武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第69話

紅魔館

 

レミリアは私室で咲夜の淹れた紅茶を飲みつつぼんやりとしていた。

 

「帰ってきませんね」

 

咲夜のつぶやきは主語が抜けていたが。

 

「帰ってこないわね」

 

レミリアには伝わったらしくそのままの返答が来た。

 

「死んだのでしょうか?」

 

「そう思う?」

 

「ありえませんね」

 

迷いの竹林に単身向かわせるという危険性から咲夜はその可能性を口にしたが、問い返されるとあっさりと否定した。

 

自分で言っておいてなんだが咲夜には川上が死ぬ所が想像出来なかった、ふらりと居なくなるという事ならありえそうだが。

 

「どこかで道草でも食っているのでしょう心配しなくてもじき帰ってくるわよ」

 

レミリアは断言した、咲夜としては川上はここにいつまでもいる理由はないのだからどこか別の気に入った場所に移ってもおかしくはないと思っていたのだが。

 

「わかるのですか?」

 

「わかるわよ、猫は家に着くなんて言葉があるけどあれは嘘よね、川上は気に入った人の所からは離れないわ」

 

「お嬢様の懐の深さなら当然です」

 

成る程、一理あると咲夜は思った、何より主人がそういうならそうなのだ。

 

「違う違う、私じゃなくて」

 

「?」

 

レミリアはくっくっと笑いながら否定した、レミリアは自分が川上に気に入いられてると言ったのではない、むしろ逆だレミリアが川上を気に入っている。

 

「気付いてないの?貴女川上にずいぶん懐かれてるわよ」

 

「はい?」

 

考えもしなかった事を言われ咲夜は思わず間の抜けた返答をしてしまった。

 

「あれだけ世話をしてやってればそうなるわよ」

 

「いや、色々危なっかしいので見ていられないので。いや、しかし懐かれているいう事はないのでは」

 

「あるのよ、分かりにくいけど川上は貴女にだけは甘えているわ」

 

微妙に慌てる咲夜を見て笑いながらレミリアは言った、この幼い王は存外に部下をよく見ていた。

 

「中々難しい子だからね、これからもあの子の事みてあげて」

 

「はい」

 

レミリアは柔らかい笑顔でそういうと咲夜は僅かに紅潮した頬を押さえながらもはっきりと答えた。

 

 

 

永遠亭

 

 

縁側で着流しに身を包んだ川上は輝夜とともに酒を飲み交わしていた。

 

特に多くを語らずに静かに呑んでいた、川上が持つ盃に満たした酒に月が浮かんでいた、今宵は三日月。川上は少しづつ酒を飲み下す。

 

川上の隣で輝夜も静かに酒を飲んでいた、酒精の為僅かに赤みを帯びた頬に濡れた黒い瞳、長い黒髪は美しさと色気を漂わせる。ふと輝夜は月を見上げた、懐かしい月を。

 

「ねぇ、貴方は月は好きかしら」

 

唐突な輝夜の問い掛けに川上も三日月を見上げた。そして反芻する、月は好きか?

 

川上は夜を生きて来た人間だ、月はいつもはるかに遠い空にある身近なものだった。

 

故に好きかどうかという対象ではなかった、ただ夜の明るさに関わる光源という認識だったからだ。

 

「考えた事もない」

 

川上は正直にそう答えた。

 

「君はどうなんだ?」

 

「そうね…」

 

川上の問い返しに暫し輝夜は考える。

 

「こうして地上で見上げているのが一番かしらね、綺麗じゃない」

 

 

「視点、視座、視野が変われば見えなかったモノも見えてくる…」

 

どこか含みのある輝夜の答えを聞いて、川上は独り言のように呟く。

 

「そうね、醜いものも見ようによっては美しくもなる、貴方はそういう眼の使い方が上手いのね」

 

「皆、モノの見方を固定し過ぎなだけだ、砦一つも正面は強固な守りで突破は無理でも視点を変えたら裏ががら空き、なんて事いくらでもある」

 

川上はそういいつつ盃を空けた、そして手酌で酒を注ぐ。

 

「人間は案外見えていない事に気付かないものじゃないかしら」

 

「そうだろうな」

 

