紅魔館
夕刻、仕事も終わり自室に戻った川上は白鞘に入った刀、固山宗次を抜き、刀身を拭いさらに打ち粉を打った上でまた拭い塗ってあった油を除去した。
そうして油を拭うと地金が鮮明に写った、一目で金が良いとわかる代物、また紫は優しい太刀姿などと言っていたが、その体配は重ね厚く大切っ先になったゴリッとしたまるで合戦期の太刀のそれ、実戦性に立ち戻った新々刀らしいそれだ。
姿と金は如何にも実戦的と言った感じだ、手持ちもずっしりとくる、また試し銘は人体二つを重ねて切った二つ胴。
疑う訳ではないが。
川上は刀に薄く油を引き、半太刀拵えの外装に納めた。
試してみるか。
川上は立ち上がり安定を差し腰にさらに宗次を二本刺しにして立ち上がった。
またメイド長に頼んでもいいが、川上はそんな事を思いつつ部屋を出た。
川上が正門を出ると門番の美鈴は立ったまま器用に眠っていた。
川上はそれを一瞥だけして、歩きだす。
「どちらに?」
その背中に声がかかった。
眠っていた美鈴である、川上がそうであるように彼女も睡眠時の意識コントロールくらい当たり前に出来る、彼女が仕事中寝ているのは怠惰な理由だけではなく寝ていても差し支えがないからであった。
「少し出てくる」
「…分かりましたお気をつけて」
そう簡単なやりとりだけして川上は歩き出した、遠く見える湖が傾いていく陽光を反射して輝いていた。
霧の湖
「ふざけやがってこのガキがぁ!」
「わぁぁぁん」
「おのれー、卑怯だぞおまえ大ちゃんをはなせ!」
人間一人と妖精二人が揉めていた、事の顛末は水を求めにきた如何にも荒くれ者といった風貌の男にイタズラを仕掛けたチルノに激昂した男が近くにいた友人の大妖精に刀を突きつけたというものだ。
妖精相手に大人気ないと言えばそうなのだが、そうなっても無理はない、まず男は元々暴力家であること、何より男の虫の居所が最悪であった。
それもそのはずだ、彼は仲間達と野盗団を組んでいたのだがつい最近たった一人相手に壊滅状態に追い込まれたばかりなのだ。
男は川上が切った野盗団の残党だった。
チルノは友人が盾に取られているのでどうにも男を攻撃出来ない。
「手を頭の上に組んで地面に伏せろ!ガキ」
「くっそー!」
「チルノちゃん、いう通りにしちゃ駄目!」
「黙ってろ!」
男も馬鹿ではない、チルノが並の妖精の力じゃない事を悟り、無力化しようとするが、人質に取られた大妖精はいう通りにすればまずい事になるとチルノを制止する。
側から見ると滑稽だがまぁ修羅場である。
そこに。
「ちょっといいか」
唐突に声がかかった、そこには三人しかいないと思われたがいつの間にか湧いた第四者。
「あぁ!」
男は振り返ろうとして、そのままがくりと膝を折り仰向けに倒れた。
「は?」
男は訳が分からないと言った様子だ、何故自分が空を仰いでいるのか。
「ひっ」
男の腕から解放された大妖精が思わず引きつった声を上げて後ずさった。
それも無理はない、男は自分で気づいていないが背中から腹部を抜ける程深々と斬られ大量の血を溢れさせていた。
「お、まえは」
そして男の視界の隅に一人の青年がこちらを見下ろしているのが写った、その顔は忘れもしない、あの夜の。
その化け物があの昏い眼でこちらを見つめたまま刀を上段に取り上げて・・
「まっ」
そこで男の人生は終わった。
川上は今しがた男の頭を割った固山宗次を取り上げて懐紙で拭くと刃を改めた。
刃味は上々、背骨もろとも腹部を大部分、頭蓋骨を斬って刃毀れ一つなし、文句無しの合格点。
