武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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『幼気』


第75話

「いやぁ、川上さんが来てくれたおかげで私も休みが取れるようになりましたよ」

 

美鈴は機嫌良く川上の手を握りブンブン振りながら言った。

 

「それはメイド長に言え」

 

今日は門を任される事になった川上はそう言った、彼自身が持ち場を決めている訳ではない、がしかし川上がいる事で美鈴に暇が出来るようになったのも事実。

 

「あはは、そうですね咲夜さんあれで優しいですから」

 

機嫌良く美鈴は言った、今日は昨夜から門の前で立ちっぱなしであり徹夜明けのテンションなのだろうか、いや実際は仮眠を取りながらだったが。

 

「じゃあ門は頼みますね、今日はゆっくり眠れそうです」

 

「あぁ」

 

気楽に言って美鈴は館の中に戻ろうと門に手を掛け

 

「川上さん」

 

「頼みますよ」

 

さっきの言葉を繰り返した、先程とは違い言葉に力がある。

 

「了解した」

 

それを聞いて美鈴は門をくぐり立ち去っていった。

 

川上は使用人用の礼服に腰には安定、背中に野太刀という出で立ち、今日も陽が照って暑くなりそうだった。

 

 

数時間後、川上は野太刀は壁に立てかけていたがずっと立ったまま瞑目し門に詰めていた、何もせずに立っているだけという仕事はある意味極めて過酷であるが見事にそれをこなしていた。

 

「あれ、門番が変わってる?」

 

妙に辺りが涼しくなったと思ったらふと子供の声が聞こえて川上は眼を開けた。

 

そこには見覚えのある妖精二人がいた、氷精のチルノと大妖精だった。

 

「こんにちは」

 

「こんにちは」

 

大妖精が控えめに挨拶して、川上もそれに答えた。

 

「もしかしていつもの門番はクビになったのか!?」

 

「いや、いつものは今日は休みだクビではない」

 

勝手に驚愕しているチルノに川上は端的に事実を伝える。

 

「あんただれ?どったでみたよーな」

 

「チルノちゃん、この前湖で会ったえーと、刀の人だよ」

 

チルノは川上を忘れていたようだが、あのインパクトの出会いで忘れるとは馬鹿なのか大物なのか。

 

「あー、おっさんをかいぼーした人か」

 

「そういえばお名前なんていうんですか?」

 

「川上という、よろしく」

 

なんとか思い出したチルノと名を問いかけてきた大妖精に川上は名乗る。

 

「要件は?」

 

「門番と遊びにきた!」

 

川上と問いにチルノは天真爛漫に答えた、やたらと元気である。

 

「門番は寝ている」

 

自分も今は門番なのだが川上はそう答えた。

 

「じゃああんたでもいいわ」

 

「チルノちゃん」

 

色々と恐れを知らないチルノに大妖精は思わず静止の声を掛ける、向こう見ずなチルノの勢いは眩しくすらあった。

 

「仕事中だ」

 

「なんの仕事?」

 

「門番」

 

「寝てるだけの仕事ね!」

 

「…」

 

もはや言葉も出ず、川上は煙草を咥えて火を付けた。

 

「すみません…」

 

大妖精がフォローのように謝るが、彼女は川上に対して若干の怯えが感じられる。

 

川上は長く紫煙を吐き、大妖精に手招きをした。

 

大妖精はおずおずと川上に歩み寄る。

 

「食うか」

 

川上は懐から軽食として携帯していた干し肉を大妖精に差し出した。

 

「はぁ、頂きます」

 

とりあえず大妖精は断るのも何だと思ったのか干し肉を受け取り小さく一口噛んだ。

 

「あ、美味しい」

 

咲夜手製の干し肉である、塩と香辛料の塩梅が絶妙であり噛めば噛むほど旨味が広がる一品、川上はこれを気に入っていた。

 

「あたいにも!」

 

強請るチルノにも川上は干し肉を一切れ咥えさせた。

 

「それはやるから遊ぶならそこらへんで遊んでいろ」

 

そうしてくれれば川上も助かる、チルノが近くにいると涼しいのだ。

 

「なぁ、またかいぼーやろうよ」

 

「検体がないだろ」

 

全く突拍子もないチルノの言葉に川上は突っ込む、生物学にでも凝りだしたのだろうか。

 

「けんたい?」

 

「チルノちゃん、動物が必要だよ」

 

「カエルならあるぞ!」

 

そして取り出したるは12㎝はあろうかというウシガエル、そんなもの一体何処にしまっていたのか。

 

理科の授業じゃあるまいしと思いながら、川上はカエルをひっくり返すと四肢の付け根を飛針で貫いて地面に貼り付けにした。

 

ポケットから折り畳みナイフを取り出し片手でブレードを起こす、刃長6㎝ほどの刃はカミソリの如く鋭利に研がれている。

 

川上はそれを大妖精に渡した。

 

「喉元から股まで切りさげろ」

 

「私がですか?」

 

「内臓まで切らないようにナイフを入れろ」

 

「わかりました」

 

