武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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第94話

 魔理沙はもう帰ってしまうべきかと考えていた。

 

 天狗が社会を築く妖怪の山、川上と連れ立って不可侵のはずの参道を歩いていたら急に一匹の天狗が何故か川上に挑戦してきたのだ。

 

 そしてそれを川上が受けた。詰みだ。川上が負けて死ぬのはまぁ良くはないが、まだいいとしよう。ましてや勝ってしまっても天狗社会に戦線布告する事と同義。

 

 魔理沙が巻き込まれない内に帰りたくなるのも無理からぬ事だった。

 

 しかし、案内に出る時、自分は空けるわけにはいかない。危なっかしいから良く見ていてと咲夜に頼まれている。あの咲夜に頼まれるとどうにも魔理沙もあっさり見限るという事も忍びなかった。

 

 魔理沙は頭を巡らせて、一言川上に言った。

 

「殺すな!」

 

 殺さなければどうとでもなる。しかし無茶な言い振りだったかも知れない。真剣同士で手心を加えろと言ったようなものだ、そもそも白狼天狗は頑丈だからそう簡単には死なない。言うべきでは無かったかも知れないと魔理沙は思った。

 

 しかし、言おうが言うまいが今の言葉、剣鬼に果たして伝わっただろうか?

 

 川上が反りの浅く切っ先の小さくなる寛文新刀の特徴を備えた安定を半身となり青眼に構えた。

 

 対する椛はこめかみの横で太刀を八草に取り上げている。太刀は如何にも武骨で実質本位と言った具合であり、身幅も広く反りははばきもとで踏ん張りの効いた腰反りで大切っ先となっている。

 

 打刀に比べると明らかに長寸で二尺七寸強はあるだろう。二尺四寸の安定に比べ三寸は長い。たかが三寸、されど三寸の優位。

 

 立ち位置。参道の坂はきつめだ。椛が上位に立ち、川上は下位に立つ。

 

 上を取っているという事だけ聞くと椛が優位に感じられるかも知れない。一般に戦闘は上を取る物と思われがちだが、その実違う。

 

 事、剣術の弱点は下段にある。低い位置へと太刀を送るのは難しく、そして低い位置への攻撃を受けるのも難題だ。

 

 常に相手の上から剣を送るしかない椛と相手より下から剣を送れる川上、どちらが優位かは明らかである。

 

 しかし、この山は椛の陣地。それだけで単純に地の理が川上にあるとも言えない。

 

 なればどちらが上か明らかにするには剣を振るう他無かった。

 

 川上は青眼のまま呼吸や拍動すら感じさせずに微動だにしない。

 

 動いたのは椛だった。八草のまま走って行って無造作に横殴りに太刀を川上に叩きこんできた。

 

 はっきり言って洗練されてるとは言えぬ動き。しかしその力とスピードは異常だった。川上は先先の先も後の先も取る事を見送り上段に取り上げつつ下がって間合いを切り外す。

 

 斬撃をやり過ごし剣先が流れた瞬間。川上は切り込もうとして——また一歩下がるしかなかった。剣先が流れたと見えたが、あり得ない膂力で強引に軌道を反転させて凄まじいスピードで切り返して来たのだ。

 

 攻めてくる相手に対し二度も下がって剣を避けるという川上らしからぬ悪手。しかし、一太刀目の後そのまま切り込んでいたら川上の刀が椛の頭を割るより早く椛の太刀が川上の胴体を上下に分割していただろう。

 

 正直に言って椛の剣腕は凡庸だった。剣術は魂魄妖夢の方が遥かに上だ。しかし速さ、力が普通ではない。

 

 ましてこんな異常な力で振られる異常な速さで走る剣を刀でまともに受けるなどとは考えられない。受けた刀ごとへし切られる。

 

 椛はさらに剣を振った勢いを殺さずに後ろ回しの要領で踏み込み背中を見せて一回転しつつ刀を頭上に取り上げて唐竹割りに斬り落としてきた。

 

 これを川上は左サイドに真半身になりながら入身し、椛の腕にやっと一太刀を浴びせ——刀が右上腕に食込まんとした瞬間に椛はお構いなしとばかりに斬り落とした太刀を横薙ぎにしてきた。

 

 咄嗟に川上は左手で椛の右小手を抑えて太刀を封じ、しかし力まかせに振り抜かれて川上は横に弾き飛ばされた。

 

 チッ、と二人は同時に舌打ちした。川上の一刀で上腕を斬られ、右腕など知った事かと切り返したのに仕損じた椛。そして骨まで到達出来なかった一刀と椛の肉体の強靭さを悟り、相手の戦闘能力を一切削ぐ事が出来なかった事を理解した川上。

