武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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『斬撃』


第76話

「着いたぜ」

 

魔理沙の言葉に川上は箒から飛んで軽く着地する。

 

「ふぅん」

 

川上は遥か上空、白玉楼前まで魔理沙に乗せてきて貰った、目の前には石段が永遠と上まで伸びていた。

 

「長いな」

 

「だな、飛んでくか」

 

「いや、歩いてく」

 

川上の返答に魔理沙は少し意外そうに見返した、この何段あるかわからない石段をわざわざ登るとは。

 

「物好きな奴だな、じゃあ私は適当に先に行ってるぜ」

 

「あぁ」

 

そう言って魔理沙は箒に乗って石段を飛んで遥か先に言ってしまった。

 

川上は煙草を咥え、火を点けると石段を一歩づつ登り始めた。

 

彼が石段を歩いていく事にしたのには大した意味はない、それも趣きがあるかと思っただけだ。

 

それを言えば川上がそもそもここにいるのにも大した意味がない、冥界とやらに人間が行けるというのに興味を惹かれただけだ。

 

なので魔理沙に足になってくれないかと頼んで二人でここに来たというわけだ。

 

川上は段差を一歩一歩登りつつ、思う。独特な空気だ、単純に言えば涼しくて快適。

 

そして、静かだった。生き物の気配も無く音もしない世界。

 

魅力的ではないだろう、しかしこの侘しさにこそ美を感じるというのは如何にも和の美感ではないか。

 

しかし

 

一時間も登った頃だろうかようやく白玉楼の中々広大な門が見えてきた。

 

肌にピリピリとした感覚、どうにもここにも守人はいるらしい。

 

川上は石段を登り切りふ、と小さく息を吐いて門をくぐった。

 

瞬間横から襲いかかってきた銀閃を川上は体で座構えに沈みつつ避けると同時に右肩越しに体全体を使っ野太刀での抜き打ちで相手の足元を払う。

 

対手も一刀を送った直後だというのにその一撃を軽く跳躍してやり過ごした。

 

川上と対手は同時に刀を返して次の一刀を放っていた、対手は首を跳ねようと横薙ぎに、川上は斬ってくる相手の小手を断とうと真っ向に。

 

瞬間、相手が僅かに拍子を遅らせ、結果川上の刀は相手の小手を捕らえず剣を切り下ろしたそのまま川上は膝を折敷、相手の刀も刀の髪を数本飛ばしただけで抜かれた。

 

剣の一つの境地である相打ちならぬ相抜き、二人は互いに後ろに飛んだ。

 

とさ、と軽い音を立てて川上の野太刀の鞘が玉砂利の上に落ちた。

 

川上は目の前の襲撃者を見る、身長は150㎝台の前半だろう、少女だった。

 

艶のある白髪をボブカットにして黒いリボンをしている、白のシャツに緑のブレザーに短いスカートという出で立ち。

 

しかし手には少女の身の丈を超えるほどの反りの浅い長刀を構え、腰にはもう一振り小刀を携えている。

 

白玉楼の庭師兼剣術指南役、魂魄妖夢であった。

 

奇しくも長刀と腰に刀という武装は川上とまるで鏡合わせのようだ。

 

見かけは愛らしい少女だがこの世界で見かけで判断する事ほど愚かな事はない、そして川上は良くも悪くも見かけで判断するという基準がなかった。

 

いや、見た目の問題ではない、今の数合での彼女の剣の冴えは・・

 

そして、妖夢もまた川上を見据えて

 

惚けたように表情が消えた。

 

妖夢は説明のつけようもない危機感に襲われ、全力で不意を打ったが即座に応じてきた謎の相手。片手に自身の楼観剣と同程度の尺の刀を提げて色の無い瞳でこちらを見ているその黒衣の男。

 

その男の瞳に見据えられた時ドクリと一つ胸が跳ねた、体に熱が回り頭の中にふつふつと湧き上がってくる妖夢でも言いようのない感情に突き動かされるように

 

楼観剣を八相に構えた。

 

川上も応じるように半身になり野太刀を上段に構えた。

 

距離はお互いの間合いに少し遠かった、切り間の広さで言えば剣の尺はほぼ同程度だが身長がある分川上が有利。

 

妖夢は亀の如くゆっくりと歩み、間合いを詰めていく、地味だが遅いスピードで足を運びながらも体幹も構えも一切崩さない、並の技量では不可能だ。

 

少しずつ少しずつ距離を詰めていく、先に間合いに届くのは川上である、そのアドバンテージの距離に入って果たし川上はどう出るか、妖夢は策があるのか。

 

後少しで相手の間合いに入る、その微妙な距離に妖夢が踏み込んだ時

 

川上の野太刀が妖夢の左肘を狙い振り抜かれた、咄嗟に妖夢は肘を引き付け躱す。まだ間合いではなかったのに川上の剣は届いた、予想だにしなかった上に起こりも全く見えない剣、何故妖夢は避け得たのか。

 

何も不思議な事ではない、今妖夢にとって目の前の男の事が全てなのだから。

 

川上が剣を振り抜いたその小手を狙いすかさず妖夢は剣を送った。

 

しかし川上も振り切ったところから自然な体捌きで逆の脇構えに移りつつ妖夢の剣を抜く。

 

その構えからくるのは、妖夢は自身の右脇腹にピリッと熱を感じ川上の逆袈裟の切り上げを読み、その場で降り敷いて座構えからの真上への切り上げでこちらを切りにくる小手を断たんとする次の自身の行動を客観的に予測した。

 

しかし、川上は脇構えから自然と剣を取り揚げ逆袈裟ではなく真っ向に斬ってきた。

 

川上の動きに合わせ剣を下から跳ね上げんともじりかけた妖夢は、決定的に虚をつかれ

 

しかし迷いなく前へと飛び込んだ、川上の切り下ろしを下から拾い上げるように受けとめ、鍔元に落とし込んだ。

 

「この私が鍔迫りに甘んじるなんて、いつ以来でしょう」

 

妖夢は初めて口を開いた、その口調は苦渋や屈辱ではなく歓喜の色に染まっていた。

 

川上と妖夢は鍔元で相手の力に対して押し合いではなく相手を崩すための行動な抜き合いを油断なく行う、相手が押してきたら自身は抜き、即座に押すが相手も抜く。崩れた所を仕留めんとす。

 

そのまま二人は鍔を合わせた剣を下段に回し互いに半身になり体を合わせて肩でも迫り合う、超至近距離から二人の視線が交わった。

 

一瞬川上は後ろの踵を浮かせ小さく、しかし強く地面を踏み、その反作用を肩で妖夢にぶつけ弾き飛ばした、暗勁と言われる技法か。

 

即座に川上は追撃せんと剣を繰り出し、妖夢は飛ばされた勢いに逆らわず倒れこみつつ追撃させんと剣を繰り出した。

 

川上はほんの一歩が踏み込めずお互いの斬撃は空を切る。

 

妖夢は倒れながら後ろ返りをして立ち上がり剣を青眼に構える、川上も剣をこめかみの横で天に真っ直ぐ屹立させる八相の変化に構える。

 

「不謹慎ですが、とても楽しいですね」

 

触れれば死ぬ白刃を応酬しながら妖夢は笑みすら浮かべてそう言った。

 

「そうだな」

 

川上も答えた。

 

「一生続けばいいと思ってしまう」

 

思いは通じた、妖夢の頭は激情とも言える多幸感が溢れていた。

 

そう、他に何もいらない、今この瞬間があればいい、妖夢もまたそう思ってしまったのだ——


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