武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第74話

「ここでいいわね」

 

川上を連れて出た咲夜が呟く、川上は懐から煙草を取り出して咥えた。

 

咲夜はナイフを取り出し川上に放った、川上はハンドル部を握りキャッチした。

 

「刃引きか」

 

呟いて川上は煙草に火を付けた、刃長15㎝ほどのストレートポイントのナイフだが刃は引いてあり切れない、切っ先も丸めてある、訓練用であろう。

 

「模擬戦、軽く相手して」

 

「わかった」

 

軽くだな、と小さく呟いて。

 

「準備はいいの?」

 

「殺しにきた敵の前で準備体操出来るのならな」

 

咲夜の問いに川上は紫煙を吐き軽口で答えた。

 

「なら始めましょうか」

 

咲夜は左手に川上に渡したのと同じ刃引きを順手に握り半身に構えた。

 

「あぁ」

 

川上も指に深く挟んだ紙巻で最後に深く一服して、唐突に火のついた煙草を咲夜に向かって弾いた。

 

しかし咲夜は一切反応しない、煙草は火口が咲夜の胸元に当たり服を焦がす前に地面に落ちただけに終わった。

 

「貴方のその手のやり口も見慣れてきたわ」

 

事も無げに咲夜は言うが川上は何も答えない、無造作に下げていた左手の中でナイフを半回転させて順手にスイッチし咲夜に対し左を前に僅か斜に立った。

 

川上もあえて左構え、左利きの咲夜にとっても互いにサウスポーというのはあまり経験がないかも知れない。

 

咲夜は一歩で間合に入ると前に出したナイフを軽くちらつかせる、威嚇でもあり牽制にもなる。

 

川上が誘いに乗り下からすくい上げるように咲夜のナイフを握る左手を狙ったが当然軽く腕を引くだけで躱され即座に咲夜が残った川上の左手を狙い小手の返しで小さな斬撃を行うがこれも川上は躱す。

 

さらに咲夜は踏み込み深めにまだ前にある川上の左腕に右から左へと鋭く切り込むが、川上が右サイドに一歩入りつつ右手で小手を抑え斬撃を捌いた、咲夜もすぐ構えにもどる。

 

その構えに戻る間隙に川上のナイフが深く咲夜の喉元に迫るが咲夜も余裕を持って右サイドステップで躱し、川上の引き手に合わせてフェイントを一つ入れる。

 

ナイフに限らず刃物相手に真っ直ぐ下がるのは自殺行為、ナイフにおいては相手の腕の裏に回るのがセオリーであるが、お互いその程度承知である。

 

咲夜と川上のナイフの応酬は上から見るとお互い反時計回りに行われていた、川上が切り込めば咲夜は避けつつ、首筋にあからさまに隙を見て誘いだとわかりつつもナイフを伸ばすと川上のナイフで止められる。

 

そうしてお互い大振りせず細かい切りをネチネチと繰り出し合う、咲夜も川上もお互い小手や拳に幾つか斬撃を受けていた。

 

ナイフは一撃必殺である必要はない、ようは相手が嫌がる事をしつこく続けるのがセオリーだ。

 

致命的ではないが小さく捌ききれない切りを細かく当てていき、手傷を増やしていけば相手は出血による血圧低下で自ずと能力が低下していく、そうなれば勝ちは見えてくる、相手が手傷に焦りを見せて慌てて大振りしてきたところを仕留めても勝ち。

 

ここまでは、やや咲夜が手傷が多い程度でほぼ互角、もちろん刃引きなので実際に傷や出血があるわけではないが。

 

しかし

 

「解れてきたから私も一段階上げるわ、貴方も遠慮しないで」

 

「わかった」

 

最初こそ奇襲を仕掛けたが、川上もあくまで訓練相手として咲夜に合わせていたのだが、咲夜にとってはもう少し高度な訓練がしたかったから川上に頼んだ。

 

とたんに、咲夜の動きが変わった、一段階と言ったが動きと反射のキレが明らかにそれまでと数段上になり、フットワークからのフェイントを混ぜたコンパクトで鋭い斬撃が川上を襲う。

 

一方、川上の方は一見して早さや鋭さが変わったようには見えない。

 

しかし何故だろう、明らかにそれまでと段違いとなった咲夜の斬撃が一切当たらなくなった。

 

咲夜はフットワークとトラッピングと呼ばれる捌きの技術で川上のナイフを外す、が幾つか斬撃を浴びてしまう。

 

対して、川上は咲夜のナイフを体捌きと軽く手で抑える程度で全て外す。

 

変だ。咲夜はそう思った、当たる間合いだと思ったのに届かない、逆に川上のナイフは間合いの外だと思ったのに伸びてくる。

 

ふ、と咲夜のナイフを外しつつ川上がインサイドに深く腰を落として入り身してくる、そのまま足を細かく切られる、足は戦闘においては命である、咲夜は嫌がって斬り払いつつ斜めに飛ぶが、やはり間合いが狂ってるのか簡単に捌かれてしまう。

 

やっぱり純粋な体術の技量では敵わない、咲夜はそう思った、しかし。

 

「奇妙な動きね、こっちが空回させられてる気分だわ」

 

「そう思わせたらこちらのモノ」

 

油断なくナイフを構えながら感想を述べた咲夜に川上は言った。

 

