紅魔館地下図書館
既に時間は深夜であったが、いつものようにパチュリーは知識を求めて、本を読み漁り、そして手元のノートに思いつくままに魔術理論を覚え書きしていく。
そして、知識と覚え書きを元に自身の魔術理論を構築して、オリジナルのグリモワールを編纂していく、彼女の魔女としてのライフワーク。
その為の基本であり、彼女が最も重視することが知識の収集である、それを求め本を読む。
本とは人類が集積した知識の産物だ、パチュリーはこれに全てを求めた。
パチュリーが着くテーブルの向かい側では、白い着流しに身を包つみ澱んだ眼をした男が手元の本を読んでいた。
紅魔館新人使用人の川上は、暇つぶしにふらりと訪れた図書館で珍しい本を見つけて読みふけっていた。
ちなみに本は柳生宗矩著者、兵法家伝書の写本と思われるものであった。
パチュリーはふと顔を上げる、そして川上が目に入り、そういえば先程から居たな等と思う、余り自分から喋る男ではなく静かなので居てもあまり気にならない。
パチュリーは思う、この男も生きる上でただ一つを追い求める事しか知らない人間ではないかと。
川上については多くは知らないパチュリーはしかしそう思った。
ならば問う
「貴方は何が目的で生きてるの」
「…そう言う君は?」
唐突なパチュリーの問いかけだったが、川上は少し間を置いて逆に問い返した、なんだか目的がどうのと似たような話を少し前にしたような気がするなどと思いながら。
「全てを識る事を」
パチュリーは即答した、魔女以前の彼女の原点、それは知識欲の一言と言える、何故なのかと疑問を抱かずにはいられない、そして答えを探さずにはいられない、パチュリーのその気質は妄執じみていた。
「そうか」
本に書いてある事なんてごく一部、そんな事を思ったが彼はどうでもいいので口にしない。
「貴方は?」
「略奪」
川上は完結に答えた。
「それが生きる事」
生きるという事は他から奪う事。
「そうね」
話を逸らされた、パチュリーは生が何かとは聞いた訳ではない、何かある、そう感じたがしかし
本質的にはこの男には何もないのかも知れない、パチュリーはふとそう思った。
気にはなるが。
パチュリーは伸びをした、ずっと座りっぱなしで身体が強張っていた。
パチュリーは立ち上がり、ソファーに歩いて行った。
「貴方が使うのは東洋の武術だったわよね」
「あぁ」
パチュリーの問いかけに川上は短く答える。
「活法は使える?」
ソファーに座りながら続けて聞いた。
「…仰向けに寝ろ」
何を求められているのか察した川上は本を閉じながらそう言った。
殺法に通じれば活法にも通じる、柔術などでは殺法の対義として活法を伝え所も多い。
平たく言えば鍼灸や整体である。
黙って仰向けになったパチュリー川上は上半身から順に術を施した。
ゆったりした服だからわかりにくいが触れてみるとパチュリーの身体はむちむちとしており柔らかくも張りがあった、喘息持ちとの事だが気管支以外の健康状態は決して悪くないらしい。
点穴や筋を捉えつつ各関節を回し、状態を見ていく。
パッと手早く上から下に見た結果は歪み、という程ではないが、ずっと座りっぱなしの為か、目や各部に負荷が掛かっていたので解していく。
さらにうつ伏せにして背中などにも施術をしていく、このような活法も実際殺法としての術の応用である、毒は薬にもなるのだ。
パチュリーは黙って受けている、特に痛みとかはない、というか気持ちよかった、身体が温まってくる感覚がある。
川上は足先まで解して終えるとパチュリーは心地よさに耐えきれなかったのか仰向けのまま静かに寝息を立てていた。
川上は無言で立ち上がり、席に戻って読みかけの本を開いた。
「あれ、パチュリー様はどこに」
暫し川上は黙読していたが、ふと現れた気配と共に声が聞こえた。
「寝た」
川上は顔も上げずに気配の主である小悪魔に対し片手で後ろのソファーを示した。
「パチュリー様、こんな所で寝ちゃったんですか」
あんまり人前で寝たりしないから珍しいなと思いつつ小悪魔はソファーに歩みよる、あどけない寝顔はパチュリーを百年を生きる魔女というよりただの少女のように見せた。
「パチュリー様をベッドに寝かせて来ます」
おそらく川上に向けてだろう、小悪魔はそう言って、パチュリーの上体を起こすと腕を差し入れて横抱きに抱っこした。
人間一人を動かすというのか考えるほど簡単ではない、小柄な女性とはいえ軽々抱き上げる様や手際をみると小悪魔は他人の身体を動かす上での心得があるのだろう。
小悪魔はパチュリーを抱き上げたまま私室へと運んでいった。
ふと、川上は腕時計を見た、深夜2時43分、先程から感じてる空腹感が強くなっていた。
本を閉じて彼は歩き出した。
特に関係はないがパチュリーを寝かしつけた後、寝る前に川上とお茶でも飲もうと小悪魔が戻ってきた時には彼は影も形もなく肩透かしを食らう事になる。
紅魔館食堂
川上は固くなったパンにラードを塗りたくり、それをビールで流し込んでいた。
適当に厨房を漁り、見つけた食糧だがカロリーさえ取れればいいと言わんばかりの雑な食事。
暫く無心で食べていた川上だがふと気配を感じた。
「…お腹空いたの?」
おそらく朝食の仕込みだろう、厨房に行こうとしていた咲夜である、こんな深夜だがまだ仕事をしているらしい。
カン、とラードの缶にバターナイフを突っ込み、もそもそとパンを齧りつつ川上は頷いた。
バターナイフに伸ばした川上の手を軽く咲夜は抑えた。
「スープ、簡単なのだけどすぐ作るから待ってなさい」
川上は口の中のものをビールで流し込むと、短く礼を言った。
この食べられれば何でもいいというぞんざいな食事、この男は色々無頓着でどうにも咲夜は放って置けない。
何となくわかる、節々に現れているのだ、少し咲夜の胸に寂しさがよぎる、彼の昏い眼は他人など何とも思っていないのと同時に彼自身の事も……
咲夜は思考を切り替え、厨房にあるストックと野菜から作るスープを頭の中で組み立てながら厨房へと歩いたを