 

「入ったぞ!もう辞めろ!」

 

 椛が流血したのを見て、魔理沙が静止した。

 

「否!」

 

 それに対して椛が否定して。

 

「浅い」

 

 川上が追認した。

 

「流石あの距離からこちらの視線を認識するだけある。只者ではないと思ったが、想像以上に出来る」

 

 椛は刀を上段に構えながら、川上に対して賛辞を口にした。

 

「そちらは名高い天狗とみるがそれにしてはいささか優雅さにかける」

 

 対して川上は抑揚なく挑発的な台詞を口にした。

 

「剣など相手を叩き斬れればそれでいい」

 

 椛は挑発には乗らなかった。自分の剣が凡庸だと自覚しており、その上でそれで良しとしている。

 

 剣術など要は、自分は守りつつ相手を斬る技術である。並みではない頑強な肉体と、人智を越えた膂力と瞬発力を備えた椛には必要ないのであろう。

 

「如何に練り上げて洗練しようが、私に届かぬのなら貴方の剣こそ無意味だったという事だ」

 

 椛は意趣返しか挑発的な台詞を返して、川上は無表情に全くと返した。

 

 はっきり言って、勝つだけなら川上には刀を捨てる類の勝口はいくつか視えた。元来この川上という男は剣を取りながらも勝つ為なら剣を捨てる事を厭わない。

 

 この男は武芸者であるが武士ではなく武道はあれど士道はない。

 

 この男が学んできた武術流派は生き残る為ならどんな卑劣もよしとする。それ故同じ古流武術家にすら忌避されるような流派であり、だから川上は学んだのだ。

 

 しかし、剣を捨てて勝つのはこの場合は川上の目的に繋がるのか。

 

 彼は神社が見たかった。

 

 椛が気合と共に一瞬で間合いを詰め落雷のような斬撃を落として来たのに対し、川上は今度は右サイドに入身をした。

 

 そして椛の左上腕を襲ったのは今度は刀ではなく右手であった。川上が椛の前腕を掌握して指が痛点に食い込み二、三回揉み込まれた。

 

 椛は痛みに顔を顰める。腕を掌握し捕手で倒してくる気であると即座に理解して、また強引に腕ごと横薙ぎにして川上を引き離した。

 

 椛は相手が攻めあぐねているのを感じていた、このまま油断なく攻め続けば勝てる。そう確信した。

 

 椛は今度は逆袈裟に斬り上げようとして——左腕がビキリと小さく鳴ったのを聴いた、直後に腕全体に激痛。意志とは関係なく左指が開いた。

 

「つッッ!」

 

 苦痛に歯を食いしばった。左腕の筋肉が痙攣を起こし硬直していく。腕が攣った状態、俗にいうこむら返り。

 

 川上は指を食い込ませれば相手の筋や神経に作用する事が出来る。相手の四肢を封じる事もなんという事もなく、このような小技も結構役に立つのだ。

 

 椛が斬ろうとして斬れなかった逆袈裟の隙を見逃す川上ではない。刀を逆の八相に取り上げ即座に踏み込んできた。

 

 椛はいう事を聞かぬ左手を捨て置き右だけで斬り上げようとしたが、初動が圧倒的に遅れた為、起こりで右手首を斬り飛ばされ太刀を握ったままの右手が斜め前に飛んで行った。

 

 川上は平に寝かせた切っ先を椛の喉に付けた。万事休す、椛は右手と太刀を喪失して左は動かず、両足も位を取られているため有効な蹴りは出せず、勝負有りである。

 

 そう魔理沙も思った瞬間、椛は動いた。首が切っ先で軽く裂けるのも構わずに刀の裏に入りつつ川上に向かって大口を開けて踏み込んだ。犬走椛の最初から持ち得た最後の武器はその牙と凄まじい咬合力であった。

 

 しかし川上は左で椛の襟首を掴みつつ自ら横流れで倒れこみながら椛の腿の付け根を足で跳ね上げる捨身投げで椛の突進力を利用してあっさり投げた。

 

 椛は綺麗に一回転して背中から地面に落ちた、その時には後ろ返りした川上が上からのし掛かり刀身を首に押し当てた。

 

 今度こそ、詰みである。両肩の起点を川上の膝が抑えていた。

 

「参った」

 

 椛は負けを認めた。

 

 魔理沙は一息ついた、何とかなりそうだと思い、しかし悪寒を感じて周りを見渡した。

 

 ——周囲の森に白狼天狗の赤く光る眼がいくつも浮かんでた。

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