生き試しもたまにはいい、そんな事を思いながら川上は刀を納める、ちなみに彼自身が壊滅させた野盗の残党を狩った形になるのだが川上がそんな事に気付いているはずもなく。
そこで妖精二人に畏怖の眼で見られてる事に気付いた。
一人は薄い水色のセミショートの髪に気の強そうな顔立ち、青いワンピース、背中に氷にしか見えない羽という出で立ち。
もう一人は緑の髪を黄色いリボンでサイドテールに束ね、大人しくそうな表情で白シャツ上下青い服に、虫のような羽。
この湖付近に良くいる氷の妖精チルノとその友人大妖精である。
「こんにちは」
とりあえず川上は挨拶をした。
「こ、こんにちは」
「なに、あんた!?」
それに対しておっかなびっくりの挨拶と不躾な返答が同時に帰ってきた、チルノちゃんと大妖精の不安気な声がかかる。
川上は少し考える、とりあえず斬ってしまったが。
「もしかしてこの男は君達の連れだっただろうか?」
だったらまずかったかと思ったが。
「い、いえ、そういう訳では」
「知らないよそんな奴!」
「なら問題ないな」
あっさり否定された。
「問題ないって!あんたこんな事して、してー…?」
勢い勇んで言いかけたチルノだったが、尻すぼみになり。
「問題ないわね!」
断言した、多分何も考えずに喋っているのではないか。
「あ、あの、助けてくれたんですか?」
恐々とそう聞いたのは大妖精である、それを聞いて川上は首を傾げる。
「いや」
その言葉は大妖精の予想通りだったと言える、川上から助けたとか助けるとかの意が全く汲み取れない、それが分かる程度に大妖精は聡明だった。
幸いにというか、仮に大妖精の位置が男の前ではなく、男の後ろだったら自分が両断されていただろう事までは考えが及ばなかったが。
「助かったのか?」
「はい、ありがとうございます」
とりあえず結果的に助かっただけと理解しながらも礼は伝えるあたり妖精としては律儀であった。
「おまえ大ちゃんを助けてくれたのか!」
「…いや」
そして、話を全く聞いていなかったのか、理解しなかったのかチルノの発言は川上を僅かに困惑させる程だった。
大妖精は何か口を開きかけ、しかしどういうべきかと考え、川上に目配せをする。
その目線を受け、川上は何と無く読み取って、目を伏せて了承の意を表す。
そういう事にしておこう、と。
「そっか、ありがとう!」
「どういたしまして」
川上は形式的に返礼しながらチルノに歩みよる、そして左手を翳した。明確な冷気が感じられる。
「氷か」
「何よ?」
チルノは訝しげに自分にかざされた川上の手の指を握る、冷たい、人間の感触ではない、川上はそう思った。
「何でも」
いいながら川上は掴まれた指を右手で解き、回れ右して今度は今しがた殺した男の死体を検分し始めた。
とりあえず銭を抜く、刀は・・駄刀と言うわけではないが普通であり、刃毀れもある、わざわざ取る必要もない。
中も見ておこうと川上は男の死体をうつ伏せにして背中にナイフを入れ背骨や内臓を改める。
「おー、中こんなになってんだ」
何時の間にか寄ってきていたチルノがしゃがんで川上の解剖もどきを興味深そうに見ている、大妖精は少し離れた所にいた。
特に何も言わずに川上は背骨の切断を見る、無駄に骨が欠けたりしておらずに如何に刃味の凄まじさが分かる。
「この切れてる豆みたいの何?」
「腎臓」
右の腎臓は見事に上下に分かれていた、腹部大動脈も、これは止めを刺さなくてもほぼ即死だったろう。
「なにそれ?」
「泌尿器」
「何するところ?」
「血液の濾過、排出、尿を作ったりだな」
そして、その後いちいち内蔵に興味を示すチルノに川上は何の気紛れか簡単に説明してやるのだった。