばかりだった。

 

  事実として犠牲者は人里の人間すら襲い殺す事もある極悪人の徒党、討伐されるのが当然だし、むしろ内心悪人が死んでくれて良かったと思っている者もいるだろう。

 

 しかし慧音はそう簡単には物事を見ない、表面的にしか見ようとしないと潜在的な問題を見逃すからだ。

 

  「だけど気が変わった、あの男は危険だ、捨て置けない」

 

 そして妹紅も引っかかりを感じたようだ。

 

  「慧音も清水という男、注意してくれ」

 

  妹紅は紙巻タバコを取り出し、フィルター付きのそれを咥え術で火を付けた。

 

  「分かった…ところでタバコは体に悪いぞ」

 

  慧音の注意に妹紅は紫煙を吐いて苦笑いを浮かべた。

 

  「おいおい慧音、そりゃ皮肉かい」

 

  「そういうつもりはないのだが、吸いすぎるなよ」

 

 いたって大真面目な顔でそういう慧音に妹紅はケラケラと楽しげに笑った。

 

  「慧音は面白いな」

 

  「そうか?そろそろ食事にするか、食べてくだろ」

 

  何故笑われたのか慧音にはよくわからなかったが食事の支度をしようと立ち上がりながら問い掛けた。

 

  「あぁ、食べてくよ」

 

  妹紅は穏やかに笑いながら暖かさに浸るように目を閉じて答えた——

 

 

 

 

 同刻、永遠亭

 

  縁側から見渡せた美しい日本庭園、そこを川上は歩いていた、すでに日は傾いている。

 

  一本の柳の木の下まで来ると川上は幹に手を付き、木を見上げた、彼は屋敷を散策するというより観察している風だった。

 

 ふと、右手に持っていた美中青江次吉を左手に持ち替え鞘から抜き払った。

 

  刀身を掲げ眼でその妖しい輝きの刃を観察する、少しチューニングを合わせて視ると黒がかった紫が幾つも刀身に纏わり付いているのが分かった。

 

  「()()()()()()とは、中々面白いものを渡す姫様だ」

 

  薄く笑って小さく呟くと刃を鞘に収め、柳に寄りかかり川上はタバコに火を付けた。

 

  巻紙にはGOLDENBATと銘柄が入ったその愛呑タバコを——


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