どんなに綺麗でも それは人殺しの道具だよ——
「川上さんは流派は何ですか?」
白玉楼、客間。妖夢は川上に質問をしてみた、それに対して川上は昏い目線を返す。
「なんだと思う」
妖夢は流派を尋ねたのは流石に不躾だったかと後悔しかけたが、川上からは逆に質問で返されて、妖夢はしばし考えこむ。
「立合いでは水月を盗む技法、十文字の勝口等が見られました、これらは新陰流の特色です」
ですが、と妖夢は続ける。
「半身を基本とする構え、斬る色合いの強い太刀筋、丹田を出す姿勢、これらは新陰流とは大きく異なるものです、おそらく川上さんは他流の技法も崩して取り入れてものと推察します」
ふむ、と川上は一つ頷く、妖夢は大きくは間違えてないようだと考えてさらに続ける。
「半身の構えや最短距離を無駄なく移動する体捌き、剣撃に柔を多用する所から見るに、川上さんの流派は柔を中心として各種武器を扱う、合戦を意識した総合的武術流派かと」
「妖夢は慧眼ねぇ」
感心したようなそうでもないようなほにゃりとした口調で幽々子が言った。
「で、結局何流なんだ?」
肝心な所を魔理沙が突っ込むと。
「わかりません」
妖夢はきっぱりと言った、後一歩はわからなかったようだ。
川上はやっと飲みやすい温度に下がった茶で喉を湿らせて言った。
「正解だ」
「しかし流派はわかりません、私の知りうるモノには該当するものがありませんでした」
「流派は名乗らない事にしている」
妖夢の反論に川上はあっさり言った。
「・・当然の心得かと思います、愚かな質問をしました」
武士にとっては流派を知られるというのは自身の強みと弱みを知られるも同然である、戦う以前に情報で負けている事に他ならない。
「いや、そうではない」
やはり不躾だったと妖夢が反省しかけたところで川上が否定をした。
「誰もが流派に属すれば流派に囚われる」
当然ではある、流派ごとに勝口も技法も心法も教習も全然違うのだから属する者はそこのやり方に準じなければならない。
「流派に誇りを持ち、流派を守る者も沢山いる」
だが、この男の感心はそんな所にあるのではなく。
「突き詰めれば流派は武のアプローチの違いだ、骨子は同じ」
そう、骨子は同じ。
如何に殺すかから派生しただけ。
「だから俺のはただの術・でいい」
少し長く喋った川上は茶を飲み一息いれる。
「骨子・・」
妖夢はつぶやく、彼の言う骨子が何なのか、それは剣を合わせた妖夢には分かる。
「それはどうかな」
異を唱えたのは武術とは直接関わりない魔理沙だった。
「目指す所が同じだからと言っても本末転倒な方法論を唱える奴はいくらでもいるだろ、流派の名は確たる方法論を持っているって証明になるんじゃないか」
それも事実である、元々殺し合いの中から生まれた兵法が、心法や礼法、様々な物が付いてきた、やがてそれらに傾倒してしまった物もある。確かに武士として必要なものではあったのだろう。
しかし、それらは本当に武に必要なのか?
そして現代に至っては腕を競い合う競技としての武道となるにいたる。
これは本来の武の目的を見失ってしまっているのではないか。
「それらしく言っているがあんた自身目的なんてないように見えるぜ」
魔理沙の言葉は的はずれだっただろうか?川上の目的とはそもそも何だったのだろうか。
「魔理沙、それは違う。私達に目的等必要ない」
反論したのは川上ではなく妖夢だった、なお、幽々子は話に置いてかれてこくりこくりと舟を漕いでいた。
「私達は剣を振るうだけでいい、理由など後付けなのよ、それでも敢えて目的をあげるなら」
「斬る事」
最後は川上が告げた。
「手段の目的化か、それこそ本末転倒だな」
魔理沙は肩をすくめ皮肉に笑った。
「全く」
自覚があるのかないのか伺い知れない川上が魔理沙の言葉を自認した。
「だが、シンプルでいいじゃないか、勿体ぶった建前を並べるより私は好きだぜ」
どうやら魔理沙も簡潔な目的は嫌いではないようだ。
何故なら彼女もまた幼い頃見た星を今も追いつづけてる少女なのだから。
川上は刀を持ち立ち上がった。
「庭を見せて貰っても構わないか」
「はい、宜しければ案内します」
「頼む」
そう簡潔にやり取りして川上と妖夢は退室した。
辻斬りコンビだな等と思いながら魔理沙も部屋を出た、二人を追うつもりはないようで廊下を歩いていった。
誰も居なくなった部屋で、幽々子はいつの間にか眼を覚まして、冷めた茶を啜っていた。
「紫の忠告を聞いて正解だったわねぇ」
曰く、近く来る男と妖夢は斬り合い殺される。
だから良く見ててねと気軽な忠告。
「まぁ、あの手の人なら妖夢は夢中になっちゃうわねぇ」
主として子の成長を見るような嬉しいような寂しいような思いを感じる幽々子は、実に人間くさい亡霊だった。
「ふぅん」
白玉楼の庭、玉砂利の上を歩きながら川上は呟いた。
言ってしまえば永遠亭のような日本庭園、だが趣きは幾分違った。
永遠亭の庭は夏の緑の強い生命感を感じさせた。
対して此方の庭は侘び寂びの世界、庭木はある、しかし侘しく、寂しい、命より虚無感を感じさせる。
だが、趣きがあるのは両者とも同じだった、いや、川上という男に相応しいく居ると絵になるのはどちらかというと・・
「庭の手入れは君が」
「はい、僭越ながら」
「見事なものだな」
「ありがとうございます」
妖夢は自分の仕事の成果を褒められて、嬉しそうに笑った、先ほど斬り合いをしていた時の狂気すら孕んだ歓喜の笑みに比べると年相応に見える爛漫な笑顔。
しかし、外見年齢と実年齢が一致しないのが当たり前のこの世界で年相応という形容はおかしいかもしれなかった。
ふと、妖夢は先ほどの会話を思い出す、この人にとっては武は・・
「一つ聞いても宜しいでしょうか?」
「なんだ」
川上の返答はいつも通りの抑揚のないものだったが、妖夢は問いかけた。
「川上さんは何故剣を取ったのですか?」
我々に剣を振るう理由などない、何事も斬る故に武。
しかし、理由はなくともきっかけ・・・・はあったのではないだろうか、ふと考える、妖夢自身剣を取ったきっかけはなんだったか。
「子供の頃、友人がいた」
川上からの答えは意外とすぐに返ってきた。
「ある日、一緒に遊んでいる時その友人を殺した」
「・・それは何故」
「わからない、ただ無防備な背中を見た時に気付いたら、という奴で自分でも意識せずにだった」
川上の言葉はいつも通り平坦だった。
「その時当たり前だが人は殺すと死ぬのだと知った、そして興味を持った」
「そして剣を取った、ということですか」
川上は頷いた。内容は中々衝撃的ではあるがきっかけ自体は有り触れたものと言える、要は興味本位だ。
「そうしたら中々に面白い、以来研練を続けている」
妖夢は思った、先ほど理由を問われた時、この人は斬る事と言ったが、果たしてそれは本心だったのか。
妖夢は何となく理解したのだ。斬る事、というよりももっと純粋にこの人は——