「純粋に強い、手強い、そう思わせるのが強者(つわもの)

 

しかし、と続ける。

 

「一方相手に、こいつ何か変だ、妙だぞ、そう思わせるのが曲者(くせもの)

 

なるほど、川上ほど曲者という形容詞が似合う男も居ないな等と咲夜は思った。

 

「元来君もこっち寄りだろう」

 

そう、咲夜もまた時を操るという奇術師でありトリックスターであった。

 

咲夜は踏み込みナイフを振るうがやはり軽く捌かれる。

 

「まず自分と相手の顔の距離で間合いを測る癖を抜く事だ」

 

錯覚、人間は相手との目線の距離で間合いを取ってしまう、咲夜は言われてから川上が腰を落とす事を途中から多用しだした事に気付いた。

 

「なるほど」

 

咲夜はさっきから間合いが狂うトリックのひとつに舌を巻いた、腰を落としつつ入り身すると顔の距離が変わらないため距離も変わってないと錯覚する。

 

だが咲夜とて奇術師、川上が曲者としての常套で来るのなら咲夜もその一手を使わせて貰うのみ。

 

咲夜はナイフで牽制しながら機をうかがう。咲夜はこれまで川上に対して上体のみしか攻撃していないに加えてナイフしか使っていない、これが布石となる。

 

瞬間、咲夜は川上の斬撃をフットワークで外しながら首筋に鋭くスラッシュを浴びせんと

 

フェイントを入れた。

 

ミスディレクション。上と見せかけて下、咲夜の前蹴りが川上の金的を狙う、もちろん寸止めするが。

 

が、寸止めの必要はなかった。川上は左に体を引きつつ右ももで蹴りを捌いた。

 

そして蹴り足は戻せなかった、川上は左のナイフのブレイドバックで咲夜の蹴り足をアキレス腱辺りで掬い上げつつ入り身して右の手刀を咲夜の顎下に添える。

 

あ、これはマズイ。そう咲夜は思った。

 

死ぬ。そう咄嗟に予感して自由な両腕で後頭部を抱えるようにして顎を精一杯引き頭を守る。

 

が、川上は本来なら後頭部から容赦なく落とす所を途中で技を抜いたので咲夜は仰向けに倒れるだけに終わった。

 

模擬戦である事も忘れ咲夜は本気で殺されると思ってしまった。

 

「いかに虚実を使っても勝とうと色気を出せば相手には伝わる」

 

咲夜は後ろ返りで体制を立て直し、ナイフを構えた。

 

咲夜が先手を取りナイフではなく右の掌打を打つ、川上はやはり腰を落としながら入り身してくるが、咲夜はあえて懐に誘った。トリックが割れている以上咲夜は錯覚には引っかからない、顔ではなく足の位置で距離を測る。

 

そしてこの至近距離から川上のナイフを足に受けながらも左のナイフで首筋に放つ、足を切らせても首を切れば勝ち。

 

が、川上は受身のひとつ縦流れでそのまま仰向けに倒れ咲夜のナイフを躱す、戦闘中に自ら倒れるというのは下策に見えるがそうも言えない。

 

相手にとって足元というのは実は大きな死角の一つである、そして倒れた川上は咲夜の足に自身の足で脚絡みを掛けて倒す。

 

文字通り足元を掬われ反転しながらうつ伏せに倒された咲夜は咄嗟に前受身を取ったが、川上は脚絡みを掛けたまま座構えになり咲夜の足を固めた。

 

激痛に咲夜はすぐに床を叩きタップする、それを見て川上は足を解放しトンと軽くナイフの先で咲夜の背中、腎臓の上を突いて立ち上がった。

 

咲夜も立ち上がる、全く、これが実戦なら何回殺されたものかといっそ清々しく思いながら。

 

何度目かになる仕切り直し。

 

「次で最後にしよう」

 

「えぇ」

 

川上の言葉に咲夜は頷く、川上は半身になりナイフを下げた。

 

咲夜は気付いた、川上が右にナイフをスイッチしている、その瞬間川上のナイフが下から切り上げてくる起こりを捉えた。

 

川上の右のナイフは下から来て、咲夜の左のナイフはそれより早く川上の右肩を貫ける、考えるよりも早く反射的に咲夜が左の突きを川上の右肩に放った。

 

刹那、川上は後ろの左足を開き転身しながら左手で咲夜の小手を取った、左を出す動きで川上の右肩は引かれ咲夜のナイフは抜かれた。

 

そのまま川上の転身と体を落とす事で咲夜は突きの勢いをそのままに前に投げ飛ばされた。

 

新陰流剣術、一刀両段の崩し技(アレンジ)

 

咲夜は前返り受身を取って立ち上がり、一つ頷いた。

 

やはり格上相手と手を合わせるのが一番勉強になる。

 

川上を手の内でナイフを反転させハンドルを咲夜に差し出した。

 

「いい稽古になった」

 

「こちらこそいい練習になったわ、ありがとう」

 

咲夜はナイフを受け取り返礼した。

 

「もう少し付き合ってくれない」

 

咲夜はナイフを収めながら微笑んだ。

 

「お茶、飲むでしょ」

 

「頂こう」

 

川上は煙草を咥えつつ口の端に僅かに笑みを浮かべ答えた。


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