川上はちびりと盃に口を付けて月を仰いだ、雲のない夜空に浮かぶ三日月。

 

「確かに見えてなかった、君を言われて気付いたが綺麗なものだったのだな」

 

川上は一つ新しいモノの見方を手に入れたようだ。

 

「でしょう」

 

その隣で輝夜は楽しそうにくすくすと笑った。

 

 

 

 

 

死にたくない

 

そう思い引き金を引く、遠くで知らぬ誰かが私の弾で頭が弾けて死んだ。

 

死にたくない

 

土嚢の後ろに隠れながら敵に応射していた時すぐ隣にいた仲間が胸から血飛沫を上げて倒れていくのがスローモーションのように見えた、訓練生から一緒だった仲間。

 

死にたくない

 

超至近距離で唐突に敵とコンタクトした、慌てて飛びかかってくる敵に銃を撃つ暇もなく殴り倒され、もみ合いになり無我夢中でナイフを抜き刺した、刺して刺して刺して、何十回刺したか忘れた頃に相手が死んでいるのにやっと気付いた。

 

死にたくない

 

敵を制圧して近づいてみて初めて気付いた、彼らは少年兵だった。粗悪な量産品の銃を持たされた少年兵達を高性能なぴかぴかな銃を持たされた私が撃ち殺した。私が撃った幼い男の子は胸から血を流し血の溢れる口で助けて、と言った、私は命乞いする少年の頭に銃口を向け引き金を引いた。

 

 

死にたくなかった。

 

真っ暗闇の中昔の仲間が私を取り囲んでいる、皆何故か顔がない、私は言うべき言葉を探し気付く、私こそがどの面を下げて皆の前に出れるのだ、皆が何を言いたいか聞こえてくる。

 

なんでお前だけ逃げた

 

私は自身の耳を握りしめてうずくまり仲間達から眼を逸らした、そうしているとふとすぐ前に気配を感じ顔を上げた。

 

目の前に立っていたのは私自身だった、眼に昏い火を灯した私が何かを言う。

 

何故お前は生きている

 

あぁぁぁ

 

ごめんなさいごめんなさい、死にたくなかったんですごめんなさいごめんなさい。

 

私はうずくまり夢中で謝る。

 

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん・・・

 

 

そこで鈴仙は跳ね起きた、久々に見た悪夢、胸は激しく鼓動を打ち右手で胸元を掴む、呼吸が苦しく死の恐怖に頭が一杯になり叫びだしそうになる。

 

鈴仙は震える手で枕元に常備してある師から処方された発作時の精神安定剤を取り、錠剤を水も使わずに飲み込んだ。

 

そのまま鈴仙は布団から壁際まで這っていき壁際で夢の中でやったように自身の兎の耳を握りしめてうずくまった。

 

きっといつもそうしているのだろう、ヨレヨレになるまで癖がついた耳が物語っていた。

 

鈴仙は全てのものから眼を閉じ耳を塞ぐ、それでも世界全てから苛まれるような恐怖に支配され頭の中は痺れ歯の根が合わなくなる。

 

月の逃亡兵であった彼女は当時戦争神経症及びサバイバー症候群で壊れかけていた、現在はだいぶ改善されたが、それでもたまに苛まれるのだ。

 

ただ、彼女は薬の効き目が現れ楽になるのを待つしかない、それしかないのだ。

 

きっと自分が殺し、見捨てた人達はもっと苦しかった

 

やがて三十分も部屋の隅で震えていると呼吸が楽になり、だいぶ落ち着いてきた。

 

鈴仙は立ち上がり枕元の水差しから水を飲んだ、もし師匠が処方してくれた薬がなかったらどうなっているのだろうと思う。

 

まだ冷たくなった体に熱が戻らない、眠る気分になれなかった、鈴仙は部屋を出る。

 

廊下を歩みつつふと思う。

 

今日出会った妙な人間、あの男はきっとこういう感情には無縁だろう。なんとなく分かる戦場にはそういう人間が一定数いるのだ。

 

鈴仙は立ち止まる。

 

縁側に腰掛け一人川上は咥えタバコで酒を傾けていた。

 

鈴仙は言った

 

「私は貴方が羨ましい——」




薬の成分。乳糖
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