武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第81話

紅魔館廊下——

 

川上と相対したアニスは右手に模擬短刀を構えていた。

 

約一間の距離をアニスは膝の抜きによる起こりのない動作で即座に川上の懐まで距離を詰めて、体の小ささを利用し低い位置から川上の両太ももを切り流れで股間を寸止めで突く。

 

さらに、沈みこみつつ相手の脛にぶつかっていくように相手の足を掬い、川上を倒すと、相手の足の間に位取り、下腹部を模擬短で突いて止め。

 

そのまま下がると、川上も後返りで立ち上がる。

 

「概ね良い。倒した所から両足を制する位置への位取りは流れるように出来ればより良い」

 

 

川上は今受けた技のフィードバックをアニスを返す。

 

「君の体格では足を絡められて寝技に持ち込またら負けるからな」

 

川上はアニスに稽古をつけていた、最初は言ってしまえば暇つぶしで始めた事なのだが、アニス自身が関心を持ったらしく、意欲的なのと存外に覚えがいいので、たまにやっている事であった。

 

川上自身は人に教えた事がない訳ではないがあまり機会はなかった、彼自身が内弟子だった時代は道場では実力はあれど最年少という事であまり指導側に回る事は少なかったのだ。

 

しかし、こうして改めて人に教えるというのもまた勉強になるものだ、川上はそう思った。

 

「あの、せんせー」

 

「何だ?」

 

「さっき、凄い声がしたよ〜」

 

「そうだな」

 

川上はアニスの問いかけに頷く。

 

「どう思う?」

 

「何かあったのかなー?」

 

「間違いなくあった、それにあれは命の危険に瀕した時の声、場所は割と近く」

 

「つまり、ここら辺も危険という事だ」

 

「ふーん」

 

川上が平然と結論付けたのに対して、アニスも平然と返す。

 

「五感で感じ、危機を避ける、そういう危機管理能力は術や技より大事だ」

 

直進すれば危機があると理解してながら迂回もせずにまっすぐ歩く男が何を言っているのか。

 

しかし、理解していて直進するのと理解せずに直進するのとでは大きな違いがある。

 

「もう一回」

 

川上は小さくそういうと、アニスは構えた、川上が適当な間合いに調節すると、アニスは先ほどの技で再び川上を倒す。

 

「せんせー」

 

「何だ」

 

アニスが川上の足の間に位取りした所で視線を廊下の先に向けて言った。

 

「危険ってあれかな?」

 

その言葉を受け、川上はそちらに目を向けもせずに答えた。

 

「そうかもな」

 

言った瞬間に川上はアニスに脚絡みを掛け倒し、座構えになりながら腕を極め模擬短を奪った、アニスは床を叩きタップすると川上は解放する。

 

「伏兵が現れて眼前の敵から意識を外す奴はいない」

 

コッ、と床をローファーが叩く音がした。

 

小さく足音を立てながら廊下を歩いていたフランドールは漫然とした眼をしていたが、川上達を見つけ一変して燗と輝いた。

 

「la〜la〜lala」

 

何やら機嫌よく口ずさみつつフランドールはステップを踏むように二人の元にやってきた。

 

「な・に・を・しているの?」

 

「じゅーじゅつの稽古ー」

 

答えたのはアニスであった、フランドールは服を血に染めた上、纏った空気を震わせるような、波動を感じさせるが、アニスは物怖じをしない。

 

知らぬまに、どっかの誰かに感化されてしまったのかも知れない。

 

「お兄様の武術?」

 

「触り程度だがな」

 

川上はそういいつつアニスに模擬短を返す。

 

「私にも教えて」

 

「君には必要ない」

 

にべもなく言われてフランドールは少しむっとする。

 

「なんで」

 

「例えば、こいつの技を見てみろ」

 

そう言って、川上はアニスに合図する、それでアニスは先ほどからやってる型を川上に掛けた。

 

