武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第73話

「意外ね」

 

一杯の紅茶を前にそうレミリアは嘆息した。

 

対面に席に着く川上は何も言わない。

 

それは二人が暇つぶしにリバーシに興じていた時だ、川上もレミリアも異常に強く大体戦績はややレミリア優勢の互角。

 

ふと紅茶が欲しくなったレミリアが咲夜を呼ぼうかと思った時目の前でボンヤリと石を手の中で弄んでいた川上を見て戯れに紅茶を淹れろと命じた事による。

 

紅茶を淹れるだけと言えど淹れ方の手順一つ、技術一つで味は如何様にもなってしまう、そう簡単な事ではないのだが。

 

頼まれた川上は無言で席を外すと冷めないようティーポットと温めたカップを持ってきて、二人分回し注ぎ、ベストドロップまで落とした。

 

茶葉はセイロンのようだったがゴールデンルールに則って基本は押さえてあるその紅茶は中々の味だった。

 

無論咲夜のそれには及ばないが。

 

いや、レミリアはたまに変なモノをブレンドをしてくる事がある咲夜のモノよりある意味安定しているかも知れないなどと思う。

 

「どこかで教わった事でもあるの?」

 

「メイド長のを見た」

 

「それだけ?」

 

見ただけでこれだけ再現したのなら凄い学習能力だが、そういえば咲夜も川上の事を仕事の上ではそこそこ要領がいいと称していたか。

 

もっとも流石に見ただけではない、正確には咲夜の手際を見た川上は何となく興味を持ち、暇つぶしに調べてみて試しに淹れたりしていたのだ。

 

無気力なようでたまに突拍子のない事を始める男である。

 

「美味しいけど血がブレンドされてないのが惜しいわね」

 

「血か」

 

そういえばメイド長は紅茶に入れていたかと川上は思い出す。

 

そして懐からナイフを取り出すと人差し指の横っ腹に当てた。

 

「あ」

 

レミリアが小さな声を上げた時にはもうナイフで小さく押し切っていた、たちまち指から血が溢れる。

 

「そこまでしなくてもいいんだけど」

 

「いらないのか」

 

「勿体無いから頂くわ」

 

それを聞いて川上は右手を伸ばし人差し指を差し出す、レミリアは舌を出し指先から落ちた血の雫を受け止めた。

 

レミリアはそのまま指先にチュッと口付け、両手で彼の手を包む。

 

剣を握っている割りにはたいして大きくない手であり、武骨には見えない、しかしわかりにくいが指の付け根の関節は潰れている、異常なのは掌が硬く冷たい鋼を思わせる感触だった。

 

また、うっすらとした刃物傷が幾つか浮かんでいる、それだけだ、外見的にはタコもなく特徴はない手、触った感触はおかしいが。

 

「ん…」

 

レミリアは掌まで伝ってしまった血をゆっくりと舌でなぞって舐めとる、幼い容貌でありながらその仕草には色香を感じさせる。

 

そのまま川上の指先を咥え傷口を吸う、血を吸い出される感触に川上の背に寒気に似たものが走った。

 

そしてレミリアは指先を解放した、レミリアの舌先と川上の指先の間に銀の橋が架かりぷつりと切れた。

 

指先は完全に血を舐めとられまた、新たな出血も止まっていた、というか結構吸い出されたのか指先の感覚がなくなっていた。

 

「ご馳走様」

 

レミリアはそう言いつつハンカチで口元を拭い、また川上の指先も手ずから拭った。

 

「味はどうだ」

 

川上は興味本意でそう聞いてみた。

 

「正直…普通ね」

 

レミリアはそう微妙な反応を漏らした、結構血も個人差が大きく人により味は大きく変わるが、川上の血は不味くはないが美味くも無かった、普通としかいいようがない。

 

「そうか」

 

「味が良ければ使用人兼食料にもなれたんだけど」

 

どうでも良さそうな川上の返答にレミリアは微笑んでとんでもない事を言う、吸血鬼風のジョークだったろうか、あるいは本気かも知れない。

 

「それは残念」

 

全く残念そうでは無かったが、これも皮肉なのか本気なのか分かりかねた。

 

パシリ、と川上はボードに石を置いた。

 

「あっ」

 

それで川上の黒の石が大多数になる、今回の勝負はそれで決した。

 

 

 

咲夜は一人自室の鏡の前に居た。

 

その鏡は妙なもので、真ん中上よりを中心に米の字になるように放射状にマーカーで線が引かれていた。

 

それは咲夜が鏡の前に立つと中心点が咲夜の首の付け根、正中線上にくるように引かれている。

 

咲夜はスカートの下、太腿のホルダーに納めているナイフを抜く。

 

その炭素鋼で出来た刃の切れ味を確かめるとナイフを順手に持つ左手、左足前の半身になる。

 

ふっ、と息を吐きつつ、まず各線をなぞって中心点に向かうような刺突を八本繰り出し最後に真真っ直ぐ中心点に向かって突く。

 

続けて線にそって流れるような斬撃を八本放つ。早く、かつ線から外れない正確な斬り。

 

咲夜は小手先ではなく全身の連動で最適化された斬撃と刺突を暫し鏡に向かい流れの中で途切れなく繰り出し続けた。

 

ふ、と小さく息を吐き咲夜はナイフを止めた、手の内で半回転させてナイフを逆手にスイッチし、また半回転させ順手に戻す、手の内でナイフが吸い付くようないつもの感覚。

 

そのままタタンとその場で素早くステップを踏む、革底のブーツが軽快に踊る。

 

「……」

 

少し感覚に足がついてこない気がする、最近練習不足だったのが祟ったか。

 

暫しステップを繰り返しフットワークを反復して練習する、武道というより格闘術よりの軽快なステップだが、軸足に一旦蹴足を引きつけて鋭く四方に方向転換するフットワークはどの格闘術のものとも違う。

 

それはバトミントンにおけるチャイニーズステップと呼ばれるそれに近かった。

 

やはり途切れなく、しばらく繰り返して咲夜は足を止めた、少し息が荒くなっている程度で顔色は涼しい。

 

久しぶりに対人練習もやっておこうか、咲夜はそう考えた。

 

といっても咲夜の練習相手になる者など限られている、いつもこういう時は武の心得のある美鈴に頼んで。

 

いや

 

そういえば今は美鈴だけでは無かった。

 

 

 

 

フランは咥えていた指を解放した。

 

「こうやって直接吸うのって初めてかも、量少ないね」

 

「で、どうだ?」

 

川上は聞いた、フランはん〜、と少し考え。

 

「思ったより美味しくないね、普通かな?」

 

「…そうか」

 

フランの感想に釈然としないという風に答える、彼は姉妹二人に一体何をやっているのか。

 

「何やってるの」

 

横からかかった声はいつの間にか現れた咲夜のものだった。

 

「別に」

 

「味見」

 

川上とフランは同時に答えた、まぁ二人が奇行に走るのも慣れたもので咲夜は軽く流す。

 

「妹様、ちょっと川上をお借りしてもよろしいですか」

 

「いいよ、ちゃんと返してね」

 

フランはそう答えて背を向けスタスタと歩き去っていった、移り気なものである。

 

「ちょっと付き合いなさい」

 

「わかった」

 

端的なやりとりで咲夜は川上の手をあっさり借りる事が出来た。

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