特に異議も唱えずに大妖精は地面にしゃがみこみ、カエルにナイフを当てる、適当に加減して切っ先を入れると淀みなく切り落ろした。

 

「開けばいいんですか?」

 

「あぁ」

 

大妖精は川上に聞くとナイフで腹腔を切り開き内臓を露出させた、赤い血が溢れる。

 

「おー、大ちゃんうまいな」

 

確かに大妖精は容姿は幼いがナイフを扱う手際は素人のそれじゃない。

 

「魚くらいならよく捌くから」

 

大妖精ははにかんで言った、実は彼女は料理が特技である。

 

「で、どうするんだこれ?」

 

「適当に引き摺り出して切り分けてみるなりして構造を調べろ」

 

言われてチルノは楽しそうに大妖精に切ってもらいながり内臓をつまみ出し、これは何だ、何に使うんだと、好奇心旺盛に川上に聞く、川上は干し肉を齧りながらそれに適当に答えた。

 

 

一時間程して川上はまた門前に立って瞑目していた、チルノと大妖精は遊ぶようにカエルで勉強して帰っていった、チルノが帰ると暑さが際立つ。

 

ふと、川上は眼を開けた、また来客らしい。

 

ふわり、と地面に降り立ったのは見覚えのある白と黒の魔法使い。

 

「よう、今日はお前が門番かい?」

 

曲がりなりにも年上の男に対しても蓮葉な口の聞き方をするのは魔理沙であった。

 

「こんにちは」

 

「こんにちは、相変わらずうまくやってるみたいだな」

 

川上の挨拶に応えつつ魔理沙はそう言った。実際常人なら一カ月もせずに精神か肉体を壊しそうな職場である。

 

が、魔理沙はこの男が常人ではない事は分かりきっている。

 

「用件は?」

 

「何時も通り、本を借りに来ただけだぜ」

 

それを聞いて川上は右足を一歩だけ前に出した、それだけだったが魔理沙は背筋が冷たくなった。

 

まさかこいつ、門番として働くつもりか、そう思った。普段が美鈴なだけに魔理沙は油断していたのだ。

 

「なんだ、やる気か?」

 

魔理沙は両手で箒を上げて言った、まずい、約四間の距離、これでは、そう思いながら。

 

「飛べ」

 

「は?」

 

川上は一言そういい、魔理沙はその言葉の意味を理解するのに少しかかった。

 

「意外だな、見逃す気か?」

 

「見逃すわけではないが、俺には飛ぶ相手には目も手も届かない」

 

建前もいいところである、実際この間合いなら川上は魔理沙が飛ぼうとしたところで瞬き一つ分で斬り伏せる事も捕縛する事も出来る。

 

魔理沙は思わずくっ、と笑った。いつも涼しい顔していながら案外に不器用な奴だ、何処かの誰かと被る。

 

「なら、お前の手の及ばない場所から入るしかないな」

 

そう言い残して魔理沙は地面を蹴ると箒に跨り上昇し、門を超えていった。

 

川上は無言で壁際まで戻り煙草に火をつけた。

 

——後日、紅魔館正門前

 

今日もまた門番として立っていたのは川上だった、本日は曇り空、川上は胡桃を握り合わせて手の内を鍛錬しながら仕事をしていた。

 

「よう、今日もお前が門番かい」

 

そして今日も空から軽快に降り立ったのは魔理沙だった、川上が門番なら空から進入すればいいだけだと分かっていながらなぜ川上の前に立ったのか。

 

「こんにちは、用件は」

 

「本を借りに」

 

魔理沙はニヤリと笑って答えた、何故川上の前に降りたか、それは彼女が負けず嫌いだからに他ならない。

 

「今日も飛んでいいのか?」

 

少し挑発的な口調で言うと、それに応じるように川上は無言で魔理沙を見据えた。

 

「…だよなぁ」

 

二回目はないだろうと思ってた、底冷えするような暗い眼で見据えられて魔理沙は思わず膝を折りたくなるのを堪える。

 

判断は早かった、左で迎撃出来るよう箒を構え右を八卦炉を取り出さんと懐に入れた。

 

——そして

 

「捕まえてきた」

 

「捕まったぜ」

 

川上は片手で背中に回した魔理沙の両腕を捕縛しながら突き出した。

 

図書館にいたパチュリーに。

 

「いや、捕まえたのはいいけど、なんでここにつれてくるのよ」

 

パチュリーは半眼で突っ込む、色々おかしかった。

 

「具体的に捕まえたらどうしろと言われていないので、それとも斬っても良かったか?」

 

「わかったわ、後は私に任せなさい」

 

本を閉じながら投げやりにパチュリーがそういうと川上は魔理沙を解放し、任せると一言残して立ち去って行った。

 

「なぁ、あいつ実はいい奴なのか?」

 

「ええ、分かりにくいですけど川上さん優しいですよ」

 

ちょうど紅茶を持ってきた小悪魔が微笑みながら、魔理沙に答えた。

 

「優しいねぇ」

 

優しいってなんだろう、思わずパチュリーは哲学的な思考に陥ってしまった。


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