「どう思う」

 

立ち上げながら川上は問いかける。

 

「なんか、普通だね」

 

「君なら今の十倍の距離から飛び込めるだろう」

 

「うん」

 

「つまりはそういう事だ、武術はか弱い人間が強きに対抗する為のもの、元々強い生き物が覚える必要はない」

 

「そうなの?」

 

「数十間の距離を一歩で踏み込める身体能力がある奴が数間の距離を詰める技術を持っても意味ないだろう」

 

欺瞞、である。

 

川上は武術をそのようには考えてはいない、純粋に強きを持って弱きを挫くすべとしか思っていない。

 

しかし、フランドールに教えないのは何故か、それは身につけても意味がない云々ではなくまず()()()()()()からだ。

 

武術は力ではなく術を学ぶものだ、極論になるが術を学ぶ上では力は邪魔でしかない、格闘技やスポーツで慣らした男が武術をやると、大抵が力技になってしまい本来の術が身につかない事が多い。

 

むしろアニスのような女子供の方が力に頼らず工夫をする為覚えが早い。

 

まして、人智を超えた力を持つ吸血鬼に術理を体得させるのはまず無理だろう。

 

「じゃあ役に立たないの?」

 

「君にはな」

 

ん〜、とフランドールは考える様子を見せる。

 

「つまり()()()()いいの?」

 

「あぁ」

 

「なら私得意だよ」

 

瞬間、廊下に飾られてた調度品の壺が、爆砕した。

 

「わぁ」

 

アニスが小さく驚きの声をあげ、川上は無言で目を細めてそれを見た、壺は破片ではなく完全に崩壊して粒子状に近かった。

 

「ね、ちょっときゅってすればいいから簡単なの、こうやって」

 

フランドールは笑みを浮かべながら次にアニスを見据えた、フランドールの視界ではアニスの身体に緊張した部分である幾つかの()が観える、その中の核の目を自身の伸ばした左手の中に手繰り、握り——

 

「?」

 

握れ、ない。握ろうとしたが手がフランドールの言う事を聞かなかった、左肘から先がだらんと下がってしまって重い、腕ってどうやって動かすんだっけと、間の抜けた事をフランドールは考えた。

 

「稽古中だ、邪魔するな」

 

言ったのは川上である、フランドールはアニスへと視野が狭くなっていたので気付かなったが何かをされた。

 

フランドールは釈然としない表情で試しに今度は川上に右手を伸ばし、川上の目を手繰り——

 

パン、と爪先で右の上腕を蹴り抜かれた、それで右腕も左同様全く感覚がなくなった、ゴムみたいになった腕の普段は感じない重みにフランドールは驚いた。

 

上腕には肉付きが薄く神経が表皮に近い点があるがここをピンポイントで突かれると神経にダメージを与える事が出来る、川上は最初は貫手で、次に蹴りでフランドールの両腕を殺した。

 

「腕が動かないよ?」

 

「暫くしたら動く、後でテーブルゲームに付き合ってくれ」

 

そう言って、川上はフランドールを体良く躱した。

 

「ほんと!じゃあブラックジャックやろう!」

 

「あぁ」

 

そういいつつ既にフランドールから意識が移っている昏い眼を見てフランドールは何かが胸を過ぎった。

 

「ねぇ、お兄様って——」

 

「妹様」

 

言いかけたフランドールの肩に手を置いたのは咲夜だった。

 

「トランプの前にお風呂入って着替えましょうね」

 

先程はっちゃけたせいで、血みどろの服と死臭をさせているフランドールをそのままにしておけないと、咲夜はフランドールを抱っこして、歩き出した。フランドールは少しむくれたが特に何も言わない。

 

二人が去っていった後、アニスが言った。

 

「あの、腕を動かせなくするのどうやるのー?」

 

「弱筋という急所がある、腕を出せ」

 

そうして川上はしばし、アニスへの手解きを続けた。


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