武芸者が幻想入り   作:ㅤ ْ

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『最速』


第96話

「ふ…む」

 

 妖怪の山上空。

 

 高高度の空中で仁王立ちにて手を組んでいる、鴉天狗が一匹。

 

 背には文字通り鴉の濡れ羽色の鳥の羽を生やし、同じ色の黒いセミロングの髪に魔性を示す赤い瞳のまだ少女らしさが抜けきらぬ綺麗な顔立ち。

 

 服装は黒いフリルのついたミニスカートと白いシャツとスッキリしたものだ。現代的なデザインに見える赤い靴はその実高い一本下駄であった、そこと山伏風の帽子くらいしか天狗らしい所がない。

 

 しかし、見かけによらずこの鴉天狗、射命丸文は長い時を生き様々な経験と高い能力を有する。その実力に裏付けされ天狗社会でもそこそこ高い地位についているのだ。

 

「川上…清水、ね」

 

 文はポツリと呟いた。文は自費出版で娯楽度の高い新聞を出版する事をライフワークとしている新聞記者でもある。そのネタ探しの中で例の事件やその下手人と目される清水なる者の情報は掴んでいた、というかとうに川上には辿り着いていた。

 

「清水が偽名なのか…どちらも偽名なのか」

 

 ぼんやりと文は呟く。

 

「まぁ、殺人事件の事なんて記事にしたくないしね」

 

 文は川上には興味が無かった。あの手の剣呑な人間は自分の記事に使えない。事件に関してもノータッチだ、ただ今回山に入ってきたから監視していただけ。

 

 血の気盛んな椛が突っかかったようだった。簡単にあしらわれていたようだが、あの娘もまだ若いからなぁと文は思った。

 

「それに気付かれてるよねぇ、コレ」

 

 高高度から一応気付かれないよう監視していたのだが、件の人間はこちらこそ見上げはしないが、過敏な文の皮膚感覚が遥か下の男の意識が度々こちらを探るのを感じていた。

 

「…文様」

 

「わひゃっ!」

 

 いきなり直ぐ後ろから声を掛けられて文は飛び上がった、もっとも飛び上がらずともここは中空であったが。

 

 慌てて向き直ると、そこには先程一悶着あった現場にいた体の前で白い髪の房を垂らし、長大な太刀を佩いた白狼天狗、哨戒隊隊長の彼女がいた。

 

 どうもこちらにも文は気付かれていたらしい。

 

「貴女か、心臓に悪いわね」

 

「ごめんなさい」

 

 文が文句を言うと隊長は素直にしかし感情の篭らぬ声で謝った。

 

 文から見てもこの隊長は小さくて可愛らしく、声も小さいながら高く澄んでいて耳に心地よい。しかしその静謐な雰囲気が底知れぬモノを感じる。

 

 あくまで文は聞いただけであるがこの隊長、見かけからは想像できないが、個人戦闘能力がもはや下っ端の哨戒天狗の域を遥かに超え、大天狗をして彼女一人で山の白狼天狗全員を相手取り全滅させる事が出来ると言われた規格外である。

 

 しかし、本人は自身の地位に無頓着なので哨戒隊隊長に甘んじている。あまり人を束ねる事に向いてなさそうに見えるが、感情表現こそ希薄だが優しく気遣いも出来る為部下には概ね慕われているという。

 

 曰くもしこの山が緊急事態になったら最前線の虎口前の要となる戦力とされる。文は少々信じがたい思いがあったが、この対峙しているとまるで飲み込まれそうな錯覚を起こしそうな深みのある空気を纏っていて、感覚的に文はやり合いたくはないなと思う。

 

 これでも文は大妖怪クラスである、圧倒的に格下の白狼天狗に負けるなんて文も思わない。しかし簡単に勝てるイメージも浮かばないのだ。

 

 今にしてもこんな開けた空中で声を掛けられるまで、接近も気配も感じとれなかった。

 

「それで、どうしたの」

 

「…本日も異常無し」

 

 文が聞くと帰ってきたのは業務報告だった。

 

 虚偽の。

 

「あー…」

 

「本日は異常無し」

 

 隊長が何しに来たのか理解した文に、彼女は無感情に繰り返した。

 

 事の顛末を文が把握している事を分かっているから、椛の問題行動を咎めないで欲しいと訴えたかったのだろう。無感情なのに文にはどこか必死に見える。

 

 何となく彼女は部下に慕われる理由が分かる気がした。

 

「分かったわ、ご苦労様」

 

 文は最初から問題にする気など無かったので何も知らない体で返した。両者とも組織の一員としては全く褒められた行為ではなかっただろう、しかし。

 

「ありがとう、文様」

 

 隊長はほんの少しの微笑みをみせて、文に礼を言った。その顔と声に文は心動かされるモノがあった。

 

「貴女はいい娘ね」

 

 文は隊長の帽子を手に取ると手で髪を乱さないように優しく頭を撫でた。雪のように白い細い髪は水のような手触りで、甘く、でも落ち着いた白檀の匂いがした。

 

 ついやってしまったが、流石に子供扱いしすぎで失礼だったろうかと文は少し思ったが、隊長は邪魔にならないように獣耳を寝かせて気持ち良さそうに目を細めていた。

 

 なんか、大人しい犬みたいで可愛いなと文は思った。ほんとにこの娘強いのだろうか、文は隊長が戦うところはおろか剣を抜いた所もみた事がない。

 

 そういえば以前上司が言っていた事を思い出した、この娘が剣を抜いた所を見た事があるのはこの山でも数える程しかいない、何故なら彼女が剣を抜いた所を見た奴は大抵そこで死ぬからだ。などと冗談めかしていっていた。

 

「さ、仕事に戻りなさい」

 

 文は帽子を元通りに被せて隊長に言った。隊長は頷いて一つ礼をして、急ぐでも無く山へと降りていった。

 

「さてと」

 

 私も椛の様子でも見に行くか、そう文は考えると、その場には一陣の風が吹いた瞬間もう文の姿は無かった。

 

 誰も彼女の姿は捉えられず、誰も彼女より前には居らず——幻想郷最速。それが射命丸文の異名であった。

 

 

 

 

「つ、疲れた…」

 

 参道を踏破した魔理沙は、少し息が上がっていた。流石に険しい道を神社まで登るのはバイタリティーの塊のような彼女でもキツかったようだ。

 

「気紛れに歩くもんじゃないぜこれ、飛べば良かった」

 

 魔理沙がそうボヤく一方、川上は息こそ上がっていないが、暑さもあって汗をかいている。彼は懐から水筒を取り出し補給水をゆっくりと飲んだ。

 

「私にも」

 

 魔理沙の要求に川上は水筒を手渡し、魔理沙は補給水を煽った。水分をだいぶ失ったのだろう。まだ晩夏なのに二人とも黒基調の服なので見た目からして暑苦しい。

 

「美味いなこれ、咲夜か?」

 

「ああ」

 

 魔理沙は感想を言いつつ水筒を川上に返して、彼は頷きつつ受けとると歩き出した。

 

 魔理沙と川上は共に守矢神社の大きな鳥居を潜った。

 

 ふむ、と川上は一つ唸る。かなり広い境内だ。しかし既視感もある、川上は神楽殿に目を向けた。引っかかるものがあるのか首を傾げる。

 

「どうかしたのか?」

 

 川上の様子に魔理沙が声を掛けた所で、横合いから別の声がかかった。

 

「あれ、魔理沙さん。こんにちはーウチの神社までくるなんて珍し…」

 

 守矢神社の風祝、東風谷早苗は珍しい参拝客、魔理沙に気づいて元気良く声を掛けた途中に隣にいる人物に気付いた。

 

 忘れもしない、あの夜の気味の悪い男。早苗は一瞬凍りつき。

 

「…いですね。もしかして用事ですか?」

 

 ——多分手おくれ過ぎる取り繕いをしてなんとか最後までいい切った。

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